第6話 ようこそ、アットホームな職場へ

 鬱蒼と暗い森のなかを軽い足取りで進む脳筋騎士は、これまた軽快な口調で



 「気分はどうだ?」



 なんて聞いてきた。気分?今のオレに気分はどうですか、だと。質問の主はどういう心境でソレを聞いているんだ?オレは気遣いもできる優しい奴だよアピールか?そうだとしたら正気を疑う。ああ、とりあえず今の気分を言語化するなら簡単だ。一言で済む。


 最悪。


 その一言で充分だ。むしろこの一言以外ない。だが、それだけではオレを肩に担いだこの拉致犯には伝わらない。



 「・・・これから屠殺される家畜の気分だよ」



 どうだ?ものすごく伝わっただろ。今のオレの正直な、ありのままの心境だよ。だから今すぐ解放しろ。



 「最高だな」



 くそが。一ミリも伝わっていない。これだから脳筋は。会話すら不可能なんて終わってる。 つまり分かり合うことも永遠にできない。異星人と何も変わらんな。いや、異星人の方が話つうじるかも?コミュニケーション能力は偉大だな、ちくしょう。それより早く地面におろせよ。いつまで荷物扱いしてんだ。これだから脳筋は

・・・


 「着いたぞ」



 「えっ、ちょっ!?」



 直後にオレは乱暴に落とされた。雑な荷物扱いしやがって。もっと割れ物を扱うように丁寧に扱えよ。これだから(以下略)。

 脳筋騎士の視線の先には砦があった。しかしこれは何というか・・・



 「・・・・・・」



 言葉もない。ここが目的地?予備の拠点とか言ってたけど・・・この控えめにどう見てもオンボロ砦が?隙間風とかヤバそうな外観なんだけど。本当にこれからここで寝泊まりすんの?体力回復どころか消耗しそう。



 「どうした?感動のあまり言葉も出ないか」



 ・・・この脳筋め。フルプレートで顔は見えないがきっとニヤケ面を浮かべているに違いない。



 「風通しは良いだろうね」



 「だろ?」



 皮肉すら通じんのか、脳筋には。



 「ほら、さっさと中に入るぞ。一雨きそうだ」



 いやいや、砦の中に入っても雨漏りして貫通してくるレベルだろ、このオンボロさは。暖まる以前の問題だわ。そんなオレの内心など無視して、脳筋団長様はこれまたボロボロの扉を開けて(むしろ建付けが悪いのか半開きになっていた)中へと入っていく。



 「・・・勘弁してくれ」



 逃げたいが、逃げれないだろうな。なんか周囲の森から魔物らしき気配するし。脳筋団長に抱えられていた時は気配を殺していただろうに、姿が見えなくなった途端にこれだ。あからさま過ぎる。このままここでモタモタしていたら襲い掛かってきそうだし、入るしかないか。それにまだきっと内部だけは居住可能レベルかもしれないという可能性が無きにしも非ず。



 「・・・・・・・・・」



 砦の中に入ったが、やはり内部もボロボロ。ちくしょう、外観はカモフラージュで内部は綺麗とかいう展開はなしか。少しでも期待したオレが馬鹿だった。晴れた日にはさぞ陽の光が差し込んで壁の穴の存在を嫌でも分からせてくれるに違いない。日当たり抜群ってか。



 「小娘、こっちだ。ついてこい」



 脳筋団長の先導に従い、後に続く。足取りに迷いがない。行き先は決まっている様子だ。・・・・・・・・・・んん?その先は・・・地下、か?脳筋は躊躇いもせずに地下へと続く階段を下りていく。光もないのによくもまあ、あんな早いペースで。暗視スキル持ちか?あいにく今のオレは持ち合わせていないので道具に頼るとしよう。たしかアイテムボックスに・・・・・・あった。

 暗視付き眼鏡。見た目はインテリそうな眼鏡だけど暗視や目くらまし防止効果があるんだよな。スキルがあれば無用の長物だけど、稀にスキル使用禁止という場所もあるからそういう時に重宝する。ちなみにアイテム等級はレアだ。適当な街で売り払えばソコソコいい値段にはなるだろう。売らないけど。地下へと続く階段を下りていくと、重々しい扉の前で脳筋団長が待っていた。



 「遅いぞ・・・なんだその眼鏡?」



 「暗視付きの眼鏡。ちなみに非売品。あげません」



 先回りして牽制しておく。まあ、予備品もいくつかあるから強引に奪われても痛くはないけど。



 「・・・業物の剣といい、スキル付きの眼鏡といい、珍しい物ばかり。色々と複雑な事情を抱えてそうだな」



 「そちらもね」



 「生意気な小娘だ」 



 脳筋が少し愉快そうな雰囲気は気のせいか。言葉のわりに上機嫌?いや、やっぱり気のせいだ。拠点を敵対勢力に襲われたばかりだし。油断は禁物だ。一秒後には気が変わって斬り殺される可能性もなくはない。警戒しながら、脳筋団長が重々しい扉を開けるのを見守る。

 ここだけやけに仰々しい扉だな。しかもこの扉の材質は魔鋼?セキュリティーもやけに厳重。・・・いまので認証三つ目?一つ一つは大したことないけど、手が込んでるな。警報に一時的な拘束、足止め用の使い魔召喚その他色々。まるで魔法使いの工房なみだな。・・・ん?・・・・・・・・・つまりはそういう事か。



 「解錠コードをどうぞ」



 うお、びっくりした。声紋とパスワード認証の機械音声か?・・・あれ、そんなものを必要とするNPCなんて数えるほどだぞ。マジで何者だこの脳筋?そんな疑問は次の瞬間に氷解した。



 「円卓の黒騎士」



 はっ?・・・今なんて?



 「・・・認証しました。お帰りなさいませ」



 機械音声の認証と同時に魔鋼製の扉が自動で開き、脳筋が然も当然のように中へと入っていく。オレはその背中をただ呆然と見送る。 円卓だと?・・・つまり魔王クロウリーの十三人いる重臣の一人!?



 「うわー・・・・・・まじか」



 たった一つの言葉で記憶が次々と連鎖する。魔王クロウリー。オレのお気に入りのNPCで、創造神であるオレと面識がある数少ない一人。この世界の大陸の一つで暴れまわる強力な魔法使いでもあり、魔神でもある。レベルは90。・・・思い起こせば確か円卓とかいう幹部を作成する許可を与えたな、銀狼に。円卓の黒騎士の他に、円卓の死霊術師とか、円卓の獣とかいたような?脳筋は円卓の一人だったのかよ。あれ?でもたしかクロウリーって他のNPCに封印されたんじゃなかったっけ?なら、幹部連中である円卓は何してんだ?

 封印の解除の準備中・・・って感じじゃないな。脳筋は誰かと今も敵対しているみたいだし。しかも相手はアンデッド種族・・・・・・・・・まさか、次代の魔王の座を狙って円卓内部で抗争中か?おいおい、何してんだ。そんな人間みたいな足の引っ張り合いじゃなく、協力しろよ。クロウリーが草葉の陰で泣いてるぞ。まだ死んではいないだろうけど。復活したらまじで円卓全員シバかれるんじゃないかな。



 「やばいな」



 「何がやばいの?」



 「うわあ!!?」



 いつの間にかオレの背後にチャラそうな黒騎士が立っていた。フルプレートの重装備なのになんで足音がなかったんだ?消音スキル持ち?こいつこの見た目で斥候職?



 「驚きすぎでしょ。ていうか団長は?」



 「な、中に」



 「ふーーん。それで?なんでまだここに?」



 「えーーーーと・・・」



 い、言えねえ。言えるわけねえ。円卓の内部事情が少しわかりましたとか。おたくの上司の上司と知り合いですとか。



 「何?後ろめたいことでもあんの?・・・逃げるつもりだったとか?」



 ひえ、視線に殺気が。



 「そ、そんなわけないし。少し物思いにふけっていただけだし」



 「そう?ならさっさと中に入ったら?団長が中で待ってるでしょ?」



 チャラ騎士に促されるまま、一緒に中へと入る。その先には、ボロ砦の地下施設とは思えない、質実剛健な空間が広がっていた。無駄な装飾などなく、ただ戦う為だけに準備された部屋。置いてある物は武器、周辺のものと思われる地図、雑多に置かれた魔法具など。まさに作戦室といったところか。



 「これは・・・」



 この部屋もそうだが、この地下空間、想像以上に広い。室内には今入ってきた後ろの出入り口の他に幾つかの扉が見える。おそらくは寝泊まりする各員の部屋や倉庫にでもつながっているのだろうか?

 マジで魔法使いの工房・・・ってかここはクロウリーの秘密工房の一つか。そう考えれば納得の規模だ。幹部である脳筋なら一つくらいは知ってるだろうから、勝手に自分の拠点として利用しているのかな。そしてそれは他の幹部連中も同様のはず。厄介だな。



 「ようやく来たか。・・・キラ、他の二人は?」



 「ログさんとアーシンさんならもう少しかかるかと。追跡されてないか入念に遠回りしているみたいです」



 「そうか。・・・ならばただ待つだけでは時間の無駄だな。キラ、小娘の相手をしてやれ」



 えっ?相手?何の?聞いてないぞ?



 「よろしいので?」



 「殺さなければいい。あと四肢の欠損もなしだ」



 「了解です。なら骨の二、三本で済ませます」



 「それでいい」



 会話内容が物騒すぎる。



 「ではレディ、こちらへどうぞ」



 チャラ騎士が恭しくエスコートを申し出るが・・・正直、行きたくない。



 「小娘、せいぜい鍛えてもらえ」



 あー・・・やっぱりそういう感じ?

 


 「その眼鏡、外しておいた方がいいよ。壊したくないでしょ?」



 ご丁寧にどうも。チャラ騎士の忠告どおり、眼鏡を外す。そして半ば強制的に連行された訓練所らしき場所で・・・・・・オレは見事にボコボコにされた。



 「ようこそ、黒騎士団へ。歓迎するよ」



 チャラ騎士の実に楽しそうな言葉を最後に、オレは意識を手放した。




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