第4章 アンユージュアル・ホリディ ー④

 就寝時間は夜の十時。


(小学生じゃあるまいに……)


 毎日毎日、自分に突っ込みを入れながらも床に就く。起きていたって楽しいことがあるわけではないのだから、彼女にとっては寝てしまった方がよほど有意義だ。

 寝てしまえば、次に気がついた時には、彼女はアルマジロになっている。

 力に目覚めた当初は家の庭に出現し、公園まで歩いていたが、今では初めから公園に出現させることが自分の意思でできるようになっていた。


 見た目はただのアルマジロにしか見えない綾香は、早速茂みの中に入ると、草、枝、葉っぱ、ゴミなどを集め始めた。


 綾香のアバターの能力は『物の形を変える』こと。昨日手に持っていたピコピコハンマーもその能力で作ったであるが、それもここら辺に落ちている木の葉やら何やらを集めて作ったものだった。


 綾香は、久鎌井と比べ、アバター所持者としての歴は長い。だから、自分のアバターとしての能力を自分なりに分析し、把握していた。

 物を作り出すにあたって、原料として使えるものには条件がある。


 それは、生きていないものである、ということ。


 虫など、動物を原料にすることはできない。植物も、地面と繋がっているものは使えない。枯葉やら落ち葉、折れた枝にちぎれた草などは、厳密にはまだ生きているものも混じっているかもしれないが、原料として使うことができる。

(まあ、もしかしたら、虫の死骸なんかも使うことができるかもしれないけど、使う気にはならないな)

 石なども、もちろん使用できる。同調状態の時は、手近なもので能力を試したことがあるが、鉛筆や消しゴム、椅子なんかも原料にすることができた。ただ、大きさには限度があるらしく、ベッドを使うことは出来なかった。椅子を原料にしたときも、能力を使用した後の疲労が強かったことを覚えている。


「よし、こんなものかな」

 綾香は、収集したものを焚き火でもするかのように一所に集めた。そして、その端の葉っぱに触れた。


 力を発動する場合、その原料とするものに触れる必要がある。そして自分の頭の中にあるイメージを投影するのだが、葉っぱ一枚であれば、そこからは小さなものしか作れない。だから、大きなものを作りたい場合は、それに見合う質量を集めなければならない。ただ、作りたいものに相当する大きさの別の何かを探す必要はなく、今のように一所に集め、触れ合わせることで、一つの塊とすることができる。


(さてと……)

 今か頭の中に作りたいものを思い描かくのだが、すでに作りたいものは決まっていた。

 それは、季節外れではあるが、洋風の家にはないもので、綾香の憧れのものである。

(憧れを形にすることこそ、わたしの能力の意義だ)

 綾香は、そのアルマジロのつぶらな目を閉じて、気合を入れてイメージをした。

 四角い平面と、四つの角から垂直方向に伸びる足。平面の真ん中には機械部分があり、そこからコードが伸びている。その上には足が隠れる広さの掛け布団が掛けられ、さらにその上にもう一枚、同じ大きさの平面が重なる。


 彼女のイメージが伝わると、木の葉たちが蛍光塗料でも塗ってあるかのように淡く光りだした。そして一塊の粘土のようになると、その形をグニグニと変えていく。

 間もなくして、彼女の思い描いた通りのものが姿を現した。

 それは、五月には季節外れではあるが、日本の冬には欠かせない風物詩。


 そう、コタツだ。


(これよこれ、コタツで温まりながらお正月番組とか見てみたいのよね~)

 綾香は喜び勇んでそのコタツに足を突っ込んだ。

 しかし、これはあくまでコタツの形をした模造品に過ぎない。コタツの機械部分の構造について綾香は知らないし、知っていても、複雑な構造を再現することはできない。また、土台も木で出来ているように見えるが、あくまでそう見えるだけであり、コタツ布団も、それらしい質感ではあるが、それらしいだけで本物の布団ではない。


 しかし、それだけで綾香は満足していた。

(あ~、ええわ~♪)

アルマジロはコタツで背中を丸めながら、まったりとした時間を過ごしていた。


 しばらくして、綾香は一つのアバターの気配を感じた。

 この公園に向かっているところから、どうやら久鎌井友多のアバターのようだ。

(ま~た、わたしの邪魔をしてくれるのね。まったく……)

 綾香は心の中で悪態をつきながら、彼のものと思われる気配に注意を傾けた。

(あれ?)


 しかし、少し様子がおかしかった。

 彼の近づいてくる速度が妙に遅い。まるで抜き足差し足で歩いているようであった。


(わたしを驚かそうとでも思っているのかしら?)

 そうだとしたらけしからん。返り討ちにしてやる。綾香はコタツでまったりしながらも、そう思って警戒していたのだが、彼は公園に入ると、そのままいつも座っているベンチに近づいていった。

 一体これはどういうことか? 昨日までは真っ先にこの茂みの前まで来ていたのに。

(もう、わたしに対する興味はないということ?)

 そう思うと、妙に腹立たしかった。散々邪魔をするなとは言ってきたが、ここまではっきりと手のひらを返したような変化が見られると、それはそれで嫌なものだ。

(コノヤロー、せっかく少しは仲良くしてやろうと思ったのに)

 綾香は手近な木の葉を集め、拳大の石に変えると、茂みの中から飛び出した。

 もちろん、その石は久鎌井に向かって投げつけるために用意したものだ。普通の人間にそんなことしたら危険だろうが、アバターに対してなら少し傷がつく程度で済む。


 しかし、綾香はそうすることを思い止まった。


 それは彼の姿を見たからだ。彼は、背中を丸めて座っていて、何やら考え込んでいる様子だった。こちらの行動に気づいた様子もなかった。

 彼のアバターは白騎士の姿で、頭部はフルフェイスの兜であるために表情は分からないが、鬱な様子が綾香にははっきりと伝わってきた。

(そういえば昨日……)

 鏡谷から話を聞いていた途中から、久鎌井の様子はおかしかった。

 綾香は、石をピコピコハンマーに変えて、彼に近づいていった。


「……花住さん」

 久鎌井は、ようやく綾香に気がついた。

 綾香はとりあえず、跳び上がって彼の頭をハンマーで叩いた。

「いたっ、いきなり何!?」

「何となくよ」

 驚いている彼を無視して、綾香は何事もなかったかのようにベンチをよじ登って彼の隣に座った。


「何を考えていたの?」

「え?」

「え? じゃなくて、わたしのことを無視して考え込んでいたじゃない」

「あ、すまない」

「別に、謝んなくてもいいわよ。わたしとしてはそのまま永遠に無視してくれていた方が嬉しいもの。でも、人が悩んでいるのを見ると、聞きたくなるのが人情じゃない?」


 綾香は彼の話に興味がある振りをした。彼の悩んでいる様子が気になったわけではない。久鎌井が自分を無視していたことに拗ねているわけではない。ただの面白半分の興味本位であると自分に言い聞かせながら、彼に尋ねた。

「それに、あんたに拒否権はないわよ。さんざんわたしの邪魔をしてくれたんだから。わたしにはあんたの話を聞く権利があるわ」

 そんな彼女の様子に、久鎌井は困ったように言葉を詰まらせていた。しばらく悩んだ末に、言いにくそうに口を開いた。

「………面白い話じゃないよ?」

「それはわたしが聞いて決めるわ。それに、所詮暇潰しなんだから」

「そうか」

 白騎士が苦笑し、肩がわずかに揺れた。


「中学のことを思い出していたんだ」

「中学?」

「ああ、昨日、鏡谷さんの話を聞いていて、中学の頃の知り合いの名前を口にしたから、それでね」

「なるほどなるほど。それで?」

 まだ、久鎌井は言いにくそうにしている。しかし、綾香は彼の言葉が途切れてしまわぬように、相槌を打って先を促した。

「中学一年のときに、クラスにいじめられている女の子がいてさ。あの頃の俺は、子供らしい正義感をまだ持っていて、その子を庇ったんだ」

「へえ、やるじゃない」

「からかわないでくれ、今の俺だったら、きっと庇えない」

「何でさ? あんた、その白騎士姿で人助けしたことあるんでしょ?」

 白騎士の行動については、噂にもなっていたし、鏡谷から話を聞いたこともあったから、綾香も彼の口から聞くまでもなく知っていた。

「ああ、だけどそれは、アバターだからだ。アバターになれば力が手に入るし、素直に行動できる。だけど、普段の俺は、そんな力もなければ勇気もない。それに懲りているから」

「懲りてる?」

 その先の話は何となく想像できたが、それでも綾香は先を促した。


「その子を庇ったことで、俺もいじめの標的にされた。その子と付き合っているとからかわれたり、これ見よがしに無視されたりした。今思えばそれほど大したことではないけど、あの頃の俺は耐えられなかった。それで、俺はそのいじめられていた子と距離をとったんだ。しばらくして、俺へのいじめは消滅した。けれど、彼女へのいじめは続いて、その子は学校を休みがちになった。二年になってクラスが変わって、その子がどうなったかは分からない。噂では登校拒否になったって……。でも、なんとか卒業はしたらしい。何処の高校にいったとかは分からないけどね」

「そう」

「面白い話じゃなかっただろ?」

「そうね。良くある話ね」

 綾香の身近にそういうことはなかったが、クラスの子と話をしていれば、そういった過去の話を聞くことはある。


「ま、あんたは悪くないでしょ。気にしないことね」

 綾香は無難な慰めを口にした。

「そうかもしれないけど……俺は、助け――」

 久鎌井が不意に言葉を止めると、俯いていた顔を勢い良く上げた。

 彼の動きにつられ、綾香も彼の視線の先に顔を向けた。公園の入り口に二つの人影が見えた。

 パンドラの二人が来た。

「花住さん」

 久鎌井が、小さな声で綾香に囁く。

「今の話は秘密にしておいてね」

「え、まあいいけど、これでまた借り一ね」

 秘密の話を聞きだしておいて、それを秘密にすることを借りにするなどという横暴だと思うが、それでも綾香は冗談交じりに言った。しかし、彼は大真面目に、

「それでいい」

 と頷いた。


「今日も綾香くんが一緒か」

 それとほぼ同時に、鏡谷が声を掛けてきた。

「そうよ、悪い?」

「いや、歓迎だよ。ぜひ、協力してくれ」

「協力するかどうかは気分次第よ」

「それで十分さ」

 鏡谷は小さく微笑み、銜えていたタバコを携帯灰皿に捨てた。


「さて久鎌井くん、早速で悪いのだが、今日は君に聞きたいことがある」

 久鎌井は頷くが、その声には覇気がない。

「彼女らの中学時代について少し調べたよ。とはいえ、何分、夜活動しているから午前中は寝てしまう。そのため、あまり多くの情報は集められないがね」

「はあ」

「二人は同じ中学校に通っていた。そして、君も同じ中学だね」

「はい」

「君の聞いたことある高島さんと浅野さんは、事件の被害者たちと同姓同名かい?」

「あまり、クラスメイトの名前を覚えるのは得意じゃないので、分かりません」

 鏡谷の質問に答える久鎌井だが、やはりその様子は挙動不審であった。鏡谷の眼を見ようとしていない。白騎士には外見として眼があるわけではないので、視線ははっきりとは分からないが、あまり顔を向けようともしないし、向けてもすぐに逸らしてしまう。


「そうか、顔写真を見れば分かるかい?」

 そう言って、鏡谷はポケットから写真を取り出した。

「そうですね………同じ人みたいです」

「そうか、なら聞くが、誰かこの子達に恨みを持つ人間を知らないか?」

「知らないですね……」

 久鎌井はそう答えるが、綾香にはそれが嘘だと分かった。彼には心当たりがあり、それが先程聞いた話の中のいじめられていた少女なのだろうと知れた。

「そうか、まあ、知らないなら仕方ない」

 鏡谷は追究することなく、あっさりと引き下がった。

「きっと、明日には分かるはずだ。そうなったらもちろん、君にも伝えるよ」

「はい、お願いします」

「あと、彼女らはいつも三人で集まっていたらしいね。もう一人、彼女らと仲良くしていた人間がいる。その少女の名前は――」


「雑談はそこまでだ」

 日比野が、鏡谷の言葉を遮った。

「反応があったか?」

 鏡谷の表情が一気に厳しいものに変わる。

「北に、三キロほどか」

「よし、行くぞ。久鎌井くんもいいね」

「はい」

 久鎌井も立ち上がり、三人は一斉に駆け出した。

 綾香も思わず、その後を追って走り出していた。



 — * — * — * —



 大小入り混じる四つの影が、夜の闇の中を駆け抜ける。

「あれ? 花住さんもついて来るの?」

「その場の勢いよ! 思わず走り出しちゃったのよ!」

 途中、二、三言葉を交わしながら駆けていく。


 大通りではまだ車も通るが、一つ道を入ると、もう人の気配はほとんどない。

 日比野が先導する形で住宅街に入っていった。一定間隔をあけて存在する街灯が、細い道を照らしている。

 日比野は敏感に問題のアバターを感知している。公園からずっと感じているようだった。距離が近づくにつれ綾香が、少し遅れて久鎌井も、アバターの存在に気付く。


「あそこだ」

 日比野が示したのはとある家だった。

「あ」

 そこに何かがいた。

 家の周囲を取り巻く壁、そこを這い上がる黒い大きな影が蠢いている。

「黒い、蜘蛛だ」

 久鎌井が呟くと、同時に、日比野が力を顕現させた。

 その腕を植物の塊にかえ、黒い蜘蛛目掛けてしならせた。


 しかし、蜘蛛は咄嗟に壁から離れた。

 日比野の腕が虚しく空を切る。

 蜘蛛は八本の足を地面につけると、四人をじっと睨みつけてきた。

「避けやがったか……」

「日比野!」

「分かっている」

 鏡谷の言葉に頷く日比野。

 再び、彼が腕を振り上げた瞬間――

「「「!」」」

 ふっと、黒い蜘蛛の影が消えた。と同時に、アバターの気配が急速に遠のいて、そして消えた。


「逃げられたな」

 鏡谷がため息を吐く。

「しかし、これでやつの次の出現場所が特定できたな」

 黒い蜘蛛が張り付いていた家の表札に、日比野を除く三人の視線が集まる。

「田中……事件にあった二人と仲の良かった子も、同じ名字だね」

 そう言って、鏡谷が久鎌井を振り返る。

「そうですね」

 久鎌井は、表札を悔しそうな様子で見つめながら呟いた。


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