第4章 アンユージュアル・ホリディ ー③
五月十四日 日曜日
さすがに妹の部活も休みで、主夫久鎌井にもゆっくりとくつろげる日がやってくるかと言えば、そうでもなかった。
久鎌井家の日曜日の朝には毎週とあるイベントがあった。
それは、妹と母親の部屋の掃除だ。
二人は面倒くさがりで雑な性格なため、掃除や整理整頓というものが苦手だ。だから久鎌井がやる日を指定して、無理矢理にでもさせる必要があった。
妹、母の順番に、久鎌井はそれぞれの部屋の掃除を手伝うことになっている。
いつものことで久鎌井も慣れっこではあるのだが、いい加減自分でできるようになってくればとは思う。しかし、いかんせん二人は甘えん坊だった。
「出したものをすぐにしまうように癖をつければ、こんなに散らからないんだけどなあ」
妹の部屋の惨状を見て久鎌井がつぶやく。それもまたいつものことであった。
「分かってはいるんだけどね~」
分かっていてこの状況なのだから、彼女がその癖を身につける可能性は零に近いのだろう。
「……さ、始めるぞ」
数秒間、上目づかいに見てくる舞奈をジトリとした目でにらみつけた後、久鎌井は掃除を始めた。
散らばった漫画と、少しの教科書を片付けて、はたきをかけて埃を落として……
久鎌井はそうやってできるだけ掃除以外のことを考えないようにしようと努めていた。
しかし、どうしても、昨日のことが頭を過ぎってしまう。
鏡谷の話。
“アラクネ”に襲われた少女。
高島と浅野という二人の名前。
それを聞いた久鎌井の脳裏には、中学一年のときのクラスメイトの顔が思い浮かんでいた。
大人しく、いつも一人でいた少女。
背が小さくて、細い人形みたいな少女。
おどおどしていて、いつもうつむき加減で、友達がいなかった少女。
「……ちゃん 友ちゃん!」
「え?」
「手が止まってるよ!」
妹の声に、初めて自分が考え込んでいたことに気づく。
久鎌井は大きく首を横に振り、嫌な考えを振り払おうとした。
「まったくもう」
「悪い悪い」
自分が手伝ってもらっている立場であることは棚に上げ、舞奈が口を尖らせている。
「って、なに漫画読んでるんだよ!」
「はう!」
久鎌井は、ベッドに腰掛けて片付け途中の漫画を読んでいる妹の頭をはたきで小突いた。そのままお気に入りのツインテールを潰しにかかる。
「うわ、きたにゃい、きたにゃい! ごめんなさい!」
「早くしまって、掃除再開だ」
その言葉は、妹だけに向けたものではなく、自分に言い聞かせたものでもあった。
久鎌井は内心、いつもの妹らしい行動に呆れながらも、少し感謝していた。
おかげで無駄な気が抜けて、掃除に専念できそうだった。
妹の部屋が一通り終わると、久鎌井は次に母親の部屋に移動した。
彼女の部屋はもともと寝ること以外にはあまり使われないので、それほど時間は掛からない。
(もっとも、俺が妹の部屋を手伝っている間に本人が済ませてくれれば、そもそも俺が手伝う必要すらないのだけどね)
「待ってたよー」
唯奈は久鎌井が来るまでベッドでくつろいでいた。
「はあ」
久鎌井の口からため息が漏れる。
以前、久鎌井は唯奈に、どうして一人でやらないのか聞いたことがあった。その時彼女は『せっかくの息子と一緒の時間を過ごせるチャンスを無駄にしちゃいけないでしょう?』と笑顔で答えた
(その言葉は嬉しく思うけど、やっぱり一人でやれるならやって欲しいな)
「さ、母子の共同作業を始めましょう」
ただ、母親に嬉しそうな顔でそう言われると、何も言えなかった。
掃除の後は家族で出かけて外で昼食を取る。
それがいつものパターンだ。
そして、そのまま女性陣のウインドウショッピング。二人の希望もあって、久鎌井もそれに同行することになる。
いつもは面倒くさいと思うのだが、今日はありがたかった。余計なことを考えずに済む。
三時くらいになれば喫茶店でお茶をして、ついでに晩飯の材料を買って帰る。今日はとんかつだ。
久鎌井の日曜日は、そうして忙しく過ぎていく。
— * — * — * —
「お嬢様、朝です」
聞こえてきた女性の声。
「―――んん、うん」
花住綾香はゆっくりと目を開けた。
「おはようございます」
「おはよう」
綾香はゆっくりと体を起こすと、近くに立っている女性――
「朝食の用意は整っています」
乃々絵も、小さな、そして柔らかな笑顔で返す。
「分かったわ」
「それでは、失礼します」
乃々絵は丁寧にお辞儀をすると、部屋を出て行った。
彼女が部屋を出るのを確認して、綾香は顔の力を抜いた。
「はあ」
朝だというのにため息が漏れる。いや、朝だからこそ、これから始まる日常を思って、ため息が漏れるのだろう。
彼女は首を巡らして、壁に掛かった時計を確認した。
針は、午前七時を指している。
綾香は、毎日この時間に起こされる。それが決まりであり、日曜日も同様であった。
「よっと」
綾香はのそのそとベッドから降りると、乃々絵が用意した服に着替えた。朝起きて部屋を出るときには、身支度を整えてからでなければならない。これも決まりだった。
彼女は姿見の前に立ち、髪形を整え、衣服におかしなところがないかをチェックする。
(うん、問題はないわね)
ふと、鏡に映った自分の顔を見つめた。
眠そうな眼、半開きの口、全体にやる気のない顔をしている。
(……これが本当のわたしの顔なのにな……面倒くさい)
そう思っても、今の顔を、この部屋の外に出て見せてはいけない。だらしのない顔を、他人はもちろん家族にだって見られてはいけない。それも決まりだった。
(さてと)
綾香は大きく息を吸い、その三倍の時間をかけてゆっくりと吐き出した。
身体中を酸素が巡り、心身の機能が目覚めていくのを感じる。
「よし」
眼を開けて鏡を確認した。
(映っているのは本当のわたしではない、いつものわたし)
心の中で呪文のような独り言を唱えると、綾香は回れ右をして、部屋を出る。
花住綾香の一日は、こうして始まるのだ。
— * — * — * —
綾香の家庭は、裕福である。
父親は医師をしており、隣の市の大学院に勤めている。綾香は詳しいことは知らない――というか興味はないのだが、それなりに有名な医師だ。
家の中を見ると、西洋アンティークのような置物や、絵画など、一般市民の家庭にはおよそないであろう調度品が飾ってある。
ただ、狭くはないが豪邸というほどでもない家では、少し浮いている感がないでもない。綾香はその違和感が何となく嫌だったが、それは単に父親への嫌悪感の投影に過ぎない。
彼女には、二人の兄がいる。
長男は現在研修医で、次男は医大の四年生。父親は彼らに医学の道を志すことを望み、そして彼らは見事それに応えた。
しかし、それで満足したのか、父親が綾香にまで医学の道を勧めることはなかった。将来は好きな仕事に就けばいいと言っている。それは子供として非常にありがたいことではあるのだが、その代わりなのか別のことを望まれていた。
家族が医者をやっている家の子供なのだから、優しく、礼儀正しく、おしとやかで、それなりの教養を身につけた女性になりなさいと。
そうして設けられたのが、様々な決まり事であった。
兄たちは厳しくしつけられてはおらず、ただ勉強をして、医者になれと言われていただけだ。よって、家の決まり事というのは、全てが綾香に向けて作られたものだった。
朝七時に起きることも、部屋を出るときには全ての身支度を済ませておくことも、父親が定めた決まりだ。
他にも、門限は午後六時。夜は午後十時に就寝。露出の多い服は着ない。父親には敬語。テーブルマナーなどもしっかり身につけるようにしつけられた。
しかし、それらの決まり事は全て、父親個人の考えの下に作られたもので、『女の子はこうあるべき』という偏見と、大学病院で働く医師としての自分の名声を汚すことのなく、逆に誇れるような娘になって欲しいという独善の塊としか思えないものであった。
綾香も、正直なところ真面目に守るのも馬鹿らしいと思っているのだが、それでも彼女はそれを遵守していた。
ちなみに、起きる時間が午前七時というは、父が出勤する前に娘の顔が見たいという理由から決まったものだ。
(まあ、別に起床時間としては妥当だけどね……)
部屋を出た綾香は兄や自分の部屋が並ぶ二階の廊下を抜けて一階に下り、父親と朝食が待つダイニングに向かった。
「おはようございます、お父さん」
今時、実の父親に敬語使う家もなかろうにとか、どうせだったらお父様と呼ばせたらなどと、無駄なことに思いを巡らせながらも、綾香はいつも通りの挨拶をした。
「おはよう」
すでに全ての仕度を終え、後は家を出るだけの状態になっている父親は、新聞を見ながらそう応えた。
綾香は自分の席に座り、『いただきます』と挨拶をした後、用意されていた朝食を食べ始めた。家の作りは洋風だが、朝食の内容は和風だ。綾香はきれいな箸使いでそれらを食べ進める。
父親は、綾香が席に着くと同時に席を立ち、ダイニングを出て行った。
この父親は仕事人間で、娘を七時に起きるようにしつけているわりには、父子の時間をゆっくり楽しもうとはしない。休みの日でもろくに家にいることはなかった。そんな態度を綾香の母親は、「照れ屋さんなのよ」の一言で済ませてしまうが、一般的な見地から言えば、父親として良い傾向とは言えないのではないかと、綾香は思っていた。
(ほんと、なんでお母さんはこの人と結婚したのだろう)
父親の顔を見るたびに、綾香はそう思わずにはいられなかった。
しばらくして、玄関が開く音と、母の「いってらっしゃい」の声が、綾香の耳に届いた。
続いて、母親がダイニングに顔を出した。
「おはよう、綾香ちゃん」
おっとりとした口調と優しい微笑み。それらは、綾香の母親の代名詞と言えた。
「今日もご飯がおいしいわね」
「うん、おいしい」
そう言う母親は、すでに父親と共に朝食を済ませていた。
「さすが乃々絵ちゃんよね」
「ありがとうございます」
綾香の隣でお茶を淹れている乃々絵が、手を止めて頭を下げた。
母親の言う通り、この食事を作ったのは彼女だ。
彼女はこの家の使用人である。今どき余程の金持ちでなければ使用人など雇わないであろうが、花住家の場合、ただお金があるから彼女を雇っているわけではない。
理由は、温かく柔らかな微笑を浮かべている母親にあった。
性格は温厚でマイペース。外見も五十手前には見えないほど若々しく、美人。若ければまさに深窓の令嬢と表現がしっくりくる。しかし、そんな彼女はとても手先が不器用で、家事全般が苦手なのだ。いや、致命的と言った方がよい。
だから、長男が生まれたときから、使用人を雇うことにしたのだ。
乃々絵は二代目の使用人で、一代目は彼女の叔母だった。彼女がこのうちに来たのは三年前からで、大学を卒業してからここで働いており、現在は二十五歳。ちなみに父親がなかなか家におらず、母親はマイペースであったため、この家の子供たちをしつけ、実質的に育てたのは、その一代目の使用人だった。
「う~ん、おいしいわねえ」
母親は、綾香の前の席に座ると、乃々絵が用意した紅茶を、春の気候のように穏やかな表情を浮かべながら味わっていた。
(いわゆる大物なのか、馬鹿なのかってタイプなんだろうけどな……)
綾香はこの母親ならでは大らかさ、マイペースさは好きだった。時に困らされることもあるが、一緒にいて落ち着く存在だった。
— * — * — * —
休日だろうが、平日だろうが変わらない朝をこなして、綾香は部屋に戻った。
家の外では優秀な生徒で明るく健やかな少女。家の中ではいい子でおしとやかな娘。そんな風に、部屋の外では、自分以外の人間の前では良い印象を与える人間でなければならないのは、休日だろうが平日だろうが変わらない。つまり、休日も平日も綾香にとってはどちらも大して価値の違わない一日だった。
しかし、部屋の中では、笑顔の仮面を捨て、素の顔でいられるのだから、やはり休日は心を休めることのできる日なのかもしれない。
綾香は部屋に入ると、力の抜けた顔で部屋を見回した。
(この部屋には、わたしの趣味のものはほとんど置いていない)
テレビゲームの類は禁止されているし、漫画も少女漫画で、しかも父親が見ても良いと認めたものしかない。音楽も、クラシック以外は聴いてはいけない。
部屋は使用人が掃除し、そのときに部屋に置いてあるものをチェックされる。代わりに、女の子らしいぬいぐるみや、小説などを与えられるのだが、正直どちらも趣味ではない。
はっきり言って前時代的だと思うが、それでも綾香は逆らわなかった。
昔はいろいろ隠し持っていたこともあったが、いとも簡単に見つけ出されてしまい叱られるだけなのだから、もう抵抗する気も起きなくなっていた。
彼女にとってこの部屋は、いたところでそれほど楽しい、あるいは落ち着ける場所というわけではないのだ。
ふと、姿見に映った自分の姿が眼に入る。
(この姿の一体何処にわたしがあるのだろうか……)
そんなことを本気で考えていた時期もあった。
(あー、やめやめ)
綾香はかぶりを振った。
(こんなことは考えてもしょうがない)
所詮、面倒くさいの一言で切って捨てることもできるようなつまらないことだ。
(さてと)
綾香は机の隣に置いてある鞄を手にとると、中から漫画の本を取り出した。
これは友達から借りたものだ。
こんな時代遅れな家庭にいては、友達と話をあわせるのも一苦労だ。だから、綾香は昔から友達から漫画や雑誌、夜の十時以降にやっているテレビ番組を録画したビデオやDVDを借りたりしていた。この方法ならば、早めに返しさえすれば使用人にもなかなか見つからない。
しかし、自分から意欲的に見るのではなく、話を合わせるために見ているだけなので、どうしてもおざなりな目の通し方になってしまう。それに、興味を持ってしまうと、自分で買うことができないことや、放送日に見られないことを我慢しなければならないので、熱心になる気にもなれないでいた。
案の定、今回借りた漫画も、少し読んだだけで飽きてしまい、ペラペラと流し読みするだけで終わってしまった。
(はあ、散歩でもしてこようかな)
綾香が机に体を投げ出してそんなことを考えていると、本棚に並ぶ一冊の本が目に入った。
彼女は、慣れた手つきでそれを手に取った。
その本は、父親から押し付けられた本の中で、何度も何度も読み返した唯一の本だった。
ギリシア神話の本。
綾香は、何の迷いもなく一人の男の物語が描かれた章を開いた。ページは、百十二ページ。
そこから始まるのは、ピュグマリオンという男の物語。
孤高の彫刻家の名前。
そして、
綾香の本当の気持ちに与えられた名前だった。
キプロス島の王であり、同時に彫刻家でもある青年ピュグマリオンは、女性の嫌な部分ばかり見てしまったせいで、すっかり女性不信に陥ってしまった。
彼は、自室に引き篭もり、全てを忘れようとするかのごとく、彫刻に打ち込んだ。
そして、あるとき、一つのことを思いついた。
生身の女性にはろくな人間がいない。ならば、自分の思う最高の女性を彫ればいいのだと。
すっかり引き篭もってしまった王様に困り果てた島民は、神様にお願いすることにした。
キプロス島では、年に一度、愛と美の女神アフロディーテのお祭りが開催される。その際に、引き篭もってしまった王様をどうにか外に出してください、と願ったのだ。
その願いを聞き入れて、アフロディーテはピュグマリオンの元を訪れた。
そこで彼女は驚いた。なんと、目の前に自分そっくりの像が立っているではないか。
そして、姿を現したピュグマリオンは、女神にこう告げた。
「わたしの思う最高の女性の像を作りました。そして、彼女を心から愛してしまいました。結婚したいとさえ思っております。愛と美の女神アフロディーテよ。どうかわたしの願いを叶えて下さいませんか」
人間ではない像に恋心を抱くなど、愛の女神として許すわけにはいかないと思ったアフロディーテだが、その像が完璧で最高の女性である自分とそっくりであるのだから仕方がないと、彼女はピュグマリオンの願いを受け入れ、像に命を吹き込んだ。
こうして、ピュグマリオンの道ならぬ恋は成就したのだ。
綾香が初めて、アバターと呼ばれているあのアルマジロになったのは、中学一年のときだった。
初めは戸惑いながらも、所詮は夢だと思い、だから好きに楽しめばいいのだと思っていた。その点は、久鎌井と変わりない。ただ、綾香の場合はあの姿で人前に出ようとも思わなかったので、騒ぎになることもなかった。ただ茂みの中で葉っぱや枝で好きなものを作っては楽しんでいた。
そんなある日、神秘隠匿組織パンドラの構成員を名乗る人物が綾香に接触してきた。そして彼女はアバターの存在を知った。
そのときに、彼女のアルマジロ型アバターは、ピュグマリオンのコードネームを与えられた。物の形を変える能力や、彼女の生活状況を聞いたうえで、そのパンドラの構成員が名づけた。
その人は綾香に、彼女の中にある『世間のしがらみから離れたい、一人になりたい』という思いが、人々の『思い』を集め、アバターを形作ったのではないかと言った。鏡谷もそう聞いているようだった。
しかし、その説明に綾香は違和感を覚えた。
世間から離れ、一人になりたいというのはあっているが、重要なのは『何故?』ということだ。確かに、自分は家の外でも中でも人の目を気にしなければならない。他人の前ではいい子を演じなければならない。しかも、自室に閉じこもったところで、外界と完全に切り離されたわけではなく、好き放題できるわけではない。
綾香の一番の望みは、自分の欲求に素直になれることだった。
現実から眼を背け、理想を石に刻んだピュグマリオンのように。
それこそが、自分がピュグマリオンのアバターの受け皿になった思いだと、綾香は確信していた。
だから、アバターであるときが、彼女にとって一番、自分らしくいられる時間なのだ。
(だから大切な時間なのに……)
それが最近、状況が少し変わってきた。
白騎士型アバターの所持者である久鎌井友多が現れた。
(わたしの時間に踏み込んできて……)
しかも、至福の時を邪魔しただけでは飽き足らず、乙女の柔肌に青痣までも残してくれた。
(ま、あのときのわたしは何処からどう見てもアルマジロなんだけどね)
アルマジロを捕まえるのに、乙女を扱う柔らかさを求めるのは無理かもしれない。
しかし、綾香が屋上で警告したにも関わらず、彼は関わろうとするのをやめなかった。学校でのおとなしい様子をみていると、一言ズバッと言ってしまえば、驚きと失望から関わってこなくなるではと綾香は期待したのだが、彼は思ったよりもしつこい性格だった。
(それに……)
久鎌井は、学校では『僕』という一人称を使い、アバターのときには『俺』という一人称を使っていた。それが綾香には気になった。彼も、他人の前では自分を偽っているということか……。しかし、家では『俺』を使っていると綾香は聞いた。家族の前で素の自分を見せることができるというのなら、自分とは違う。
(それにしても、ペルセウスねえ)
メデューサ退治の英雄にして、アンドロメダを助けた勇者。
神々からも愛され、家族を愛し、守った。ギリシア神話でもヘラクレスに次ぐほど人気のある英雄。
(……似合わねぇ~)
普段、学校で見る彼の姿と重ね合わせ、綾香は思わず苦笑した。成績は悪くないようだが、全く目立たない彼が英雄なんてとてもとても似合わない。そう思ったのだ。
コンコンッ
「ぅはい!」
気を抜いていたときに突然ドアがノックされ、綾香は変な声を上げた。
「お嬢様、どうかされましたか?」
聞こえてきたのは乃々絵の声。
「いえ、何も。何か用」
綾香は、すぐにいつも通りの笑顔と声色に修正して応じた。
「はい、昼食の用意が整いました」
「え?」
ふと、綾香が時計を見ると、いつの間にか正午近くになっていた。
「もう、お昼なんだ」
こんなに時間が経つのを早く感じたのは、久しぶりであった。
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