第3章 エンカウンターズ・オブ・ジ・アンノウン ー⑤
(この姿で、この公園に来るのは三度目か……)
そして、白騎士姿となった久鎌井の視線の先にある茂みには、花住綾香がアルマジロの姿でいるはずだった。
時計を見ると、待ち合わせの時間まで三十分ほどあった。
久鎌井は綾香がいるはずの茂みの前に来ると、背を向けて地べたに胡坐を掻いて座った。そして、何も言わずに、ただそこに座っていた。
「……邪魔なんだけど」
しばらくして、茂み中から声が掛けられた。
もちろんそれは、花住綾香の声だった。
「ここで座っているだけだけど、それでもダメか?」
久鎌井は、それだけを尋ねた。
答えは、すぐには返ってこなかった。
しかし、
「……まあいいか」
諦めたよう綾香の声が聞こえた。
そのまま会話が続くようなこともなく、ただ、時間が過ぎていく。
(まあ、それでいいよな)
久鎌井にはいろいろ尋ねたいことはあったが、自分が彼女にしてしまったことを振り返ると、今日は彼女の領域にいることを許してもらっただけでも上々だろうと思えた。
「あんたさあ……」
久鎌井はそう思っていたのだが、突然綾香の方から声を掛けてきた。
「何?」
「アバターのときは、『俺』っていうわよね? 学校では『僕』っていうのに」
「ああ、癖なんだ。学校や、人前だと『僕』を使う。家族の前だったら『俺』を使うんだ。この姿の時は、つい地がでてしまうのかな? 言われるまで気が付かなかったけど」
「ふうん……」
「それが何か?」
「……別に」
それっきり、綾香は黙ってしまった。
「そういえば」
彼女から一つ質問があったならば、自分からも一つくらい質問してもよいだろうと、久鎌井が声を上げた。
「花住さんは、鏡谷さんたちから黒い蜘蛛の捜索の協力を要請されたりしなかったの?」
「んん? ああ、面倒だもの。嫌って言ったわ」
「そうなんだ」
「あんたたちの邪魔をしないようにするから、協力もしない。ってね」
確かに鏡谷は、綾香のアバターは公園から動かないと言っていた。
「だから、いつもここに?」
「そういうわけじゃないんだけどね。本当はここにいたいからいるだけ。ものは言いようよね」
綾香は少し笑いないながら答えた。
「実際、邪魔していないんだからいいじゃない?」
「まあ、そうだね」
久鎌井も、つられて笑みを浮かべた。
「あんたは手伝うの?」
「そのつもり」
「ふーん……やっぱ、違うわ」
「え、何が?」
「別に……ま、あんたのアバターは誰かを『守りたい』って、思いが核らしいからね」
綾香の言葉にはからかいの色が滲んでいた。
「やっぱそうなのかな?」
「わたしに聞かれても分かんないわよ」
「君は『一人になりたい』っていう思いだったか?」
「悪い?」
「全然悪くないさ。ただ、実感はあるのかなと思ってさ」
自分の、家族を守りたいという思いが形になった姿がこの白騎士だとじゃないかと言われても、久鎌井にはよく分からなかったのだ。
「実感ね……あるわよ」
「そうなんだ」
「でも――」
突然、茂みから綾香が――というかアルマジロが、ひょっこりと顔だけ出して、
「あんたに話すことじゃないわ。い~だ!」
そう言い残して再び顔を引っ込めた。
「……くっ、ははっ」
久鎌井は少し驚いたが、その驚きが次第に愉快さに変わり、声を上げて笑った。
「……何がおかしいのよ」
「いや、別に……はははっ」
今日の昼といい、今の様子といい、学校で見せない本来の彼女というのは、とても子供っぽいのかもしれないなと、久鎌井は思った。
こうして、時間が過ぎていった。
「やあ、待たせてしまったかな?」
しばらくして、公園の入り口の方から、落ち着いたハスキーな声が聞こえた。鏡谷だ。久鎌井が公園の時計を確認すると、いつの間にか約束の時間になっていた。
「お邪魔だったかな?」
「いえ、そんな」
話の山場は過ぎ、綾香も久鎌井も言葉を発してはいなかったが、鏡谷は、茂みの前で座り込んでいる久鎌井の姿から、彼女と話をしていたことを察していた。
「あれ?」
久鎌井は、視界に捉えた二人の姿を見て首を傾げた。いや、正確には鏡谷のとなり、日比野の姿を見て、だ。
彼は昼間と同じ姿だった。アバターではない。
「日比野さんは、そのままなんですか?」
「そうだな」
鏡谷は少しだけ――口元に浮かべる程度に――可笑しそうに笑うと、銜えていたタバコを携帯灰皿の中に入れた。
「ああ、そのことも少しずつ、説明しなければならないな。それにしても、君は見事な騎士の姿をしているね」
「あ、ありがとうございます」
久鎌井は思わぬところで褒められ、照れくさそうに鼻の頭を描いた。
「さて、先にこれからの予定について話をしよう」
「はい」
久鎌井は教師の話を聞くかのように姿勢を正して返事をした。
「といっても、ここで“アラクネ”の動きがあるまでじっと待つしかないのだがね」
「え?」
鏡谷はベンチまで移動すると、久鎌井に座ることを勧めた。久鎌井は綾香がいる茂みの前を離れ、言われた通りにベンチに座った。
彼が腰を落ち着けるのを見届けてから、鏡谷も腰を下ろした。日比野は、鏡谷の隣に立ったままだった。
「さて、“アラクネ”が起こしたと思われる事件は、市内で行われている。そして、この公園は市の中心付近に位置している。日比野ならば、ここから市内の何処にアバターが現れても感知することができる。やつは気配を隠そうとはしないし、日比野は比較的感知能力が高い」
「なるほど……」
鏡谷の話では、アバターは他のアバターの存在を感知することができるらしい。
「うーん」
久鎌井には、まだ分からなかった。存在を感知できるというのは、どういう感覚なんだろうか。
「分からないかい?」
鏡谷は、久鎌井の仕草を見て、何を考えているのかを察した。
「……はい、そうですね」
「さて、少しだけ話を戻そう。わたしたちはここで待つしかないのだが、その間に、君にアバターのことをいろいろと話しておきたいと思う」
鏡谷は立ち上がると、そのまま真っ直ぐ歩き出す。久鎌井も立ち上がって後ろについていこうとすると、彼女はそれを制した。かわりに、彼女のとなりに立っていた日比野が後ろについていく。
十歩ほど歩いたところで彼らは久鎌井に向かって振り返った。
「神話というのは、人々の心が反映されている。人が何故存在するのか、何故死が存在するのか、問いかけても答えのないようなことまで、説明してくれる。それが真実であれ、虚構の物語であれ。
そして、多く語られる英雄たちの物語では、人々の希望、願望、そして絶望までが描かれている。
特に、ギリシア神話は広く親しまれている神話だ。
我々の組織の名前もそこから引用されている。アバターの名前に関しても同じだ。アバターはという言葉はサンスクリット語だがらちょっと違和感はあるが……。それはさておき、見た目や、その能力、そして元となっている“思い”から、ギリシア神話でそれに適当と思われる登場人物の名前を引用している。それは、もとは便宜上だったかもしれないが、その能力には不思議な一致が見られる。さて――」
鏡谷が眼で合図をすると、日比野が一歩前に進み出た。
「彼のアバターは“ナルキッソス”という。しかし、今ここに彼のアバターは、いないね」
久鎌井が首を縦に振る。
「アバターの所持者には、いくつかの段階がある。
まず一段階目は君のような状態だ。寝ているときのみその姿を現すアバター。我々は夢遊状態と呼んでいる。
夢遊状態では、君のように自分でアバターを制御することができるものもいれば、制御できない場合もある。
そして次が、日比野のような状態だ」
久鎌井は日比野の姿を見た。彼は何処をどう見ても普通の人間だった。
そう思った次の瞬間、突風が吹きつけてきた錯覚を覚え、久鎌井は思わず腕で顔を覆った。
そして、腕を下ろすと、そこには先程とは様子の違う日比野が立っていた。
彼の右腕が、膨張し、伸張し、コートを破って剥き出しになっていた。
いや、良く見ると、それは人間の腕ではなかった。植物の茎か蔦のような、しかしそれにしては少し太いものが絡み合って、腕らしき形をしていた。先はちゃんと指のように五本に分かれている。しかし、腕以外の部分は人間のままだ。
「こ、これは」
「二段階目――同調状態だ。自分が覚醒しているときに、アバターの力の一部を顕現させることができるようになる。
さらに上がある。三段階目は、同化状態だ。最早、アバターと自我の区別はなく、アバターそのものとなり、その意思に従い、行動する状態だ。
今わたしたちが追っている“アラクネ”は、恐らく制御できない夢遊状態だと思われる。
根拠は、もしも同化の段階まで進んでいるのならば、昼夜を問わず現れるし、第一と第二の殺人の間も短いものだっただろう。きっと、まだ所持者本体の良心と集まってきた思いとの葛藤が強いのだと思われる、だから二ヶ月以上、殺人が起きなかったり、そもそも現れなかったりするのだと推測される。
さて、ここからが今夜の話の本題だ」
「そうなんですか――って、え?」
久鎌井は、鏡谷の言葉に驚きの声をあげた。黒い蜘蛛“アラクネ”話はさっき聞いている。あれが本題ではなかったのだろうか?
「君のアバターの実力が知りたい。それを図るために、今から日比野と手合わせしてもらいたい」
「え!」
久鎌井は重ねて驚きの声を上げた。
「手合わせって言うのはつまり、戦うってことですよね?」
「そうだ」
否定して欲しくて彼は聞き返したというのに、鏡谷は力強く頷いた。
「まだ君は所持者になって日が浅い。だからまず、アバターの扱いに慣れることが必要だ」
「必要だって……慣れていいことがあるんですか?」
「君は“アラクネ”と戦うつもりではなかったのかね?」
「それは、そのつもりですが……」
「“アラクネ”は人を殺している。君のように正の感情ではなく、負の感情を核に形を成したアバターにまず間違いはない。負の感情は、強いぞ。それに、ヤツがアバターに覚醒してから半年以上は経過している。甘く見ていると返り討ちにあうぞ」
「は、はい」
突然の厳しい物言いは、まるで軍隊のようだ。久鎌井はそんな印象を受けたが、もうすっかり相手のペースになっていた。
「もう一つ、アバターの扱いに慣れるというのは、アバターの強い思いに飲まれないようにするということだ。たとえ正の感情から生まれたアバターとはいえ、三段階目の同化状態となってしまうこともある。そうなったら久鎌井くん、君は君でなくなってしまうのだぞ」
「……」
鏡谷の真剣な言葉に、久鎌井は思わず息を呑んだ。
「そうならないようにしなければならない。今回、君とは“アラクネ”をきっかけに出会ったように見えるかもしれないが、最初に言った通り、我々は君も監視していた。遅かれ早かれ、接触する予定ではあった。君はそういった力を持ってしまったのだ」
「はい」
久鎌井は、厳粛な気持ちで頷いた。
鏡谷も、彼の反応と表情に満足したのか、同じように頷いてくれた。
「二段階目の同調状態で、アバターの力を最大限顕現できること、それがもっとも――」
「もういいか?」
突然、それまで一言も発しなかった日比野が、鏡谷の言葉を遮って、初めて言葉を口にした。
「ああ、そうだな。しかし日比野、くれぐれも手加減することを忘れるな」
「はっ、どうかな。気が向いたらするよ」
「勇!」
「五月蝿い」
本当に大丈夫なのかと、久鎌井は二人のやり取りを見て不安に思ったが、そんなことはお構いなしに、日比野は一歩前に進み出た。
「よ、よろしくお願いします」
そう言って、久鎌井は緊張しながら頭を下げた。しかし、頭を上げきる前に左からの衝撃に吹き飛ばされた。
「がっ!」
突然のことで何がなんだか分からないまま、彼は地面に転がされた。
「ベンチを壊すと後ろが五月蝿いんでな、場所を変えさせてもらった」
久鎌井が殴られた左腕を押さえながら立ち上がって確認すると、先程まで立っていた位置から十メートル近く飛ばされていた。痛むところは殴られたところだけというのは、さすが頑強な白騎士といったところか。
(ちょっと待て……殴られた!?)
久鎌井は自分と日比野の位置関係を思い出す。目測ではあるが十メートルくらい離れていたように思う。
「さっさと立て、自分を抑えるのが大変なんだからよ」
日比野の目は血走っていた。先程までの感情の薄い瞳とは大違いだった。久鎌井は恐怖を覚えそうになったが、そんな暇はない。身を守らなければと本能的に身構えていた。
「はっ」
睨み返してくる久鎌井の目を挑戦と受け取ったのか、日比野は乾いた声で短く笑い捨てた。と同時に、植物の腕を掲げると、勢い良く振り下ろした。
そのとき久鎌井との距離をものともしない秘密の全容が見えた。
腕が伸びている。
植物の腕全体が鞭のようにしなりながら、勢い良く伸びて久鎌井に迫る。
「くっ!」
久鎌井はそれを右に跳んで避けた。
攻撃はさらに続く。
二度、三度、と続く攻撃を久鎌井はかろうじてかわした。彼の代わりに、地面がその土をこそぎ取られていた。
「久鎌井くん! アバターの力を信じるんだ! 普通の人間にはない力があるのだから!」
(そんな言ったって!)
久鎌井はただ、ドッジボールで避けているだけの子供のように、跳んで、跳ねて、逃げ惑うことしかできないでいる。
(かといって、このままじゃジリ貧だ!)
久鎌井は避けると同時に日比野の腕に掴み掛かった。白騎士には大人一人なら片腕で持ち上げられるくらいの力があるということを、久鎌井は過去の経験から知っていた。その力で、相手を投げ飛ばすくらいできるのではないか。
と、思ったのだが――
「あれ?」
それよりも、日比野が腕を引っ込めるほうが早かった。久鎌井は体勢を崩して無様にも倒れてしまった。
「ふ、つまらんな。とどめだ」
(とどめって、ちょっと、手合わせじゃないのかよ!)
その久鎌井の心の叫びが、口から出る暇すらなかった。
一瞬、非常に冷めた、虫けらでも見るような眼を見せたかと思うと、日比野は容赦なく腕を振り下ろした。
そのとき、声が聞こえた。
女性の声。
しかし、鏡谷の声ではなかった。
「気張んなさいよ!」
思いも依らない声に、久鎌井の注意が削がれた。
地面を転がって避ける余裕は、もうなかった。
そのとき、少しでも日比野の攻撃を防ごうと、久鎌井は反射的に左腕を上げた。
(くっ!)
そして、次に襲ってくるであろう衝撃に対抗するために、彼は歯を食いしばった。
バチィィン!
音が響いた。
しかし、
衝撃は襲ってこなかった。
(え?)
久鎌井は驚いて眼を開けた。
視界が白一色で染まっていた。
「盾だと……」
同時に、日比野の呟きが聞こえてきた。
久鎌井の左腕には、白い美しい盾が出現していた。
「盾ごと、突き飛ばしてやる……」
日比野は呟くと、蔦の指を握り締めた。すると、その植物の腕がさらに太くなる。絡み合った植物は太い筋肉の繊維のようで、それはまるで身の丈が何倍もある巨人の腕のようであった。それを破城槌のごとく一直線に、久鎌井にたたきつけた。
ガアン!
音が響く。しかし、特に久鎌井自身には大きな衝撃もなく、いとも簡単に攻撃を防ぐことができた。
「すごい……」
久鎌井は思わずつぶやいた。
「……くそが!」
日比野はなおも久鎌井を押し倒そうと力を入れ続けているようだったが、久鎌井はその圧も感じない。全て盾の表面で打ち消されているようだった。
「そこまでだ!」
鏡谷の大声が響き渡った。しかし――
「俺の攻撃を防ぎやがった……防ぎやがっただとお? ……くそ、ったれがぁぁぁぁ!!」
突然、それまで絡み合っていた日比野の腕がほどけ、五つの触手のように広がった。そして、盾を避けて、久鎌井の体に襲いかかろうとしていた。
久鎌井は反射的に後ろに避けようとしたが、日比野の腕が伸縮自在なのを思い出し、それではだめだと思い切って反対に踏み込んだ。
「この、やろー!」
久鎌井が盾ごと日比野に体当たりを食らわした形となった。
「くあ!」
久鎌井の行動が予想外だったのか、日比野が声を上げながらバランスを崩した。倒れこそはしなかったが、後ろに三歩ほど後ずさりした。
「……なめやがって」
日比野の顔が、歪んだ。両口端を、避けてしまうのではないかと思うほど吊り上げ、眼は最大限に見開いて。
殺意。
久鎌井の本能が警鐘を鳴らす。
身が竦み、全身が総毛立った。そのとき――
「そこまでだと言っているだろ」
冷たい声が響いた。
日比野のすぐ後ろまで近づいていた鏡谷が、何かを彼の頭に突きつけていた。
夜の闇の中でも黒光りするそれは、拳銃だった。
女性が持つには不釣り合いに大きいそれは、大口径マグナム自動拳銃――デザートイーグルだ。
日比野は振り返り、銃口をその見開いた眼の中心で見つめる。
ふっと息を吐いた瞬間、彼の腕が、普通の人間のものに戻った。コートも不思議なことに破れていなかった。
「それでいい」
鏡谷もそれを見て、拳銃を懐に仕舞った。
なんとも激しい手合わせが、こうして終わった。
「はあ……」
久鎌井は、大きくため息を吐いて、自分の腕に視線をやった。
いつの間にか、左腕の盾は消滅していた。
続いて振り返り、先程、日比野に追い詰められたときに聞こえた声の主を見やった。
アルマジロが、茂みから顔を出して、ホッとため息を吐いていた。
「ありがとう、花住さん」
久鎌井が声を掛けると、綾香はサッと茂みの中に顔を隠してしまった。
その様子を見て、久鎌井は小さく笑った。
「思った以上に素晴らしい能力を秘めているようだな、久鎌井くん」
「え、あ、はい」
鏡谷さんに声を掛けられ、久鎌井はうなずくが、実際ただ必死だっただけで、自分ではよく分からなかった。
「すまなかったな。日比野のアバターは、誤解を恐れずに言えば、より強く、より大きくなることを望むアバターだと言える。そのため戦闘になると少々正気を忘れてしまうのだよ」
(完全に俺を殺す気だったと思うけど、それを少々で済ますの!?)
久鎌井は内心そう思ったが、ふと、日比野を見るとどうやら今は落ち着いているようだった。
それに、鏡谷の持っていた拳銃のことも思い出した。
久鎌井には拳銃のことなどよく分からないが、テレビなどで警察官が持っているものよりも、明らかに大きかったように見えた。日本において一般人には縁のない代物だが、しかし、所持者ではない彼女がアバターと相対するにはそれくらいの武装は必要なのかもしれない。
何にしろ、命の危機を感じるようなやり取りをした後では、今更何がどうとて、すべては些事かもしれない。久鎌井はそんな気分になっていた。
「盾か……」
一方で、鏡谷も何か考え込んでいた。
「しかも攻撃を表面で無力化していたように見えたが……盾といえばアイアスか、ペルセウスかだが……そうだな、綾香くんの話だと、君は家族思いらしいから、ペルセウスだな」
「はい? 何のことですか?」
「君のコードネームだよ。アイギスの盾を持つ英雄、“ペルセウス”だ。どうかね」
今まで、日比野ほどではないものの、あまり感情というものを見せないで話していた鏡谷が珍しく、今は少しだけ楽しそうに話していた。
「はあ」
わけの分からない久鎌井には、頷くことぐらいしかできなかった。
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