第23話 紅月の魔女 ①
とある虹がキラキラと輝いている、雨上がりの透き通った青空の下、黒いローブを纏った長身で細身の女が、 でソワソワしながら学校の門を開けた。
年齢は、30前後位だろうか。ハンカチで額の汗を拭い、酷く足踏みしていた。緊張しているのだろうか、不安でキョロキョロ辺りを見渡していた。
「ふー、参ったわね…興味本位で、うろちょろするもんじゃないわ…元来た場所が分からないじゃない…」
女は、あたふたしながら早歩きをしている。
ここ10分程、ずっと校舎の廊下の中を行ったり来たりして、とうとう校外へと出てしまった。
あちらこちら興味本位に歩き回っていたら、迷ってしまい元の場所がすっかり分からなくなってしまった。
ため息をつき、呆然としながら地面を見つめとぼとぼと歩いていた。
突然、視界が真っ暗になる。
ーえー?
上を見上げると、翡翠色の光沢を放つ巨鳥がサリバン先生の帽子を咥え学校前の林の中へと消えて行った。
女は、一瞬頭が真っ白になり状況が、分からないでいた。
ー全長2メートル…翡翠の光沢をした、汚れひとつない滑らかな毛並み、所々に生えている、朱色の毛ー。琥珀色の鋭い瞳、鋭利なくちばしと鉤爪…
ーこの鳥は、もしや…
この鳥は、魔法省から危険生物として認定されている、獰猛な鳥だ。
大の大人ですら、扱いは難しく資格のある者でしな手出しは出来ないー。
ましてや、子供は危険だ。場合によっては、重症を起こすか命取りにもなる。
一体、何で、このような鳥が学校内の敷地を悠然と飛び回っているのだろう…?
女は、思考が停止し眼を凝らし、その鳥をまじまじと凝視していた。
そして、その場から逃げようかと判断したが、彼の咥えた帽子は祖母からの大事な形見である。
呪文は、唱えられない。この魔法生物は、獰猛で扱い困難なのである。この鳥は、体力が高く、殆どの魔法を弾き返す厄介な生き物なのだ。しかも、学校の敷地内でトラブルを起こしたくは無いー。唱えるのは、どうしても勇気が要る。
「ごめん…ちょっと、これ、返してくれるかしら?おばあちゃんの形見なの。」
巨鳥は、大木のてっぺんにとまると、丸くギラギラした目つきで、こちらをギロリと睨みつけている。
女は、全身が凍りつき冷や汗が迸るが、頭を強く降り強い口調でもう一度話し掛けた。
「お願い、返して欲しいの。」
鳥は、力強く翼を羽ばたかせ樹木から飛び立つと、女の方へと急降下して向かっていった。
「キャーーーー!!!!」
女は悲鳴を上げた。巨鳥は、鋭い鉤爪で丸まる女の襟元を掴むと、今度は滑らかに急上昇した。
女は、身体が凍りつき脚をバタつかせることしか出来ない。
巨鳥は、ぐんぐん上昇していく。激しい突風を全身で浴び、雲がみるみる近づいていく。
恐る恐る足元を見ると、眼舌には学校がミニチュア模型のようなサイズで、小さくなって見えた。庭も裏山も全体が見渡せるー。
一瞬、目眩を感じ、そのまま意識は徐々に遠のいていく。
右手の力が緩み、スーツケースが落下する。
これは、夢なのだろう。きっと、そうだ。長旅に疲れ果てて何処かで寝落ちしたのだ。そうに、違いない。
女は、そう自分に言い聞かせた。
しばらく上昇し続けると、辺りは雲一面広がる、陽の当たる眩い世界一となっていた。
女は、意識を失いかけているー。
ーと、今度はいきなり、巨鳥は急降下し、女は全身にかかる無重力感と、冷たい風のシャワーを浴び、再び目が覚め、悲鳴を轟かせた。
学校がみるみる近づいていき、巨鳥は学校の時計台の屋根に、とまった。
女は、目がクルクル周りぐったり吊るされたような状態となった。
「こらっ、ラーラ、ダメ!」
遠くの方から、生徒の声が響いてくる。
巨鳥は動きを止めると、その生徒の方へとバサバサ翼を仰ぎ、急降下し女と帽子を離した。
女は、クラクラ目眩を覚え芝生の上でうつ伏せになりぐったりしていた。
「すみません。この子、情緒不安定なもので…」
振り向くと、学園の生徒が息を切らしこちらへ向かって走って来るのが見えた。
「え、ええ…少し、驚きました。この学校は、未知なるものばかりですね。ホント、驚きました。」
女は、体勢を立て直すと生徒から受け取った帽子を被り直した。
「大変、危ない思いをさせてしまい、すみませんでした。でも、この子、決して、危害を加えるような子ではないんです。人は殺したことはありませんから。それだけは、信じてください。申し訳ありませんでした。」
生徒は、深々お辞儀を何度もすると落ちた帽子を女に手渡した。
「…どうも…」
女は、上体を起こし体勢を立て直した。全身が重く脚がガクガク震えている。
「…あの…今度、こちらに来る先生ですよね。」
「あ、私は、来年の4月からこちらに赴任することになりました、サリバンという者です。待ち合わせてたんですけど…ちょっと気になって学園内を見て回っていたら、迷って元来た道を戻れなくなってしまって…」
サリバンは、帽子を被り直すとガクガクした足取りで、落ちているスーツケースの方まで歩いていった。
「私が、案内しましょうか?こんな事になって、申し訳ないですし付き添いますよ?」
「あ、そうですね…ありがとうございます。」
「いえ…」
生徒は、無邪気なはにかんだような笑顔をサリバンに見せた。
「この学園は、広いんですね。まるで迷路のようで…」
サリバンがそう言いかけると、鳥は何度もサリバンの頭を優しくこついた。
「いえ、この学園は広いですからね…色んな人が迷うんですよ。」
「そうなんですか…まるで、シンデレラ城みたい。」
サリバン先生は、苦笑いした。この鳥の飼い主は、この生徒みたいだ。
こうして触れ合うと、さっきまでの恐怖が嘘のようだー。
鳥を間近で見ると、恐怖心は徐々に無くなっていくー。
この生徒は、何者だろうかー?
「今夜、うちで、ハロウィンパーティーが開かれるんですよ。とっておきのサプライズです。きっと、気に入って貰えますよ。」
「あ、はい。ありがとうございます。是非、参加させていただきます。」
「良かった…。」
生徒は、屈託のない無邪気な笑顔をサリバンに見せた。
「ちょっと、ユリア、あなたらまた…」
二階の開いている窓から、上級生が腕を組んでユリアを軽く睨みつけているー。
「あなた、また、危険生物連れてきて…この種の生き物は、獰猛で先生ですら接触禁止だと言われているし、魔法省からも、そういう法律通達があるでしょ?高等部の先輩らに見つかったりでもしら、大変な事になるわよ。」
上級生は、甲高い声で捲し立てる。ユリアの鳥を唇を噛み締めガン見する。
「いいえ、先輩。この子は、とても良い子です。人に住処を奪われ、臆病で震えていたのです。ほら、こんなに懐いて…」
ユリアは、そう言うと優しくきょちょうの頭を撫でた。
巨鳥は、バタバタ翼を羽ばたかせながらサリバン先生の方頭部を、優しく何度もつついた。
「この子、先生に懐いてる…」
ユリアは、クスリと笑い、サリバンは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
上級生は、その光景を見て眼を細め、深々とため息ついた。
「兎に角、駄目なものは駄目!この種の鳥は、危険なんだから…現に重症者だって沢山出てるのよ?ニュースや新聞でも、取り沙汰されてるでしょ?もし、異議がたるのなら裏山の奥でひっそりひとりで育てることね?」
「え、良いんですか?今まで、先輩達、あんなに触れ合うのを反対してましたよね…?」
ユリアは、拍子抜けしたように眼を大きく見開け先輩を見てめていた。
「もう、いい加減、疲れたから、あなたに負けたわ…好きにするがいい…だけど、こちらに迷惑だけは、掛けないでよね。獰猛な危険生物なんだから。それに、先輩達や大人にバレたら、こっちまでとばっちり受けるんだからね。兎に角、厄介事だけは、嫌よ。」
先輩は、面倒くさそうにそう言い放つと、手を振りその場から離れた。
「先輩、ありがとうございます。良かった…」
ユリアは、ホッと胸を撫で下ろし、去り行く上級生に深々とお辞儀をした。
「良かったね。これで、ビクビクしなくて済むね。」
ユリアは、
「…ビクビク…?」
「ええ、この子、私以外には心を中々開かなくて、怖がりなんですよ。訳ありなものですから…」
ユリアは、軽く苦笑いをした。
「へぇ…」
巨鳥は、チワワのように丸くなりユリアの頬に擦り寄っている。
さっきまでの獰猛なイメージが、まるで嘘のようだ。
この鳥は、獰猛な危険生物として魔法省から勧告が下された筈ではないかー?
この鳥は、中等部の魔女が、いとも容易く手懐ける生き物では無いー。
この少女は筋骨隆々な訳では無く、平均的な魔女の女の子だ。
この娘は、一体、何者なのだろうー?
サリバンは、無邪気な少女と奇妙な巨鳥のそのチグハグな光景を不思議そうに首を傾げて見つめていた。
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