第22話 幻惑の森 ⑤

セイラとブリギットとゼファーの三人は、しばらく道なりを歩き続けた。


大分時間が経過したが、五感を刺激する不快感は無くなってきた。


「貴女の、お母様はどんな方だったのですか?」


「お母さん…?実は、あんまり記憶にないんだ…私が3つの時に亡くなったから。だけど、学園の生徒から慕われ先生からは信頼されていたときいてた。薬草や魔法薬、魔法生物学に詳しいと、叔父さんから聞かされてた。微かに脳裏に焼き付いてるんだけど…ドラゴンと仲が良く、よく謳っていた。何か、こんな感じ…」


セイラは、メロディーを奏でた。



それは、母とドラゴンと共に丘の上で聞いた甘く優しい音色である。


微風が優しく頬をかすり、時間は翡翠の丘になだらかにながれる。


雲が、悠然と空を泳いでいる。

雲の向こう側の世界には、何か違う世界が時が流れている。


荘厳とした佇まいの大木によりかかり、セイラは母の歌に耳を傾けうたた寝した。




学校内では、どうやって生徒を助け出そうかと議論していた。

魔法省の局員が、事情聴取をしにサリバン先生と面談する事となった。



「あの、幻惑の森は、確か10年前ー。ユリアという名の魔女が教え子を救いに行ったと、ー。」


「私は、かつてセイラさんの母親を指導していたことがあります。」

サリバン先生は、深鬱な面持ちでかつての思い出を語り出した。


「そうだったのですね。なんと…セイラさんのお母様は、あなたの教え子だった訳ですね…」


「ええ。私が彼女の担任でした。彼女は聡明で洞察力が良く、首席で卒業しました。彼女は、大人しく穏やかな性格の内側には常に強い芯がありました。まるで、桜の樹のようでした。ここの教師になってからも、仕事に対する情熱も生徒からの信頼も厚いものでした。慈愛に満ち溢れてました。ですが…ですが、あんな事になるなんて…思いませんでした。」


サリバン先生の表情は、次第に濁っていき次第に険しくなってきた。いつもの鋼の心を持った、『鋼のサリバン』という異名がまるで嘘であるかのようだ。


「それって…」


「ええ。彼女は正義感が強く、私や周りの反対を押し切ってまで幻惑の森に足を踏み入れ、二度と戻っては来れなくなりました。教え子を助けたかったのです。そして、平和の為に戦ったのです。」


「そうだったのですね…それで、あなたが生徒に厳しいと評判の理由はよく分かりました。危険から生徒を守りたかっためだったのですね。あの悲劇を、二度と繰り返さない為に…」


「ユリアさんは理知的で正義感溢れ、勇猛果敢な生徒でした。

不正や争いを憎み、誰も見捨てるようなことはしなかった。理想が高く、それを現実にする努力を積んできました。彼女は、世の中の平穏を願っていました。だから、私にとってユリアさんは誇りの生徒でした。セイラさんにとっても、彼女は誇りの母親なんです。恐らく、セイラさんは、自分の母親の痕跡を探りにあの森へ入ったのです。セイラさんがが幻惑の森に入ったのは、私に責任があります。」


「サリバン先生…まさか、あの森に行くと言うのですか?」


「ええ。それは、覚悟してます。もう、誰も犠牲者は出しません。」


10年前のあの日の惨劇が脳裏を過ぎる、ユリアは強い意志を持っていた。


周りの反対を振り解き、自らひとりで仲間を助けに幻惑の森へと足を運ばせた。


あの日、教え子らをひとりで行かせてしまった自分を恥じた。



ユリアを守れなかった自分に責任があるのだ。


生徒三人を、失う訳にはいかないー。


もう、だれも死なせないー。



「ルーナを連れ戻すだなんて、全く…母親譲りですね。破天荒で型破り。お人好しで正義感が強く、行動力があって…」


サリバン先生は、物憂鬱な表情をし俯く。


いつもの威厳ある彼女が、キリンのようにしおらしくなっている。


「そうでしたか…?では、我々は、早速手配をし護衛を固めることといたしましょう。」


魔法省の局員は、何やら即興で電報を打ち、右肩に乗っていた白灰色の梟に便箋を渡し彼を飛ばした。



「ありがとうございます。もう時間がないのです。私は、ユリアさんとした約束を決して破りはしません。」


サリバン先生は、窓を開けると梟を見送り局員と握手をした。

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