第18話 幻惑の森 ①
魔法学校のコンサートホールは、広大な円形の空間であり、厳格な面持ちの教師たちが困惑した表情で集まっていた。魔王石を持ち出した1年生という事実に、彼らは深い憤りを隠せず、ため息を漏らしていた。
「この学校で、魔王石を持ち出すなんて...我々がこんなことになるとは思わなかった。」
「本当にね。」
「そうですね、校長が不在だったのも狙われた理由の一つでしょうか...」
魔王石は闇の魔力に深く関わる石であり、500年以上も封印されてきた。だからこそ、手薄になってしまったのだ。
その上、校長が魔法界の重要な会議に出席していたため、石を盗んだ生徒たちは簡単に逃げ出すことができた。
この石が、蘇りし13人の魔女の手に渡れば、魔法界だけでなく人間界さえ混乱することが予想される。石や植物にされてしまうこともあるかもしれない。世界が暗闇に染まってしまうかもしれない。
その日の午後、ルーナは具合が悪いとの事で、授業は休む事になった。
あの時以来、ルーナの姿はずっと見てない。
もう、夜の10時を過ぎているー。
セイラは、あの時、ルーナから沸きあがる奇妙な黒いオーラがどんより漂っているのが見えた。
あれは、直感で分かった。
あの、カラカラ言う不気味な骸骨…妖魔と対峙する、母の最後の姿ー。
ーも、もしかして、あの森ー?
セイラは、ベットから起き上がるとランプを灯し窓を開けた。
「ちょっと、セイラ…先生に怒られるよ!」
ベット越しから、ブリギッドが上半身を起こして首を強く振った。
「ルーナが、今、どこ居るか分かったの!」
「それは、先生に任せよう。子供が行くには、危険過ぎるわ…サリバン先生、言ってたでしょ?」
「うん、でも、ルーナは、私のせいでおかしくなったかもしれないし…それに、お母さんが死んだ真相の手がかりになるかも知れないの。」
セイラは、ノーマルの血の入った自分が余計なお世話をし、ルーナのプライドを傷つけてしまったかもしれないと、心の奥にずっと引っかかっていたのだ。ルーナは、ノーマルが嫌いなのだ。入学当初からの彼女の自分に対する、あのキツイ言動もノーマルに対する嫌悪から来るものだろう。あの時、独断で行動すべきではなかった。
先生を、呼べば良かったのだ。
そして、あの昔のざわめく胸を掻っ切るような不快感が、突然フラッシュバックし嫌な予感がしたのだ。
「駄目よ。一人で行くのは、先生に話しましょ。」
「駄目だよ。先生は、絶対に反対するから。私が行くのは、『幻惑の森』だから。」
あの森は、学校の裏山より危険だ。『幻惑の森』と、恐れられ誰も決して近寄らない。
学校の先生ですら、誰も通ろうとはしない禁止区域である。
立ち入ったら、二度と戻って来れなくなると有名である。
あの森は、人の姿をした樹木が多く生えてると噂され、木にされた行方不明者なのだと言われている。
日中も陽の光がほとんど入らず、常にどんよりとした濃い霧が立ち込めている。
その森の中に流れている川は海と繋がっており、人魚やセイレーンが出ては人を惑わせ誘拐すると言われている。誘拐された者は、二度と戻っては来れない。
「あの、黄金色の森ー?『幻惑の森』って、危険よ。駄目だってば…」
「うん。ルーナが、あの森に居る筈なの。」
「大変だ。どうしよう、ルーナは…」
「今は、まだ、大丈夫な筈。魔王石がある限りは。あの石は、持ち主を守ってくれるから…」
「でも、持ち主はやがて灰になるんでしょ…?」
「願いを使いすぎなければ、大丈夫。だけど、今のうちにルーナを見つけなくては。このままでは、二度と戻って来れなくなる。」
「セイラ、もしかして、行くつもり…?」
「私のお母さんは、あの森で死んだの。」
「え…?嘘でしょう…?」
「先生は、分かってくれない。」
「それも、そうね。けど、最悪、退学処分を喰らう覚悟をしないと…」
「大丈夫。それは、覚悟してるから。」
セイラの、いつにもなく突き刺さるような深妙なその表情に、ブリギッドも、何か決意したようだ。
「私も、行くわ。セイラ一人で行かせる訳にはいかないから。」
「ありがとう。」
2人は、他の寝室のメンバーに見つからないようにこっそり窓を開け空へと飛び立った。
不気味な暗闇が2人の心をザワめかせる。それは、強い不安から来るものだろう。
ー後悔だけは、したくないー。
ルーナは、自分が連れて帰るー
しばらく走ると、裏庭の森を抜け深い渓谷へと抜け出した。
ーと、突然、強い強風に煽られ二人の箒は、螺旋状にクルクル激しく回転しながら下に落下していった。
二人が目を覚めると、当たりは琥珀色の奇妙な木々が生えていた。
そして、妙に霧が濃い。
『幻惑の森』である。
セイラとブリギッドは、不気味で奇怪な森へと足を踏み入れた。
踏み入れた瞬間、強い寒気が襲ってくる。
すっかり夜だと言うのに、黄金色の木々は不気味なまでに眩く光を放出していた。
辺りの草花も、みんな不気味な迄に黄金色に眩い。
ーとうとう、ここに来てしまったのだ。
「何か、急に寒くなってない…?」
「そうだね…寒い。」
「怖い。引き返しましょう。」
「私、行く。ブリギッドは、戻っていいよ。」
「駄目だよ。セイラ、一人では危ないから。」
不気味なまでに、眩い光を放つ黄金色の光に包まれながら、二人は奇妙な森を歩き続ける。
ーと、目の前の通路に箒が落ちているのが見えた。
「これ、ルーナの箒だ…」
セイラは、箒を拾うと眼を丸くし、ハットした顔をした。
「ホントだ。色とデザインがルーナの物と酷似してるわ。」
二人は顔を見合わせた。
矢張、ルーナはこの森に来ていたのだ。
彼女も、強風に煽られこの森に落下したのだろうかー?
現実味を感じると、二人の胸の動悸は速くなってくるー。
次第に、霧がますます濃くなっていく中、遠くから女性の歌声が響いてきた。
その甘く、ねっとりとした声に引き寄せられ、セイラは自然とその方向へと歩き出した。
霧の向こうから、白い手が彼女を招き寄せ、長い髪と白い肌の女性が姿を現した。
その瞳は、透き通ったエメラルドグリーンで、セイラを優しく見つめていた。
彼女は、天使のように輝く繊細で眩いプラチナブロンドの髪を持ち、美しい光沢を纏っていた。
白い陶器のような清白の玉肌。
神秘的で白薔薇を彷彿とする艶やかな容貌に、セイラは一瞬、息を飲んだ。
耳はとんがっており、先が外に張り出している。
エルフだろうかー?
セイラは、恐る恐る尋ねてみた。
「すみません、学校の友達を探してるんです。私と同じ制服の子、見ませんでしたか?ここを通った筈なんです。桃色の髪をポニーテールにして、赤い大きなリボンをつけた女の子…眼はエメラルド色で、大きくて…」
女は、優しくセイラとブリギッドに手招きした。
セイラの身体は、意識に反し見えない糸で引き寄せられたかのように近付いていく。
その女のすぐ側まで近付いた時、二人は己の眼を疑った。
彼女の上半身は妖艶な美女なのだが、、下半身は木のような形状をしており、真後ろにある樹木と繋がっているようだ。
全長2メートル程の、樹木の化け物ー。
妖樹だ。
魔法生物学で、習った事がある。
甘美な歌で人を引き寄せ、樹木にしてしまう。
人を惑わせ錯乱させ、堕落させる。
確か、この辺りを荒らすと、
二度とこの場から出られないー。
すると、目の前の妖艶な女は、急に満面の笑みを浮かべた。
その口の奥から、営利なギザギザの歯がチラつかせている。
妖樹は、歯をカチカチ鳴らし二人の方まで上半身と両腕を伸ばしてくる。
さっきまで人の手だった筈のその腕は、みるみる黄金色に変色していき、そして、木の枝のような材質と形状に変貌していった。
辺りの妖樹らがカサカサ音を立てて、甘美な歌声と共に二人に襲いかかるー。
二人は、頭がぼんやりと徐々に心地良くなっていった。
意識が朦朧としてくる。
二人は、頭を強く振り反射的に身体を妖樹から離した。
妖樹の手巻き付かれ、二人は咄嗟に防御の呪文を唱えた。
「「アクスタ・イゾ・ゾルデ…」」
二人が呪文を唱えると、杖の先からバチバチとカナリア色の光線が放出された。
ダメージを全身にダイレクトに受けた妖樹らは、バチバチ光線をまといながら身体は元の状態にしぼんでいき、元の女の姿に戻ると動きを止めた。
だが、それもつかの間ー。
霧の向こうから、カサカサという木が擦れるような音が響いてきた。
妖樹の集団が、姿を現したのだ。
カサカサと、音を立て遠くから四方八方から二人を取り囲む。
「げっ、まだ、こんなにいたのー!?」
妖樹らは、メロディーを奏でながら二人に近寄ってくる。
「ど、どうしよう…」
「もう、一か八かだ…やるっきゃないでしょ…」
二人は、さっきの呪文を唱えながら手当り次第に光線を放つー。
妖樹は、次々とダイレクトに光線を受けみるみるしぼんでいく。
二人が安堵するのもつかの間ー、
さっきまでしぼんでいた妖樹らは復活し二人を襲いかかる。
妖樹らは、ダメージを受ける度にどんどん力を増しているようになってきたのだった。
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