第17話 ドキドキと波乱の飛行術 ⑤
ルーナは、慌てた様子でバタバタとその場を去った。
いつもの優雅な佇まいとは対称的であり、周りは首を傾げてソワソワしはじめた。
セイラは、ルーナの様子を見ると、直感で何やら嫌な予感がした。
昔、霧の深い暗い森の奥深くで見た奇妙な光景が脳裏に浮かんだ。
カラカラと嗤い地面を這い蹲る不気味な骸骨。
武者震いする位の、おぞましいその光景ー。
セイラは、箒を強く握りしめルーナの後を追うことにした。
セイラの箒は、一瞬で森を抜け丘を超え渓谷まで差し掛かった。
しばらく飛ばすと、強風が吹き荒れ、箒はぐらついだ。不安定に吹き荒れる風は冷たく、セイラの全身に刃物のように突き刺さる。
ふと、10メートル先にルーナが飛んでいる様子が見えた。
ルーナは、隼のようにスピードを加速させぐんぐん前へと箒を飛ば上昇させた。
ルーナの様子は、明らかにおかしかった。
長い渓谷の間を通ると、風は益々勢いよく吹き荒れる。
二人の箒は、不規則な螺旋状の弧を描き大きくグラつく。ぐらついた拍子に、ルーナの胸ポケットの中から石が零れ落ちようとした。
ルーナは、慌てて石を拾いに下降しキャッチする。
セイラは、この虹色に輝く奇妙な石を見ると、ハッと思い出した。
ーこれって、魔王石…確か、基礎魔法学で聞いたような…
魔王石とは、魔力を増強させる不思議な石だ。それに向かって呪文を唱えると、願いが叶った、または亡くした夫が蘇ったと、囁かれている。だが、その代わり代償を支払わなくてはならないー。
取り扱い次第によって、使役者の精神をじわじわと蝕むと言われている。
そして、錯乱状態になりやがて灰になると言われている。
ここ、マリアナ魔女学園では、生徒は誰も触れる事は許可されてなく、先生ですら一部の者しか許されてない。
そんな危険な石を、ましてや一年生が持ち出すことは、決して赦されるものではないのだ。
「ねぇ、待って、その石、何に使うの?精神蝕まれて、やがて灰になるって事を知ってるでしょ?」
セイラは、ルーナに追いつくと大声でしきりに説得する。
ルーナは、軽く振り返ると舌打ちしスピードを速めた。それでも、しぶとくセイラはついてくる。
「何よ。何も知らない、ノーマルの癖に。あなたは、黙ってて。」
柔和なルーナの口調は、急に刺々しくなっていた。
「…」
そういえば、ルーナは、普段は温和で朗らかだが、ノーマルのセイラに当たりがキツいようだった。
相当、人間が嫌いなようだ。
過去に何があったのだろう。
「分解魔法で石を破壊したらあなたの身体にも危険が及ぶわよ。」
ルーナは、人相がガラリと変わっていた。いつもの柔和な雰囲気とは対照的であり、顔がぐにゃりと歪んだように見えた。また、低いガラガラ声で、まるで人格が変わったかのようにツンケンしていた。
彼女の何か魔物に取り憑かれたかのようなその異様な様に、セイラは全身に強い寒気を感じた。
「何、言ってるの…?それは、ルーナも同じでしょ
…?」
セイラの唇は、ピクピク震えた。ルーナの異様な様に、何処かしらから混沌とした悪寒を感じてしまったのだ。
だが、ルーナは、セイラの呼びかけを無視しスピードを速めたちまちその場から去った。
セイラはルーナの背中を追うが、彼女の箒は弾丸の用にスピードを上げてたちまち点になり見えなくなってしまった。
さっき対峙した時の強い違和感といい、ルーナは明らかに魔王石の影響を受けているようだった。
「まずい…魔王石の力が効いてるんだ…」
セイラは、その光景を見て青ざめスピードを一瞬、緩めた。
「セイラさん…」
背後から、先生の呼ぶ声が聞こえた。
「何なんですか?ルールを破るだなんて…この辺りは、ドラゴンやゴブリン、その他、妖精や精霊、魔物が棲息していて一年生が単独で行動するのは、許されません。」
「先生、ルーナが石を、魔王石を持ってました。」
「え!?魔王石?嘘も休み休みにしなさい。これは、伝説の代物です。この辺りに、何百年もそんなものはないでしょう…」
「けど、私、見たんです。長さ10センチ程の卵型をした虹色の石なんです。奇妙な虹色の光も発してました。アレを見た時、眩しくて目がチクチクしました。あと、ルーナの顔つきや声が明らかにおかしかったです。そして、ルーナの箒のスピードがロケットのように速くなって…」
先生の顔は、急に濁り始めた。
「いいですか?あなたは、幻を見たのです。今後、その幻石の事は一切思い出さないように…」
先生は、幻という言葉を強調して話した。彼女は、何か思ったのか深刻そうに顔を軽く歪めているようだった。
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