第16話 ドキドキと波乱の飛行術 ④

とある古びた奇妙な骨董屋の奥の方で、腰の曲がった老婆が、水晶に手を当てブツブツ呪文を唱えていた。


 水晶は、ピンクに輝きそして薄紫色とあらゆる色へめまぐるしく変化していった。

 ドアのベルがチリチリ鳴ると、16から17位の少女が入ってきた。



「あら、今日はいつにも増して上機嫌で…」

物越しの良さそうなその少女は、緑のゴスロリの膝上丈のドレスを着て、髪を後ろで編んでいた。

「あなたが、他者に興味を持つのは珍しいですね。いつもなら、実験に使って煮るなり焼くなりしてなぶり殺し、魂を吸収するのがオチじゃなくって?」

 少女は、微笑みながら落ち着いた口調で話しを続けた。

 少女は、見た目の割には表情や言動が異様に大人びており、万物を知り尽くし経験してきたかのような余裕が感じられた。

 彼女からは、少女らしいあどけなさや無邪気さ、不安定さは微塵も感じられず、見た目の割に異様に達観している感じで奇妙な雰囲気がある。

「ああ。エルマ、今回の件は、レア中のレアさ。」

老婆は、ニタリと不気味に嗤うと手を大きく揺らした。すると、水晶が虹色に輝き老婆は妖艶な若い美女へと姿を変えた。

「アバドンが、そこまで興味を持つだなんて…さぞかし美味しそうな魂の持ち主なんでしょうね。」

エルマは、アバドンが変貌したのを見慣れたかのように表情1つも変えずに柔和な表情を保っている。

「ああ。涎が滴る程さ。私はね、観測が好きなんだよ。人のね、弱い心や醜い心、不安や混沌、絶望が垣間見えるからさ。能力や容姿で醜い感情を増幅させるのはナンセンスだね。人間ってのは、誰もが平等に無力で非力で弱く、そして脆い。」

アバドンは、愉快とばかりにニタリと不気味にほくそ笑んだ。

「本当に、そう思いますわ。実に同意です。」

エルマは、眉をハの字にさせわざとらしく憐れみの表情を浮かべた。

「ああ。私は、早くその子に合ってみたいね。」

アバドンは、目を糸のように細めケタケタ嗤うと今度は姿を色白で華奢な美少年へと変えた。





交流会まで、残り2週間となった。


セイラは、次第に基礎がなっていき飛行は見間違えるようになった。


今まで自分勝手に飛行してきたが、型がなっていき徐々に連帯感を意識するようになっていった。

 


 その日の午前は、飛行術から始まった。

「今回は、前回までの総復習として、今日は箒に乗って目的のコースまで飛ぶ訓練をします。今から、私が掲示するコースに沿って飛びます。ドラゴンやゴブリンの棲家は、決して荒らさないように。危険なので、決して勝手な真似はしないように。」

マーガレット先生は、声を張り上げペラペラ上機嫌で喋る。交流会が差し迫っているということで、いつにも増して気合いが入っていた。

生徒は、箒に乗って先生の後を追う。

「では、私の後に続いて…」



マーガレット先生は、箒を浮かせるとセイラの方を振り返り軽く睨みつけた。


「セイラさんは、私のすぐ後ろにつきなさい。」


「はい…」

セイラはビクッと仰け反り、渋々先生の後に続いた。



セイラは、ふわりと宙を浮かせると先生に言われたことや練習した時のことを思い出しながら、箒を操縦させた。


終始ずっと先生のすぐ後ろを飛び、セイラはビクつき渋々後を付くことにした。


それもそうだー。肝心な交流会が控えているのだ。


時折感じる先生の鋭い視線が突き刺さる度に、セイラは今まで自由奔放に振舞ってきたことを酷く後悔した。



20分ほど飛行すると、マーガレット先生は生徒を引き連れて、学校の講堂まで向かった。


広い講堂内の中心には、球体の木製のプロジェクターがあり、先生がそこのに付随してあるボタンを押すと、過去の交流会の映像が流れた。


「では。皆さん、席について。前回の大会の様子を皆さんで見る事にしましょう。」


マーガレット先生は、画質を調節すると教壇を端に寄せ椅子に座った。



ー良いな…ルーナは、オープニングも飛ぶんだろうな…


セイラは、足をバタバタしながら頬を膨らますた。


オープニングとエンディングの飛翔は、花形でもあり重要なポジションでもある。責任重大であり、学校のイメージを左右する。


杖を振るい呪文を唱え、幻想的な雰囲気を演出し、チームで連携しながらのアクロバット飛行など…代々、学校の名物である。


飛行技術や協調性、呪文に関する応用力が必要になる。


スクリーン上で、逢魔ヶ刻の校内にオープニングの花火が華やかに打ち上げられる。


ーと、その直後ー。白いドレスローブを纏った12人の生徒が、華麗に空を演舞した。



セイラは、目を爛々と輝かせ息を飲んでその様子を眺めていた。


流麗な白鳥が空を華麗にゆうゆう自在に飛び回るかのようなこの様は、時折織り成す魔法の花火と共に幻想的であった。


綺麗…


セイラは、目を爛々と輝かせ息を飲んでその光景をうっとり眺めていた。



踊りを一通り見終わると、生徒は目を輝かせ、ざわめき立っていた。

「良いなー。私も、飛んでみたいな…」

「私も…凄い綺麗だった…」


マーガレット先生は、攻略の大まかな流れを説明した。


「良いですね?オープニングは、長い交流会を印象づけるものです。踊りは、中等部・高等部から各6名選出します。肝心なメンバーですが…先ずは、ルーナさんに決まりました。ルーナさん、出来ますね?」


「はい、先生。勿論です。姉達も飛んでましたから。」


ルーナは、顔色一つ変えずに凛と澄ました視線を先生にやった。



「はい、先生!私もやります!」


セイラは、声を張り上げ勢い良く手を挙げた。


「セイラさん、あなたは何故、自分に適正があると思ったのですか?」

マーガレット先生は、懐疑的な視線をセイラに送った。


「それは、直感です。」


「直感?」


「はい、私は自分の内部から湧き上がる熱い直感を信じてここまで来れました。正しく、今、この時なのだと感じました。」


それは、自分の身体の内部の核から、メラメラ湧き上がる情熱から来るものだった。セイラの本能が、どうしても飛びたくてうずうずしている。


「直感…?うずうず…?ですって…?」


マーガレット先生は、拍子抜けし目を皿のように丸く開け首を傾げた。


「はい、直感です。今、この時なのです。何らかの強いメッセージを感じ取りました。内面から湧き上がる強いマグマのようなものです。私には、可能性があります。私は、どうしても飛びたい、参加したいのです。」


自分には、無限の可能性がある。さっきの光景を目の当たりにし、興奮状態であり、身体が、強い興奮状態であり、

特に、最後の二文は語尾を強めて話した。


「はぁ…?直感、メッセージ、マグマ…?一体、全体、何を言ってるのです?…?そんな、あなたのような全般的に魔法の基礎がなってないような人間が、メルヘンで混沌無形な事を平然と語るだなんて…呆れてしまいます。良いですか?あなたは、まだ未熟のペーペーなのですよ?直感だなんてことは、しっかり基礎を身につけしっかり魔法と己の内面をコントロールしてからいうように。あなたに参加は、まだまだ早すぎます。分かりましたね?」


マーガレット先生は、セイラを睨みつけ語尾を強めた。


「先生、分かりませんか?この目を見ても、分かりませんか?」


ー先生、私を見て、分かるでしょう?強い才能を、燃えたぎる情熱を…


セイラは、しきりに先生に目で訴え懇願した。


「確かに、あなたには伸び代があります。ですが、先ずは、協調性や技術を意識することからおやりなさい。我流で奔放なのは、ナシです。そしたら、考えましょう。」


「…分かりました。」


セイラは、異議を申し出ようとしたが唇を噛み締め渋々了承したフリをして見せた。

これ以上、キツい口調でお説教は喰らいたくは無い。耳にタコが出来そうだ。


金が鳴り授業が終わると、セイラは頬を膨らませ、寝室のメンバーにブーブー不満を吐き出した。


「あー、良いなー。何で私は参加出来ないんだろ…こんなに才能が燃えたぎる烈情が、分からないのかな?先生は…」


「一年生で参加するのは、危険だから難しいのよ。今まで、中等部で参加したのはほとんど三年生ばかりみたいよ。」


「えー、ブリギッド、そんな…みんなは参加したくないの?」


「私はいいかな…だって怖いし。少し、トラウマあるから。」

「うん、私も。見るのは良いけど、いざやるとなると別かな…」

ブリギッドは遠慮気味に首を強く横に振り、エリカは手をひらひらさせ、首を傾げた。


「えー、部屋の皆で一緒に飛ぼうよー」


突然、前方廊下側の隅の方に居たルーナが腕時計を確認しながらソワソワし始めた。


「ごめんなさい、先生…」

ルーナは、如何にも申し訳ないとばかりの表情をわざとらしくし、箒を携え講堂の外へとダッシュした。


「ちょっ、ルーナ…」


「シーラとエウロパは、先に戻ってて。私、やらねばならないことがあるの…」


ルーナは、急いで廊下を駆け抜け外へ出て箒を跨いで飛び立った。


彼女の瞳孔は、やや濁りを見せていた。


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