第14話 ルーナの憂鬱

深い深い霧の中だった。



セイラの母親は、おぞましい魔女と対峙するー。


否、何らかの強い魔力を有した魔物が対峙している。


妖艶なその女は、金色の眼で嘲笑う。



眩い金色の炎が、当たりを絶望へと導く。


禍々しい悪魔の輝きー。


母親は唇をキツく噛み締め、その光景を睨みつけていた。






その日の朝は、いつにもなく重苦しい感じがした。


ー何故だろう?この鉛が胸一杯に詰まった不快な感じは・・・



ふと、机に視線を移すと、そこにはいつの間に万年筆があった。


「ねぇ、ブリギット・・?」

セイラは、ブリギットのベットを覗いた。

 ブリギットの姿はそこになく、シーツが綺麗に畳まれてあった。


「ねぇ、ブリギッド見なかった?」


「ううん。私。見てないわ。」



「うん。私も…」



 セイラは、部屋の外に出ると中庭のベンチにブリギッドが座っているのが見えた。

「あら、セイラちゃんおはよう。」

「おはよう。早いね。何処行ってたの?」

「うん、内緒。」

ブリギットは、言葉を濁した。

「セイラは、どうしてこの学校に入ったの?勉強が嫌いだっただけじゃないでしょ?」

「私には叔父がいるの。叔父と母は、幼い頃に両親を亡くしてしまって二人で施設で暮らしていたの。そんな中ー、母は魔女としての才能を見抜かれ、魔女学校に入ったんだ。」

「それって・・・」

「この学校だよ。お母さんがここの学校の卒業生なんだ。」

「そうなんだ。ごめんね、余計な事聞いちゃって。」

「ううん。気にしてないよ。」




 その日の1時限目は、他のクラスとの合同授業であり美術の時間であった。


セイラは、あのアンバーの件以来、クラスの者とも打ち解け、噂は広まり違うクラスの子らとも徐々に仲良く出来るようになった。


セイラの事を警戒していた人や、不快な目で見ていた人のせいに対する見方は変わるようになった。


彼女の飛行術に憧れを抱くものもいれば、奇抜な魔法に興味津々の者までいた。


やがて、セイラは、周りを楽しませる人気者となり輪の中心にいるようになったのだった。



そんなセイラを、ルーナだけが冷ややかな目で見ていた。


彼女はセイラの全てが気に食わないようであり、セイラに対してだけ刺々しい言動を取ることが多かった。


顔を合わせる毎に、嫌味を言いそうになりぐっと唇を噛み締めた。


自分を脅かす存在が、どうしても気に食わなく許せないのだった。


ルーナは、唇をキツく噛み締めステッキを携えると呪文を唱えた。

「アクシル・エル…」

 すると、ルーナ絵の具が宙に舞い上りチューブの蓋が外れた。そして、空中に舞いセイラの方へと照準を合わせた。


ーふん。この学校は純血の正統な魔女学校なのよ。あんたなんかが来るような所じゃないの。ー

「ブラスト・パ…」


ルーナは、そう言いかけハッと思いついたような顔をし、杖を振るう手を止めた。



絵の具は、パラパラと音を立てて机の上に落ちた。



ーな、何やろうとしてたの!?私…。私は、首席合格で、中等部のイメージモデルなのよ。こんな低レベルでダサいことしちゃったら、モデル取り消しになっちゃうじゃない?この、誇り高きバードン家の私が、こんな野暮で破天荒な子なんかを相手にしては、駄目よ!


ルーナは激しく首を横に振り、自分のしようとした嫌がらせ行為を強く恥じた。


家柄や容姿、学力、魔女としての素質、知名度…全て、自分の方がセイラより抜きん出ているのは、自分で良く分かってはいるつもりだ。


しかし、どうも、胸の奥につっかえるものがあった。



ルーナは、クラス移動の時、たまたまセイラが先生の指示を無視しアンバーを助けに風の渦の向こうへ天高く突進して行く様を目撃してしまった。


辺りは、黄色い声や不安やパニックに包まれていた。


自分なら、あの時、先生の指示に従って大人しく皆と待機していたことだろう。



認めたくはないが、機転の良さ、度胸や行動力は、明らかにセイラの方が上らしい。


彼女の、先生の言いなりにはならない奔放さ、自由な発想、優しさもルーナの癪に触った。


クラスは違うが、何度か、合同授業を一緒にしたことがある。


そこで、彼女の型破りな魔法の数々を目の当たりにしてきて、それがどうしてもざわざわして睡眠にも影響してしまうのだ。


技術は、自分の方が遥かに優れている筈なのに、どうしてもざわめくものがあった。


それは、人の心を惹きつけるカリスマ性なだろうか。


人気や才能は、今は自分の方が抜きん出ているが、そのうち追い越されるか分からない恐怖が一番強くあるのだった。



そんな最中、セイラの周りに、五人ほど人が集まってきた。


「あの時の、飛行…かっこよかったよ!どうやったの?」


「え?ただ、ビューンって、前身させただけだよ。精神を統一させて、深く息を吸い、体内の全エネルギーを放出させるの。」


セイラは、深く息をすうと仕草をして見せた。


「えー、何それー」


取り巻きは、意気揚々でセイラに盛り上がっていた。



ー馬鹿ね…基礎がなってないと、何も出来ないのよ。あとで、とばっちり受けるんだから…


ルーナは、不愉快そうに腕を組み足を頻繁に組み合わせた。

その仕草から、所々に強い不安や焦燥感が垣間見れた。



美術の授業は、セイラの得意分野だった。


「では、今回はこれまでの総合として、思い思いに自由な発想で絵を描いてみましょう。」


ーよーし、私は、ゴッホだ。


セイラは、絵筆を握り締めると自由自在にキャンパスに絵の具を塗りたくった。


「セイラ、何、描いてるの?」

ブリギッドが、興味津々にセイラの絵を覗き込んだ。



「これは、私の地元の絵だよ。喉かな田園風景でしょ?綺麗な逢魔ヶ刻の空を、箒に乗って飛んでるイメージなんだ。」


「へぇー、綺麗。神秘的で独特で素敵な絵ね。」


「ブリギッドの絵は…?」


「私は、猫の絵だよ。家にずっと飼ってる長寿猫だよ。いつも、こうして暖炉の前の椅子で丸くなって寝てるの。この椅子が、お気に入りでね。」


「わぁー、可愛い絵。ブリギッド、才能あるんじゃない?」


「まさか…」


2人は、軽く笑いあった。

セイラの絵には、夢があった。

いつか最強の魔女になって、自由自在に空を飛び回る夢だ。

そして、魔法で皆に光を届けてあげられるようになりたい。

闇を光で照らすようになりたい。

そんな夢と希望が、絵に強く込められていたのだった。



「何…この絵…才能あるんじゃないの…?」

たまたまセイラの近くにいた生徒が、

「わあー、ホントだ。」


「これは、地元の空を飛んでる絵だよ。そこも緑豊かでね、星がすごく綺麗なんだ。」


「ホント、凄い…」


セイラの絵は、色使いのセンスが良く、大胆かつ独特で奇抜な絵であり、周りは、息を飲んでいた。



「セイラの奴、ムカつく…」


その一部始終を目の当たりにしたルーナは、軽く舌打ちし顔を強く歪ませセイラを睨みつけていた。

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