第9話 ドキドキと波乱の飛行術 ②

強風に煽られ、アンバーはクルクル回転し落下していく。セイラの全身に、猛烈な向かい風が襲いかかってきた。セイラは、両眼を閉じ唇を噛み締める。霧がたちこめ、全身に肌寒さを感じた。



ーと、急に強風が巻き起こしセイラは、一瞬目を閉じた。




「あ…っ!?」



漆黒の翼を雄大に拡げたドラゴンが、アンバーに近付いてくる。


そして、彼はアンバーを鋭い鉤爪でキャッチし連れ去って行った。



「あー待って!!!!!!」



セイラは、めいいっぱい叫ぶとドラゴンの後をついて行った。



 セイラは、辺りを見回りながら箒を進めた。丘を抜け、しばらく真っ直ぐ飛んでいた。

 すると、急に竜巻のような強風が吹き荒れ、セイラはクルクル旋回し、谷底へと落下していった。


落下スレスレで、セイラは体勢を立て直し、地面に着地した。

いつの間にか、さっきまであった疲労感はすっかりなくなっており、傷すらなく首を傾げた。              


崖と崖の間からは、強風がビュービュー渦を成して辺りを包み込んでいた。

 

風の向こう側を目を凝らして見ると、黒い綺羅びやかな鱗のドラゴンが、群れを成して暮らしていたのが見えた。

 

彼らは、ドーム型の巣穴を作り子育てをしていた。

 

ドラゴンは、互いに通じ合い各々謎の鳴き声を上げてコミニケーションをとっていた。

 

挨拶したり笑ったり、心配したり子を叱りつけたりし、そこには独自のコミュニティーが出来上がっていたのだ。


 

それは、今までに見たことのない魔訶不思議な光景で、セイラは息を飲んだ。



セイラは、ドラゴンに見つからないように恐る恐る巣穴に近付く。


ー早く、アンバーを見つけ出さないと…!


岩陰に隠れながら、キョロキョロ辺りを伺うー。


アンバーが、この辺りにいる筈だー。



足音立てずに、岩から岩へと隠れながらセイラはかがみながら前進していく。



奥の洞穴の奥で、意識を失い横になっているアンバーの姿があった。


セイラは、安堵しアンバーに近づく。



ゆっくりゆっくり慎重に足音立てずに、アンバーに近づく。

アンバーは、意識を失ったままでピクリとも動かないー。

辺りには、巨大なドラゴンの群れが戯れている。


ー気づかれたら、食い殺されてしまうかも知れないー。


セイラの胸の動悸は、バクバク激しく音を立てた。

生暖かい汗が吹き出してくる。


洞窟の奥の暗がりの向こう側から、ドスンドスンという鈍く響き渡る音が反響してきた。


セイラはビクンと仰け反り、その足音の方を固唾を呑んで見つめるー。

漆黒の鱗に琥珀色の瞳のドラゴンが、悠然と歩いてきた。


アンバーを連れ去った、例のドラゴンだ。ドラゴンは、セイラの気配を感じゆっくりこちらに首を向ける。


セイラの胸の鼓動は、益々強くなっていく。


意を決し、恐る恐るそのドラゴンに話しかける。


「…あの…すみません。その子を…その子を返してくれませんか?学校の、クラスの友達なんです。」



ドラゴンは、意味深な眼差しをこちらに向け悠然と近付いてくる。深い琥珀色の瞳が、セイラの姿をしっかり捉えた。


目が合った瞬間、セイラの胸の鼓動はより一層強くなった。

バクバクと、激流の如く強く打ち付ける。


全身から、生暖かい汗が迸る。



恐怖とは異なる、ゾクゾクするような驚きと感動がセイラを襲った。


さっきまでの恐怖とは、全く異なるえも言わぬ不思議な感覚だ。


セイラは、食い殺されるなどと恐怖心を持ったことが申し訳なくなった。


「この子を、返してくれませんか?」


セイラは、もう一度、今度は、よりハッキリした口調で話しかけた。


ドラゴンは、琥珀色の瞳でセイラを見つめ続ける。


それは、既視感のような、感嘆としたような感動を、セイラは覚えた。


かつて、母が治したドラゴンと、そして、夢で見た光景とリンクしているように、セイラは感じたのだった。




漆黒の艶やかな鱗、雄大な体躯。首は、綺麗な流れるような曲線を描いている。



セイラは、反射的にそのドラゴンとの距離を置いた。


恐怖心からではない。

それは、直感的な反射から来るものだった。


神秘性を秘めた者に対する、謙遜からくるものだった。


両者は、しばらく見つめあった。


不思議と恐怖心はなく、身体の奥から熱が湧き上がるような、軽くなるような、そんな神秘的な感覚を覚えた。



彼自身の瞳の奥深くには、一体、何が映っているのだろうか?




ドラゴンは、セイラに背中を向けアンバーの方へと歩み寄る。


そして、アンバーを優しく咥えた。



アンバーが、一瞬、琥珀色の光に包まれる。


そのドラゴンは、奇妙な力を持っているのだろうかー?



アンバーを咥えると、セイラの方へと歩み寄る。


ドラゴンはなだらかな首をゆっくり下げ、口を開けアンバーをセイラの目の前へと差し出す。


アンバーをセイラの目の前に優しく置くと、彼は深く低く渋い声を発した。



ーいきなりで済まないが、ここでは人語はまずい。かなり危険だ。だから、君の心の中に入らせてもらう。


ーえ?


ーこの世界は、危ない。やがて、破滅へと向かうことだろう。邪悪な足音が、じわりじわりと近付いてくる。そろそろ蹂躙されても、おかしくない頃だろう。


ーな、何、言ってるの!?


ーいづれ、時が来たら分かる。



ーあ、あの…友達を助けてくれて、ありがとうございました!


セイラは、アンバーを背負うと深深とお辞儀をした。


ドラゴンは、セイラに背を向けるとその場を悠然と、立ち去った。


両者は、心で会話していたのだ。

セイラは、それに違和感が全く無かった。


寧ろ、神秘的なその体験に、セイラの胸の奥の芯から何やら強いエネルギーのような熱いものが湧き上がったのだった。


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