第8話 ドキドキと波乱の飛行術 ②

その日の朝は、待ちに待った飛行術だ。セイラが、一番楽しみにしていた時間である。

 何故、自分がそこまで飛ぶことにこだわりがあるのかが、分からない。だが、箒を握ると自然と精力みなぎり身体の芯に熱を帯びた感覚を覚えた。


 遠い記憶に、母が箒に跨り空を自在に飛び回った光景を想い出す。母は、風の精のようであり風を自在に操っているかのようだった。


 母は、洗練されており誰より箒さばきが上手かった。


 

寮生は、箒を持って練習所へと向かった。向かう途中で生徒らは、胸を高鳴らせ雑談をしていた。

 皆、飛ぶのは楽しみなようだった。


 庭先に着くと、生徒らの賑やかな談笑が繰り広げられていた。



「ねぇ、ねぇ、私、飛行得意なんだよ。お母さんと練習したから。」

「ホント?だったら今度練習に付き合ってよ。行ってみたい所があるんだから。」

「どうせ、アーロンやシリウスの試合を見に行くんでしょ?」

「うん、それもあるけど…いつか、私も…シリウスと一緒に試合したいの。」

「そうなんだ。でも、死ぬほどハードな練習をしなきゃだよ…?学校代表になるには、倍率10倍だし…」

「ひぇー、私どうなるんだろう?」

      


 皆、入学したてだというのに、皆互いに顔を知っているかのように、黄色い声はしゃいでいた。魔女の一族は名家同士の付き合いがあり、新入生同士でも知り合うパターンは少なくはないようだ。


飛行術は、学校の花形科目で一番人気の科目である。


飛行術には、障害物を避けスピードを競う競技と、空中ラグビーと言う集団でボールを投げ合う競技がある。



飛行術の学校代表になるには、倍率10倍の狭き門を潜り抜け、

地区の代表になるには、20 倍ー

国代表になるには、30倍もの難関を潜り抜けなくてはならない。


だが、学校代表になれた時点で、300万もの奨励金、


区大会に入れた時点で、600万ー、


国代表になれた時点、内申点に影響し1000万もの奨励金が入り、将来が保証される。



セイラは、箒を握りしめ、深呼吸し全神経を奮い立たせる。


ー大丈夫。私には、お母さんがついてるからー!



「セイラ、張り切ってるね。」

ブリギッドが、箒を携え軽く溜息ついている。


「ブリギッド、飛ぶの怖いの…?」


「うん、ちょっと、トラウマあって…」


「大丈夫。一緒に飛ぼう。」


「…ありがとう。」



周りの生徒の中にも、飛ぶことに強い不安を覚える者が少なくないようだ。



「ひぇー、どうしよう、緊張しちゃう…上手く飛べるかな…?」


「怖いよね…落下しちゃったりとか…」


「うんうん、事故とかね…命に関わるし…」


「やめてよぉー、聞いてるだけで、益々不安になっちゃうでしょ?」


涙ぐみガクガク震える者や、貧乏揺すりする者までいる。



ブリギッドは、その光景を見て益々身構えしゃがみ込んだ。



ブリギッドの不安な表情から、セイラは何か意味深な深い事情を感じた。




「皆さん、おしゃべりの時間はこれまでです!」


 遠くの方から、ベリーショートで大柄のガタイの良い女教師が笛を響かせ、声を張り上げた。



「皆さん、揃いましたね。これから飛行術の担当をする、マーガレット・グリーンです。では、今から列になってもらいます。」

マーガレットは、威勢のよいハスキーボイスで生徒を庭の中央へと誘導した。


生徒は、言われるがまま一列になり箒を右脇に置いた。


「では、私が見本を見せます。

見本に倣って、箒に跨がる。そして、全身の力を抜く。」

マーガレットは、こう言い箒を浮かせるとそれに跨り宙に浮いた。生徒は、黄色い声で拍手した。

「ねぇ、これでホントにブティックとかコスメ屋に行けちゃうんじゃないの?練習頑張ろう!」

「そうね‥これで、私は殿方のいる元へと、行くわ。」

「えー誰々、好きな人入るの?」

生徒は、再び仔犬のようにキャッキャと、はしゃいでいた。

「これから、私の合図と共に乗ってもらいます。1、2、3で跨ります。では、構えて、1,2、3..」

 マーガレットの合図共に、生徒は箒に跨がった。


 生徒の中で、得意な子と苦手な子に大きく別れた。得意な子は、優雅に円を描き中を華麗に浮く。苦手な子は、四方八方に箒を鉄砲玉のように勢い良くくねらせていた。

 セイラとブリギットは比較的出来るようであり、先生の言われたように宙に浮いたり回ったりした。

「見て・・私、ちゃんとまともに箒に乗れた!」

セイラは、はしゃいでブリギットに視線を移した。

「何、言ってるのよ?しょっぱなから飛びまくっていたでしょう?」

ブリギッドに笑顔が戻って、セイラはホッとした。

「あの時は、まだまだ私はひょっ子だったもん。」

セイラは、こう言いつつも嬉しくて仕方がなかった。



「では、箒をこうして垂直に向けます。力は、抜く。」

マーガレットは箒を垂直にし、急上昇させた。辺りにジェット気流のような突風が巻き起こり、生徒達は歓声を上げた。

 生徒は、先生に習い箒を垂直に向けた。

 すると、箒が急上昇し軽く悲鳴を上げる者までいた。

「良いですか?落ち着いて、力を抜いて精神を上に向けるのです。深呼吸もしてね。」

 セイラと、ブリギットは言われるままに精神統一し、深く息を吸った。二人の箒は、みるみると上へ上へと上がっていった。

 上から学校の城を見下ろし、生徒らは声を弾ませていた。

 風がとても心地よく、生徒を優しく包み込む。




「あ、セイラ、ちょっと待って……」

ブリギットは、向こう側を見て急に目を皿のように丸く開けた。

 セイラは、ブリギットに近づき視線を合わせた。


遙か後方の方から、生徒の悲鳴が聞こえてきた。



2人が振り返ると、遙か上空で、かなり離れた北の位置から、生徒が真っ逆さまに落ちているのが見えた。


「大変だ…どうして、あんな所に…」

「どうしよう…助け出さないと…先生は…」

「駄目…間に合わない。私が、行く。」

セイラは、強く首を振った。


先生は、遙か下の方から悲鳴を上げ箒を急上昇した。



「アンバーさん、ああ、何であんな所に…」

マーガレット先生は、青ざめる。


「私、行く。ブリギッドは、先生の所に行ってて。」


セイラは、ブリギッドにそう言うと箒を斜めに急上昇させた。


冷たい風が、無数の刃のようにセイラの全身に突き刺さるー。


急降下してくる生徒は、すっかり意識を失っている。



「セイラ…!」


ブリギッドは、息を飲みこの光景を見守っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る