第5章

 ことはコロコロと運ぶものだ。

 あの後、東雲さんと四乃宮円さんがお互いに会ってそれぞれの意見を言い合いながら盛り上がったらしい。

 私も同席はしたが、内容はさっぱりだった。

 理解できないため途中退席したから、あの後どうなったのかはわからない。

 でも、円さんの表情は晴れやかだったから悪い方向にはいっていないはずだ。

 そして日が明けてから再度、東雲さんに会うと彼女も晴れやかな表情をしていた。

 その晴れやかな顔から飛び出た第一声には驚いた。


 「私、軍学校を辞めるね。」


 想定外のことだった。

 「昨日、円さんと話したのだけれど、『現段階から生産工場に携わって、年齢が18歳まで学んで』、って言ってた。その後、オリジナルの魔法工学理論をテストするから、それに合格できれば研究機関に入れてもらえるって。」

 そういったやりとりをしたのか。

 ………そういえば、補助具の開発や軍服の生産は、四乃宮家が担当していた。

 もしかして、それが狙いだった、とか?

 「え、紅葉ちゃんの苗字は甲斐田でしょ? 四乃宮家と通じているなんて初めて知ったよ。」

 素で私に会いに来たのか………。

 どこまでも運がいい人だ。

 で、だ。

 「ハハハ! いいじゃないか! ことはうまく運んだようだし! 一件落着じゃないか! なあ紅葉!」

 「………、どうして、関係ないあなたがここに?」

 「うん? あたしか? なんか面白そうな雰囲気があったから来てみたぞ!」

 なんて傍迷惑な。

 「あ、あの紅葉ちゃん。その人、キルギスのご令嬢だよ?」

 「キルギス? 何それ?」

 「四乃宮家、剣崎家と並ぶ御用家の人!」

 「………、この馬鹿が?」

 「も、紅葉ちゃん!」

 そのやりとりのどこが気に入ったのか、さらに笑い始めた。

 「ハハハ! さすが、私の嗅覚! 面白いやつを見つけたぞ!」

 私も面倒ごとの嗅覚を嗅ぎ分けた気がしたわ。

 「こいつの用事が終わったのなら、今度はわた———。」

 お転婆娘に向けて拳を顔面に決めてしまった。

 そのまま吹き飛んで、壁にめり込んだ。

 うん、知らない。

 見なかったことにしよう。

 「それで、これから工場の下見にいくの?」

 「う、うん。」

 「なら、早くいこう。」

 「え、でも、あの人———。」

 「面倒ごとはもう嫌だから。」

 そういって、私は、東雲アズサの手を取って走り出した。




 「あれから、二十年なんてあっという間だったわ。」

 「そうね、当時10歳の子供が工場で働く姿は、周りから憐れまれたけど。でも、賃金も出たし、地上で暮らす分には余るほどの給金だったわ。そのまま、その工場で働く道もあったけど、やっぱり、試験を受けて研究したかったから受験して正式採用されたあとは、知っての通りよ。」

 「まさか、独立して東雲研究機関を作るとは思ってもみなかったわ。」

 「ええ。でも、紅葉ちゃんのところにいる次女の理奈さんには舌を巻いたわ。本物の天才っているんだ、と思ったくらいだし。」

 「親に似て、だらしない性格ですが?」

 「いまじゃ、私にとっては社長だもん。」

 「たとえ理奈様が社長でも、あなたはその社長に対して、数少ない発言権を持っている一人よ?」

 「理奈さんは、間違ってないし、聞き分けもあるから私たちもついていくのよ。」

 「円さんが理奈さんの新規企業立ち上げに協力的だったのも、あなたがその中に入っていたからよ。」

 「そこまで信頼されることなんてしてないけどね。」

 「日々の積み重ねだけでも、信頼はできるものよ。」

 実際には、東雲アズサの功績は大きい。

 研究機関に配属されると、すぐに魔力ロス削減化、オート遠隔機能、魔力によるバッテリー駆動と言った功績をあげている。

 理奈様が入ってからはさらに頭角を現し始めた。

 そんな逸材だ。

 「ハハハ! そんな人が結婚なんて、思ってもみなかったな!」

 「いえ、噂は四乃宮家を飛び越えて各所に轟いていましたから当然ともいえます。むしろ、今年で30歳になるまで結婚していなかった方が不思議でしたよ。」

 「まあ、お互い落ち着くまで、って決めていたから。」

 そこで、口を尖らせる人物が一人。

 「妬ましいねえ。私には縁談も何も舞い込んでこないわよ。」

 「シュバインは、もう少し落ち着けば似合う人が出てくると思うけど?」

 「やっぱり、アズサは優しい! 聞いてよ、この鉄面皮がいじめるの!」

 「紅葉ちゃんが言うならそうなんじゃない?」

 「手のひら、返すの早くない?」

 「だって、私の親友の意見だし。」

 約一名の沈没を確認。

 ふふふ、さすがはアズサ。

 「それにしても、ここのコーヒー不味くない?」

 「おん? コーヒーなんて不味いものだろ? よくお前らが飲むのが不思議なくらいだよ。」

 「コーヒーをそんな風に評価しないでください。」

 「紅葉ちゃんの言う通りだよ。コーヒーは嗜好品の中でも最高のものだよ。ねえ、今度紅葉ちゃんのコーヒーまた飲みたいな。」

 本当にうれしい。

 でもね。


 「妊娠初期の方には、これ以上カフェインを摂取させられないので。」


 「え?」

 「気づいていなかったのですね? おめでとうございます。」

 「い、いや。そうじゃなくて、見た目だと気づかない段階じゃない? それにさっき病院に行って、私も初めて知ったのに………。」

 「………。」

 わかってしまうものは、しかたがない。

 「てっきり、私を呼び出したのは育児の不安のことかと思っていましたが。」

 「いや、ただ結婚するから仲人してもらえないかと………。」

 「そんなことでしたら、別に連絡一つで済むはずでは?」

 「もう、昔から紅葉ちゃんは………。」

 「?」

 なにか問題だっただろうか?

 「単純に紅葉ちゃんに会いたかっただけよ。」

 ?

 まあ、別に会う分には困らないが。

 「それに、紅葉ちゃんも相手をみつけないのかな………と。」

 その言葉と共に目の前にいる人物が、復活した。

 「ほら、お前も他人ごとじゃないぞ? 相手を見つけないと。」

 「私なら結構です。」

 それに手のかかる子供たちが3人もいる。

 「それに、私はあの人以上の男性を見たことはないので。」

 その言葉に、二人とも押し黙ってしまった。

 「確かに。紅葉ちゃんのお父さん以上ってなると存在しないね………。」

 静さんの受け売りだけど。

 しかし、空気の読めない人が約一名いるのを忘れていた。


 「やーい、ファザコン!」


 世の中には、口よりも体が先に動いてしまう人がいる。

 目の前にいるこいつもだが、私も体の方が先に動いてしまう。

 具体的には、目の前にいた人物に顔面パンチをしてしまった。

 着席していた椅子ごと後方に吹き飛び、店内の壁にのめりこんでしまった。

 「殴りますよ?」

 「紅葉ちゃん、もう殴っているよ?」

 でも、しかたがない。

 ファザコンなんて低劣な言葉でお父さんとの関係をまとめようなんて。

 「私のお父さんの良さに触れれば、すこしでも理解できるというのに。」

 お父さんこそ、唯一絶対なんだから!

 



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