第4章

 かくかくしかじか。

 「なるほど。隊長の意見は正しい。」

 どうやら、健吾さんはお父さんの意図を読み取ったらしい。

 ………少し悔しい。

 そんな表情をしたら、健吾さんが少し慌てたように謝罪してきた。

 「すまない。順を追って説明する。」

 そういって、健吾さんの説明が始まった。

 「まず、紅葉さんは軍学校の制度を知っているかな?」

 「最終試験で、筆記と実技の試験が行われて教官を黙らせればいいんでしょ?」

 その回答に面を食らったような表情をされても困る。

 「筆記試験は、座学から魔法学、暦学、指令学の三つが出される。この三つの総合点数がおよそ180点なら合格ラインだろう。それぞれ60点、もしくは、一つが低くても残り二つでカバーすればいい。ここまでは大丈夫だろうか。」

 「初めて知ったわ。私は受けてないから。」

 その言葉を発したときに少し、健吾さんの顔が萎れた気がした。

 が、すぐに元に戻る。

 「実技に関しては、明確なルールはない。相手の教官が使えそうだ、と判断すれば実技試験は合格になる。」

 「つまり、叩きのめせばいいのでは?」

 「紅葉さんなら可能だろうけど、軍学校上がりの子供が大の大人を叩きのめすことは難しい。教本通りの理論と実践で培ってきた経験・体力・魔力コントロール等、ほとんど足元に及ばない。そんな中で評価できる点があれば加点されるシステムになっているんだ。」

 なるほど。

 「だけど、君のお父さんは断固反対しているけどね。」

 「なんで?」

 お父さんがなんで、反対なのか理解できない。

 他の人員を補充できれば楽できるのに。

 この時の健吾さんはとても真剣な表情だった。

 「僕は、知里が好きだ。」

 「え? 急に何?」

 顔を少し赤くして健吾さんが突拍子もないことを言いだした。

 「君もお父さんが好きだろう?」

 「好き!」

 何を急に、当然のことを。

 「もし、その大切な人がいなくなったらどうなる?」

 「…………。」

 意味は理解できた。

 でも、その例えはひどいものだ。

 いや、親友だから泥をかぶったのだろう。

 ………いつか彼はいなくなるよ、と。

 「大切な誰かが死なないように、選ばれた人間だけがここにいるべきだ、と。隊長、君のお父さんはそう言っているのさ。」

 「………お父さんらしい。」

 「ああ。」

 二人して、感慨に更けてしまった。

 「———話を戻そう。その東雲さんのゴールを君は軍学校の卒業に設定している。間違いないかい?」

 「それ以外にあるの?」

 もはや、開き直りだ。

 あきらめの極地を全開にする。

 「そこが落とし穴だ。本人に確認しないで決定するのは嫌がらせだよ。それに俺たちのような試験管ベイビーは防衛局に勤めるのが基本という言葉に語弊がある。特に兵士である必要性はない。支援部隊や、防衛局職員として購買部で働いている人もいる。」

 確かに購買部で働いている人もいた。

 あの人たちも軍学校の卒業生か。

 「君のお父さんは君の視野を広げるために課題を出している状態だ。人の一生にはそれぞれ道がある。これじゃないといけない、なんてものはない。そう言いたいけど言えない難しい立ち位置なんだろうけどね。」

 お父さん………。

 「さて、今日はここまでにしておこうか。今回の課題は君が考えてこそだと思うし、その東雲さんもどういった将来像を持っているのか知らないからね。」

 存外、天才肌だと思っていた健吾さんは説明が上手だった。

 普段は、言葉が少ないから心配だったけど偏見だったのかもしれない。

 「ありがとう、健吾さん。いつも口数が少ないからアドバイスなんて無駄な時間かも、とか思っていたけど、有意義な時間を過ごせたわ。」

 なぜか、健吾さんの口元が震えていた。

 まあ、気のせいでしょ。

 事務所を後にするとき、背後から、

 「俺、ダメ人間かな?」

 とか聞こえた。

 

 

 

 「わ、わたしの目標ですか?」

 まずは、目標を明確にしなければ。

 健吾さんの指摘通り相手に目標を聞くことにした。

 自分本位な道の照らし方は相手への不要な嫌がらせだと気づかされた。

 「本当は、私、防衛局でやっていける自信なくて。戦闘なんてからっきしだし。」

 そうだね。もう、嫌というほど理解したわ。

 「それなら、他に目標はあるの?」

 「あ、あの。そ、の………。」

 なんだろう。

 とても言いにくそうにしている。

 「わ、私、よくわからなくて。」

 わからないのかよ。

 「で、でもやりたいと思えることなら。」

 まあ、聞くだけ聞くか。

 「私、補助具っていう特殊な生体機器をいじりたくて。」

 「なんでまた………。」

 「………あんまり他の人がやってなさそうだから。」

 ………分母数が低いとトップを狙いやすいから、とかいうやつ?

 でも、問題がある。

 「補助具の研究機関は進学校じゃないと入れないでしょ?」

 コロニーの悪癖だ。

 進学校には、残存するコロニー内部出身者でしか入れない。つまり、地上地区出身者にはその権利がない。さらに、進学校じゃないと入れない企業も存在する。

 これは、コロニー内部の教育機関におけるカリキュラムを均一化したため、企業側の判断を容易にしやすくする方法らしい。静さんが言っていた。

 「え、えっと。そこまで知らなくて。で、でも、補助具に関わることができれば、と思っていたから。だから、軍学校のカリキュラムに自分が扱うだろう補助具のことが全然学べなくて疑問に思っちゃって。補助具一つで戦略が変わるはずなのに。」

 私的には、特段変わった印象はなかったけど。

 でも、さっきまでとは違って饒舌だ。

 つまりは、本心なのだろう。

 うーん。

 補助具の研究機関ねえ。

 難しいなあ。

 でも、その前にこの子がいじくった補助具をもとに戻さないと。

 え?

 戻せないの?

 ………円さんに相談してみるか。




 「へえ、面白い子がいるんだね。」

 四乃宮邸についてすぐに改造された補助具を円さんに渡して理由を話した。

 興味深そうに、補助具を見ていく。

 「補助具に興味を持つ子が、ねえ。」

 ただの機械好きだとおもうけど?

 「補助具は、ただの機械じゃないの。補助具は生体機械。常に所有者の最適な状態を自ら模索していく自立型学習装置よ。さらに親和性を組み込むために自分の生体情報である血、骨、皮などの情報を収集して対象者の自己再生能力を高めたのがみんな使用している軍服よ。まあ、モミジちゃんは使用していないからわからないかもしれないけど。」

 へえ、そうなんだ。

 そんなものなくても、お父さん以外は特段問題にならない。

 ………でもお父さん対策として今後は考えようかな。

 「それに、進学校の中でも補助具について語られることは少ないのよ。例え大学機関の工学部でも、原理原則までだし。作ることはないよ。」

 「じゃあ、なんのための学校なの?」

 「ラベルだよ。」

 言っていることの意味がわからなかった。

 「彼らは、自分がどんな学校を出てきたのか、どんなカリキュラムを組まれて卒業したのかを単純に企業側にわかってもらえるようにするための出身学校のラベルを見せるの。その過程や、努力は加味されない。」

 なんだか理不尽に聞こえる。

 それじゃあ、人を見るんじゃなくて肩書を見て判断しているということだろう。

 特に、才能がなくても入れるし才能があっても学校の肩書で企業側から落とされることもあるということだ。

 「そのために面接があるけど、それだけじゃ、わからないのも事実だけどね。」

 なら、出身校で判断しなければいいのでは?

 「それが、できればいいんだけどね。工学部の生徒ならまだ設計論についていけるけど経済部出身の人に設計論を唱えても呑み込みの差ができてしまうから難しいのよ。」

 円さんも苦労しているみたいだ。

 「でも、興味が出てきたわ。」

 「なんの?」

 円さんが改造補助具を見つめながら、立ち上がった。

 「その東雲って子と連絡は取れる?」




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