第3章

 彼女の能力は【思考加速】だ。

 1秒という時間の流れを60秒間にまで遅滞させる。

 あくまで考える時間が加速しているだけだ。

 肉体がその速度についていくことはない。

 それに、自分の知らない知識や扱ったことのない機器を分析する力もない。

 あくまで思考が加速するだけだ。

 よって………。

 「ピゲッ!」

 女の子から発してはいけない声が聞こえた。

 受け身の訓練のために、投げ飛ばしただけでこれだ。

 貧弱過ぎて頭が重くなってきた。

 どういった意図で大人たちは、彼女を軍学校に入れたのか理解できない。

 ただ………。

 「まだ!」

 あきらめの悪さだけは、一流と思えた。




 「また、気絶したの?」

 医務室の担当者に話をして、彼女をベッドの上に横にさせる。

 これまでのことをまとめる。

 

 軍学校の卒業は、無理。

 

 受け身でさえ、まともにとれない。

 それどころか、走り込み五分で倒れたのには頭を抱えた。

 体力もしくはテクニックを磨けばいいのではと思ったけど全然だった。

 どうすれば………。

 すでにあきらめの極地だ。

 たすけて、お父さん。

 この子を卒業させるなんて無理だよ。





 有言実行。

 その日のうちにお父さんに報告して、実情を話した。

 するとなぜかお父さんは、とても喜んだ顔をしていた。

 「そっかそっか。」

 「無理なものは無理。」

 そういいながら、膝の上に乗っかるのは私の特権だ。

 少しむくれている私にお父さんは人差し指を立てた。

 「紅葉にアドバイスだ。」

 「なにか、秘訣でもあるの!?」

 お父さんの考えに縋りつきたかった。

 が、帰ってきた返答は予想を変えるものだった。

 「紅葉は、その東雲さんのゴールをどこにしているんだい?」

 ゴール?

 目標は、卒業でしょ?

 「道はたくさんあるよ? 一つに絞らなくていい。それだけ。」


 ?


 なぞなぞ?

 「お父さん、それだけだとわからないよ。」

 その言葉に、お父さんはニコニコするだけだった。




 「今日は、補助具を扱います。」

 「はい!」

 基本スペックが軒並み低いなら道具だよりだ。

 知里さんから借りたゲームでは、前衛キャラと後衛キャラ、そして支援型のキャラに分かれてパーティを編成するものがあった。本来であれば職業選択でキャラのパラメータも変わるが、今回の状況的にそれは除外。

 残念なことに、私と補助具は相性が悪いらしく、扱うことができない。

 でも、基本的に補助具がなくてもお父さん以外で私を倒せる人は存在しない。

 もし補助具があることで、お父さんと互角にまで引き上げられるのであれば考えなくもない。


 本題にもどす。

 重要なのは、基本スペック1でも、道具があれば補正値がつく………はず。

 基礎スペックが上がらないのであれば、他に頼る。

 …………そのはずだった。

 「ベガっ!」

 キレイに吹っ飛んでいった。

 もののみごとに空中三回転を決めて、地面に顔面から着地した。

 望みが消えた。

 頭を抱えながら、ほかの方法がないか検討していると、当の本人はどこから持ち込んだのか、工具箱を取り出した。

 「鼻血出ているよ。」

 「ちょうどいいです。」

 そういって、補助具の中身を開いた。

 「なにしてるの?」

 素人が補助具なんて開けたら、廃品になることは言うまでもない。

 それに、渡した私が怒られるだけ。

 こんな練習用でも防衛局の物だし。

 「この補助具は何のアドバンテージもないので私に合うように設定をいじっているだけです。」

 私には、ただの配線いじりやパラメータ観察をしているようにしか見えない。

 「あとは私の血を混ぜて………。」

 そういって、鼻血を回路の所々に吹きかけていった。

 渡したのは、扱いやすいだろうと思って短剣タイプの補助具を用意した。

 しかし、手を加えた補助具は短剣からサバイバルナイフを模したものに変わっていた。

 ………確かに技能面は優れている。

 あの医師が言ったことは間違いではなかったようだ。

 進学校に入学できていれば、補助具開発機関に………。

 ん?

 待てよ。

 何か引っかかるような………。

 まあ、いいや。性能を見てから判断しよう。




 「ゴベッ!」

 …………。

 この前、お父さんと川に遊びに行った。

 その時に、【水切り】という遊びを教えてもらった。

 石を選んで、川の上ではねさせる。

 ただそれだけだ。

 でも、これが難しくて3回が限界だった。

 ………でも、ここは川じゃない。

 まして、石じゃなく人を投げただけだ。

 まさか、6回バウンドして壁に激突するとは思ってもみなかった。

 ………加減できているはず。

 なぜだろう。

 罪悪感がこみあげてきた。

 また、練習場から担いで医務室に連れていくと医師が、顔だけで察したらしく奥のベッドに誘導してくれた。

 もうよくない?

 私は、頑張ったと思う。

 それに、後の打開策なんてわかんないよ。

 そう思っていたら、廊下の方から忙しない足音が聞こえてきた。

 その足音に付随して笑い声も聞こえ始めた。

 もはや、騒音レベルだ。

 ドドドド、という音とハハハハハ!という不協和音に等しいものがどんどん近づいてくる。

 そして、最悪にも発生源は医務室の廊下で止まり、盛大に扉を開けた。

 「ハハハ! ここに、東雲がいるって聞いたぞ! そこの職員! 案内しなさい!」

 どこのお嬢様だ!

 歩く拡声器か!

 やかましい!

 というか、用があるのは気絶しているこの子か。

 せめて、医務室なんだから静かにしてよ………。

 そう思っていたら、ベッドのカーテンが強引に開けられた。

 その時に、ばっちり侵入者と目が合ってしまった。

 侵入者は、無邪気に私に人差し指を立てて叫んだ。

 「あ! おまえが甲斐田紅葉だな! 私と勝負しろ! ハハハ!」

 面倒ごとが増えて、頭の頭痛が増してきた。

 

 

 

 手加減はした。

 それは本当だ。

 お父さんに誓う。

 結果として、開始3秒で天井に突き刺してしまったが………。

 練習場の天井からどうやって引っこ抜こうか考えたが、そのまま自由落下してきてくれて助かった。

 落下してきた彼女を、キャッチして医務室に運ぶ。

 東雲とか呼ばれていた彼女は、おんぶしてあげたが、こいつには親切にする義理は無いので、引きずっていった。

 医務室の医師も頭が痛いのか、ため息交じりに頭を抱えていた。

 わかるよ。

 私もだから。

 引きずっていたものを奥から二番目のベッドの上に、叩きつけた。

 すでに東雲さんは起きていた。

 そして、この光景に困惑していた。

 「私以外に紅葉ちゃんが特別指導する人がいたの?」

 「いないわよ。面倒だし。」

 それにしても、問題は多々ある。

 今度は、健吾さんにでも聞いてみるべき?

 でも、あの人は天才肌だからなあ………。

 でも、聞いてみるか。

 今の時間なら、事務処理をしているはず。

 お父さんは、この星の半周した現場で世界の危機に立ち向かっているはずだ。

 戻ってくるのは少なくても二日後だ。

 それまで、ここは健吾さんが指揮を取っている。

 ちなみに知里さんは、別なコロニーへの派遣要請で不在。

 石永さんは、地上地区の発展警護。

 北条さんたちは、三人一組で各コロニーを点在して情報の収集に努めている。

 今回は司令塔のアルファと呼ばれる北条さんも現場入りしている。

 よって、ここにいるのは健吾さんしかいない。

 はあ。

 気が重い。

 まだ知里さんなら話しやすかったな………。




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