第2章

 お父さんとの防衛局勤務を体験してから少し時間が過ぎたあたりだった。

 私は、購買に行って次の任務のための必需品を購入したときだった。

 「あ、あの!」

 うしろから急に声をかけられた。

 丸渕眼鏡、ショート、カーディガンを羽織った少女。

 とても防衛局勤務者とは思えない格好だった。

 どちらかと言えば、コロニー内部の非戦闘員に見えた。

 「か、甲斐田紅葉さん………で、ですよね?」

 その時の私は、少しだけその名前で呼ばれたのがうれしくて、ついつい自分から名乗ってしまった。

 「ええ、甲斐田紅葉は私よ。何か用?」

 その言葉を聞いた目の前の人物は、目を輝かせていた。

 なぜそんな目でこっちを見る?

 「あ、あの! 私、東雲アズサって言います。私と同じ歳くらいで、あの『特務隊 零』で活躍している有名人って聞いていたから!」

 見た目に反して結構、グイグイとくるタイプなのだろう。

 その勢いにたじろいでしまった。

 が、気を取り直して聞かなければならない。

 「それで、要件は?」

 これでも、私は忙しい。

 お父さんに甘えるとか。

 お父さんにわがままを言うとか。

 お父さんをペロペロするとか。

 とにかく忙しいのだ。

 こんなところで道草を食っている場合ではないのだ。

 「た、単刀直入に言えば———。」

 少しためらって言うべきか悩んでいるところを見て、『あ、面倒ごとだわ、これ』と察してしまった。


 「わ、私に訓練を付けてくれませんか!?」


 ほら、面倒ごとだった。

 口からため息が出そうになるのを我慢するので精いっぱいだった。

 



「ぐへぇ。」

 案の定というか、歴然というか。

 むしろ、手加減をするので精いっぱいだった。

 指一本チャレンジもできてしまった。

 「ここまで、10戦したけどそろそろ限界でしょ?」

 私は魔法だって使ってない。

 むしろ、力加減を誤れば殺めてしまう危険性まであるくらい歴然だった。

 そして、相対する少女は呼吸がまだ整わないのか、口からヒューヒューと荒い呼吸音が聞こえてくるだけだった。

 しかたない。

 彼女を担いで医務室のベッドまで運ぶことにした。

 専属の医師によると、突然の過剰運動による肉体的疲労だそうだ。

 ようするに、運動不足だ。

 そこで、疑問に思ったことを医師にぶつけることにした。

 「こういった子も前線に立たせるの? 無謀としか言えないけど。」

 その疑問に対して医師は難しい顔をした。

 「正直、数年前の『MOTHER AI』の暴走によって試験管ベイビーが変質したことも原因ですが、最も多い原因は就業難です。」

 就業難?

 「コロニー内部における仕事は、ほぼ進学校卒業組が占めています。それに対して、地上地区の住民は、防衛局に就業するか、リステージ計画に参加するかのほぼ2択になっています。例外はないわけではないのですが、その道は運要素ですね。」

 そういって、今は意識がない彼女を見つめ直す。

 「彼女の素性を少し探りましたが、魔法適正は防衛局向きではないんですよ。」

 その言葉に、頷くほかなかった。

 「さっき、練習試合をしてわかったけど、彼女の基礎体力も、基礎魔法力も底辺レベル。確実に戦闘向きの能力じゃないし、そもそもの肉体強度が低すぎる。これじゃあ、軍学校の卒業すらあぶなくない?」

 「危ないというか、無理でしょうね。………もし進学校に入学できていれば事情は変わっていたかもしれないのですが。」

 その言葉に引っかかりを覚えた。

 「進学校なら、この子の力が発揮される、みたいな言い方ですね。」

 その言葉に医師がためらいながら口を開いた。

 「その子は、軍学校での成績は見れたものではありませんが、皆さんが使う補助具と言われるデバイスの組み立てに秀でており、同学年の汎用性デバイス程度なら調整だけでなくコピー品も作れるくらいの実力を持っています。」

 なるほどね。

 コロニーの制度に潰されたパターンか。

 まあまあ、聞く話である。

 それに、『MOTHER AI』が無くなったことによって人類の全体を見る視野が無くなったことも起因する。

 さらに言えば、実験児は防衛局以外の道はほとんどない。

 月下健吾さんみたいに、多彩であれば他の道はあるが難しいだろう。

 思考を巡らせていると、医師が尋ねてきた。

 「それで、この子の試験練習にこれからも付き合うんですか?」

 「私も暇じゃないよ。それに、防衛局以外にもメイドとしての仕事があるから。」

 「ここまで、あなたに会いに来たのに?」

 含みのある言い方だ。

 「何が言いたいの?」

 「ここは防衛局ですよ? そして、彼女は軍学校の一生徒。ここに入れるパスは持ってませんよ。明らかに、罰則覚悟の侵入行為。そこまでして、あなたに会いに来るくらい憧れているんじゃないですか?」

 「憧れ………。」

 よくわからない。

 それに、その責任は個人の勝手だ。

 私が負うべきものじゃない。

 「個人の問題には立ち入らないわ。」

 そんな時だ。

 誰かが、ここの扉を開きここに向かっていた。

 「こんなところにいたのか、紅葉。」

 お父さんが、迎えに来たのだ。

 「お父さん!」

 「どこかケガでもしたのか? それとも体調がすぐれないとか?」

 「違うよ。」

 そこで、ことの顛末をお父さんに話したら少し難しい顔になった。

 「紅葉、この子を可能な限り助けてあげなさい。」

 「え、どうして!?」

 その問いに、お父さんは微笑みながら言葉を返してくれた。

 「それが、君の大切なものになるからさ。」

 お父さんは時々、難しいことを言う。

 でも、結果としてお父さんは間違えない。

 だから、私の結論を変更する。

 「わかった。」

 でも、どうしたものか。

 

 

 

 

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