初めての友達編

第1章

 「私たちって、結構長い付き合いになるわよね? 20年くらい?」

 目の前にいる知り合いがどうでもいいことを言い始めた。

 「だって、紅葉と友達として会ってから、いろいろありすぎて日にちの感覚を忘れやすい、というか………日常を気にしている暇がなかったというか………。」

 「私はあなたのことを友達とは思ってません。そんなふうに思っているから、結婚できないのではないでしょうか?」

 その言葉に、目の前にいる人物がまるで傷ついたかのような反応を示した。

 「ひどいぃ! 結婚できないのは釣り合う人がいないだけですぅ! そんなことをいう紅葉だって、縁談の一つもないじゃない!」

 「私の場合、『子持ちです』といって追い払っているだけです。」

 実際、手のかかる家族が三人もいる。

 一人は、奥方に託された形見。

 一人は、同僚の憧憬。

 そして、三人目は………。

 「ていうかさ、紅葉って、ちゃんと好きな人とかいるの?」

 「なんですか? 急に。」

 この人は突拍子もない。

 すること、やること、考えてること。

 すべてのネジが吹っ飛んでいる。

 だから、周りを置き去りにして自分一人で突っ走る。

 嫁の貰い手がない、とこの人のお母さんが嘆いていたのを思い出した。

 「理想くらいはあるでしょ。それとも、私とか? 女だけど私って罪作りな性格だし、いっそ———。」

 「ありえません。あなたとお付き合いするくらいなら、重火器と結婚します。」

 「………言ってることが脳筋過ぎて、逆に安心できるわ。」

 まったく。

 この女の相手は疲れる。

 目的の人物との待ち合わせで、まさかこの女に絡まれるとは思っていなかった。

 「それで、こんなところで時間を売っていていいのですか、御用家当主シュヴァイン・キルギス様。」

 「いいじゃない? それにキルギス家って言っても、すでに形骸化した御用家。もう少ししたら、別な御用家が取って代わるでしょうね。」

 コロニーあるあるだ。

 不要な御用家は、勢いのある家に御用家としての席を乗っ取られる、もしくは強制執行される。

 しかし、キルギスの現状況を鑑みるにそんな風には見えないけど。

 私としては、この女の姦しさが消えるならそれでいいけど。

 この人の相手は、本当に疲れるのだ。

 「東雲、早く来て………。」

 「え、何? あの新婚さんを呼んだの? 今、忙しいだろうに。紅葉って酷なことするねえ。」

 「逆よ。呼ばれたから待っていたの。」

 「シノちゃんもついに世帯持ちか………。その男運を分けてほしいわ。」

 「無理ね。あなたについていける人なんていないわ。」

 こんな無茶苦茶な奴についていく男の気が知れないわ。

 そう思いながら、注文していたアイスコーヒーを啜る。

 不味い。

 パックの安物の味がする。

 風味もない。

 苦みもあいまい。

 コクなんてものはない。

 これなら地上東地区にある喫茶店に行った方が、まだおいしいコーヒーが飲める。

 こんなチェーン店を待ち合わせ場所にしたのが間違いだった。

 それにうるさいやつにも会ってしまったし………。

 「あ、そうだ!」

 その本人は私の気持ちなんて汲んでくれない。

 「あなたのところにいる養子を私に頂戴よ! 私と縁談しよ!」

 その一言でだけで、私の中の沸点を越えてしまった。

 

 「もう一度言ったらぶち殺す。」

 

 その殺気にあてられたのか、目の前の人物はさすがに怖気づいた。

 「い、いや。ごめんて。」

 私の殺気に、目の前の馬鹿だけでなく、店内の人々すべてが当てられてしまい、気まずい空気が流れてしまった。

 殺気をしまい込んで、気持ちを冷却する。

 はあ。

 早く来てくれないかなあ。

 その気持ちが届いたのか、お店の入り口が開いた。

 当の人物は、昔から容姿が変わっていないし、服装も落ち着きがあるものを着る傾向がある。

 丸渕メガネ、ショート、カーディガンを羽織った女性が店内に入ってきた。

 そして、こちらに気づくと小走りでこちらに来た。

 「ごめん紅葉ちゃん、遅れちゃった。」

 「問題ありません。それにそちらの近況を察することができないほど頭は悪くないつもりです。」

 「相変わらず堅いよ、紅葉ちゃん。それに、実際遅れたときは謝るのが普通でしょ?」

 「あなたの律義さには、負けますよ。東雲様。いえ、これからはウェイン家の奥方というべきでしょうか?」

 「うふふ。どっちでもいいわよ、紅葉ちゃんなら。それに立場的な意味合いなら紅葉ちゃんの方が一番高いんだから。」

 「私は四乃宮家に仕える一介のメイドですよ。」

 「表向きは、でしょ? 本当は四乃宮家のために実務もこなしているじゃない?」

 「最近は、次女の方の会社が軌道に乗りましたから、そろそろ実権を譲って本物のメイド業に戻ろうと思っているところです。」

 「ああ、社長のことね! 仕事ではお世話になってるわ。あの年でコロニー3のトップ企業に食い込む実力者になって、すごいわよね。」

 「他人ごとのように言っているけど、あなたの勤め先じゃない?、工場長?」

 「あははは。今は彼女が出している論文の査読と並行して仕事を進めてるわよ。」

 「シノちゃんさ、昇進とか考えなくていいわけ? ウェイン家の奥方の出世を邪魔する形になるのよ?」

 そこでなぜか東雲が胸を張って答えた。

 「大丈夫! 旦那には、好きなようにさせてもらう、って言ってるから。それに紅葉ちゃんの意思を汲めないほど短い付き合いじゃないわよ?」

 うれしいような、申し訳ないような………。

 この東雲アズサは、私の数少ない友人だ。

 この関係ももう少しで20年になるのか。




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