第6章

 その後、お店から二人で出た。

 もう一人?

 知らんな。

 お店側の都合?

 不味いコーヒーを出したからしかたないでしょ?

 「付き合う前に『私を倒せたならお付き合いを許可してあげよう』ってやってみたかったなあ。」

 その言葉にアズサは苦笑いした。

 「それだと一生現れないよ。紅葉ちゃんを倒せる人なんて………。」

 「そうですか? 少なくとも、魔法は使いませんよ?」

 「それでも、十分強いと思うけど。」

 まだまだ世の中を知らないようだ。

 「我が家では、二人は魔法無しで———。」

 「そこを基準にしちゃいけないよ、紅葉ちゃん。」

 いえ、私に鍛えられれば私と同格くらいにはなりますよ、と言いたいだけです。

 まあ、その話はおいておこう。

 「それで、これからどうするの?」

 「正直、いろいろ不安があるけど、昔のように悩むことはないかな。困ったときの友達もいるし。」

 「私は、ベビーシッターではありませんよ?」

 「そうじゃないよ。でも、話し相手くらいにはなってよ?」

 「———その程度なら。」

 お互いに笑いあいながら、外の風に当たる。

 最寄りの公園のベンチに座る。

 すでに、時間は夕暮れ時だ。

 人口の太陽が、光量を調整し始めた。

 自然の光、それも本物の太陽でもないのに。

 夕暮れ時の日光は、どこか寂しさを感じる。

 「ねえ。」

 「なんですか、東雲様。」

 「どうして、防衛局やめちゃったの?」

 …………。

 「以前に答えたはずです。四乃宮家当主、真衣お嬢様に仕えるためです。」

 「それは表向きの理由でしょ?」

 ほんとうによく見てる。

 「本当は、お父さんを犠牲にした防衛局に辟易したから、でしょ?」

 「………。」

 嫌というほど、理解されている。

 いや、それほど私が単純なのかもしれない。

 「それを言ってどうしたというのですか?」

 「………私の夢が一つ消えちゃったから、嫌味を言いたかっただけ。」

 「夢、ですか。」

 夢なんて見たことなかった。

 「私ね、紅葉ちゃんの戦闘の役に立ちたかったの。」

 「………初耳ですね。」

 「そうね。言ってなかったから。」

 私の肩に頭を預けて彼女は語りだした。

 「当時の紅葉ちゃんって、軍学校では人気者だったんだよ? 防衛局に突然現れて、強者で編成されたチーム『特務隊 零』に私たちと同じ年代の子がいる、って。」

 「それも初耳です。」

 「それはもうすごかったよ。週に一回の模擬試合が私たちの間で映し出されたとき、みんな映像に釘付けになったんだから。」

 「そんなすごいものでもなかったでしょうに。」

 「それを言ったら、当時の私たちががっかりするわよ。だって紅葉ちゃんって、当時の隊長である、あなたのお父さん以外ほぼ完封させるくらい圧倒的してたから。」

 「………。」

 「だから、そんな人の手伝いができればいいなあと思ったの。今にして思えば、私は行動派だったのね。運動とかはドンクサイくせに、防衛局の侵入路の確保を徹底的に調べ上げたりしていたから。なんとしても、あなたに会いたいって。」

 「突然、来られた身にもなってほしいわ。」

 「ふふふ、でも紅葉ちゃん。あの後も心配してくれて工場に時々、顔を出してくれたりして、うれしかったなあ。ぶっきらぼうだけど面倒見のいい人。遠い存在と思っていた人が近くに感じられたわ。」

 「同じコロニーに住んでいるのならすれ違うくらいあるでしょ?」

 「そうじゃないけど………。それに普通に会話なんてできるものじゃないのよ。」

 「わからないわ………。」

 「そうだと思った。」

 少し、あきれたような表情をして腕にしがみつかれた。

 腕から伝わる温もりは、なんとなく居心地の良さを感じてしまった。

 「防衛局でも知らない人がいないように、軍学校でもあなたを知らない人はいなかったのよ。だから、私はいつの日かあなた専用の武具を作りたかったの。でも、あなたはあそこから、去ってしまった。」

 「———私は、あなたの婚約者と違って優しい言葉をかけれないわ。」

 「紅葉ちゃんはそれでいいの。だけど、罰は受けてよね。」

 「罰?」

 「ええ。」

 そんなもの受ける義理なんてない。

 「あなたのお父さんが亡くなったとき、私はあなたのそばにいるべきだった。でもね、最初にあなたを見たときに、目も当てられないほど壊れていた。その事実から私は目を背けてしまった………。あなたを一人にしてしまった。」

 「私は、一人ではありませんでしたよ。四乃宮家の方々に———。」

 「私が行っているのは、肩書きで支えあう人たちじゃなくて心から支えられる人のことよ。少なくとも、あの時の判断を、私は後悔したわ。だって、自分が必要なときに手を指し伸ばしてくれた人に、助けられないからって、最初からあきらめてしまって、手を指し伸ばさなかった。」

 「………。」


 「だから、これは私に対しても罰。

  これからも、紅葉ちゃんを一人にしないから。」


 面倒な友達をもったなあ。

 でも、口元は意図せず笑っていた。

 「大丈夫ですよ。うちには、一人になるどころか、問題ごとを持ってくるお転婆娘や、社長になったのにもかかわらず、ぐうたらな破綻者や、………嫌になるほどお父さんの面影がある養子がいますから。」

 「それでも、この瞬間だけでも紅葉ちゃんと一緒に———。」

 「これから、母親になる人が甘え事ですか?」

 「いいの。お互い友達なんだから弱さを見せてもいいのよ。」

 その言葉に少しだけ救われた気がした。

 だから、アズサの反対側の肩を引き寄せた。

 「ありがとう。」

 お互いくすぐったい関係ではあるものの、これからも付き合いは長くなっていくのだろう。

 私の友達は、最高の友達だ。


 今でも思うことがある。

 お父さんは、私を置いていったのか。

 お父さんのいない世界なんて、なんの価値も見いだせないのに。

 だから、私は———。





 「ねえ、聞いた? この前の結婚式。新婦のスピーチであの伝説のヒーローが読み上げたらしいわよ。」

 

 「久々の表舞台に出てきたらけど、相変わらず綺麗だったね。」


 「新婦と友達だったらしいのよね?」

 

 「途中で乱入してきた、うるさくて騒がしい人を片手でぶん投げてるのにはドン引きしたけどw。」


 「でもさ。」

 

 「あのスピーチ。」

 

 「よかったね。」

 

 「新郎新婦も泣いてたけどさ。」

 

 「言っている本人が笑いながら、泣いてて、こっちも泣いちゃった。」

 




 「………ところでさ、その招待された四乃宮家みた?」

 

 「長女は今年で18歳だっけ? その割にお転婆だったわね。これから防衛局の所属になるのに大丈夫なのかしら。」

 

 「次女はもう会社の社長でしょ? すごいわよね。新婦の上司だって。」

 

 「でもね、私。20年前を知っているから違和感があるの。」


 「私も感じたわ。あの空間の中で当時を知っている人なら誰だって、固唾をのんだわよ。」


 「あの顔を見たときに、誰だって咎められている気にもなるわよ。」

 

 「だって、拾い子だって言っていたあの子———。」

 

 「紅葉さんのお父さん———。」

 

 「当時の『甲斐田悠一』さんに瓜二つなんですもの。」

 

                             初めての友達編 完

 


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