第5章

 目が覚めると知らない天井があった。

 一面の白。

 その空間はまるで色を忘れたかのような場所だった。

 そして、私が寝ているベッドの隣にはさっきの男がいた。

 彼からは生きているのか疑問に思うほどの静けさがあった。

 呼吸すらしていないのでは?、と思うほど彼からは音を感じなかった。

 だが、他にも疑問があった。


 あの時、私は確かに胸を貫かれた、はずだ。


 それなのにどうして私はここで横になっているのか。

 何より生きているのはなぜだろう。

 ふらつく意識と力が入らない体を起こそうとして違和感に気がついた。

 「何これ。」

 今まで肌の色が白だったはずなのに、白色ではあるものの、肌色に変わっていた。

 何より、胸に開いていた穴がない。

 そこで初めて音が聞こえた。

 正確には、しゃべり声だった。

 「まさかこんな現象を見るとは………。」

 「次世代の新種。」

 「———めんどくさい。」

 どこからともなく声が届いた。

 音の発生源をたどるようにベッドから覗き見ると黒装束の集団がいた。

 正確には3人だが………。

 見ていることがすぐにバレ、口々に会話を再開し始める。

 「起きた。」

 「———めんどくさい。」

 「麻酔は完璧。」

 「体質?」

 「不明。」

 「———めんどくさい。」

 「現に甲斐田殿は起きていない。」

 「———めんどくさい。」

 「彼女の特異的体質が一番説明しやすい。」

 口々にいろいろ言っているが、姦しい。

 「こ、この体の鈍い感覚はあなたたちの仕業?」

 声を振り絞って、疑問をぶつけてみた。

 「麻酔条件でもしゃべれる?」

 「効果はあるもののスパンが短いと見た。」

 「はあ、めんどくさい。」

 「それに言語機能も認知している。」

 「意思の疎通ができるのか。」

 返答に対して回答がない。

 そう思っていると一人が近寄ってきた。

 必死で防御姿勢を取ろうとするが体が痺れて、うまく動かない。

 魔法も、魔術回路が機能していないのか時間を止めることができない。

 そうやって、もたついていると、抱きかかえられた。

 「は、はなして!」

 必死に抵抗するものの体をばたつかせることしかできなかった。

 「生きがいい。」

 「一本釣り、ププッ。」

 「めんどい。」

 馬鹿にされていることだけはわかるが、なぜか敵意は感じない。

 そう思っていると、なぜか隣のベッドに寝ている男のところに連れていかれた。

 そして、彼のベッドの掛布団の間に入れられた。

 「は?」

 頭の中が疑問譜だらけになった。

 「依頼達成。」

 「あとは帰るのみ。」

 「メンド。」

 そいって、三人組は去っていく。

 その中の一人が私の方を振り向いてぼそっと呟いた。

 「………めんどくさくても、彼に感謝するといい。」

 そういって去っていった。

 何が何だかわからない。

 しばらく、じっとしていたら再度の眠気に襲われた。

 そうして眠りについた。

 なぜか落ち着く感覚にとられながら自然と体を預けてしまう。

 そんな中、不思議なことに気が付いた。

 あれだけ渇望に似た食欲がなくなっていたこと。

 そして自分のうちにかすかな鼓動を感じていたこと。




 目を覚ますと、すでに彼が目を覚ましていた。

 そして、なぜか私をあやすようにやさしく抱いていた。

 「な、なにを!?」

 「あ、目を覚ました。」

 そういって、抱いていた私をベッドに座らせた。

 少しその手が離れることに寂しさを感じたが意味が分からない状況で安心している自分自身を正す。

 疑問をぶつけなければ。

 「………私はどうして、生きているんですか?」

 知らなければ。

 ことと次第では逃げなければならない。

 そう思い、身構えた、が。

 「そりゃあ、助けたから生きてるんじゃない?」

 まるで当然と言わんばかりに言ってのける目の前の男が怖かった。

 「でも、胸を貫かれたような感覚が………。」

 「ああ、爆弾は取り除いていたよ?」

 あれは、私の中の爆弾を取り除くため?

 「………。だとしても、そんな一瞬でふさがるような傷じゃ………。」


 「そうだね。まさか、僕のを入れた瞬間に自動再生するとは思わなかったなあ。」


 は?

 この男は、なんていった?

 「し、心臓? 入れた?」

 「そう。心臓を移植した。」

 そういって彼が羽織っていた服をずらすと胸の部分に縫合した痕跡があった。

 「それじゃあ、あなたは………。」

 「今、最新の人口心肺で生きてる感じかな。」

 意味が分からない。

 そんな見ず知らずの他人を助ける理由なんてないはずだ。

 「あ、それと君についていた爆弾も入れてもらったから。」

 「はあ!?」

 ますますわけがわからない。

 「君を生かしておくためだよ。そうしないと、上の人たちが納得しないから、ね。」

 つまり責任を自分の命と引き換えで取ったということだ。

 「なんで―——。」

 その言葉を遮るように、


 「これからは、君は僕の娘として生きていくことになるからね。」


 もはや言葉が出なかった。

 娘。

 そういったのか?

 「君はこれから甲斐田と名乗って生活するんだよ。」

 「意味が―——。」

 「でも、名前はどうしようかな。」

 「話を聞け!」

 そういって彼の頬を叩いた。

 彼の頭がグラついた後で、何かを思いついた顔になり、

 「これはいいね。君の名前は紅葉(モミジ)だ。うんうん、いい名前だ。」

 もはや、勝手に決められた。

 落ち着くために一呼吸入れて、

 「どうして紅葉なんですか!?」

 そういって再度疑問とビンタをかます。

 そういうと、彼が叩かれた頬をおもむろに見せると疑問が消えた。

 そこには真っ赤な手形があった。

 「それにね、鏡を見てごらん。」

 「?」

 出された手鏡を見ると変化したのは肌の色だけではなかったらしい。

 ボサボサだった髪が整えられているのはいい。

 だが、髪の色が朱色になっていた。

 色鮮やかなほどの紅と朱。。

 「どうやら、移植すると人間に近くなるみたいだね。おかげで普通に触れられるよ。」

 そういって髪をなでられた。

 子供扱いされているようで、ムッとしたがなぜか抗えない安心感があった。

 「体に異常は?」

 「知らない!」

 もはや条件反射で怒鳴ることしかできなかった。

 そういって対面したときに気が付いた。

 「目の色が違う………。」

 先ほど見たときは私と同じ赤い色だったが、今はまるで死人のような色彩が薄く、白く濁っていた。

 「ああ、これ? 体質だから気にしないで。」

 体質で片づけていいのだろうか。

 「あ、コーヒー飲む?」

 「え?」

 どこからともなく、カップに注がれた黒い液体が出てきた。

 においだけはいいいが、見た目は毒そのものだ。

 「そう警戒しなくてもいいよ。君、モミジちゃんように調整したものだよ。」

 その言葉に促され、カップを受け取り恐る恐る飲んでみる。

 が。

 「うへっ、苦い。」

 おいしくないのだ。

 「うーん、僕はブラック派だからな………。砂糖でも入れてみるか。」

 またどこから取り出したのかいくつかの白いキューブが空中を舞っていた。

 それを一つ入れスプーンでかき混ぜてもう一度渡された。

 それを口に運ぶと、

 「………甘い。」

 美味しかった。

 そして、手足の寒さが無くなり温かくなっていく。

 「なるほど、モミジは砂糖派だね。よかった。これでミルクを要求されたらどうしようかと思った。」

 どうやらミルクはないらしい。

 ゆっくりと飲んでいくと眠くなってきた。

 「あれ、カフェインレスとはいえそこで寝ちゃう?」

 どうやら、予想外らしい。

 夢現に、彼の声が聞こえてくる。

「しかたない。行政区のお役人もそろそろ帰宅しちゃいそうだから、手続き諸々済ませに行こう。」

 そういうと、彼は私を優しく抱きかかえてこの白い空間を後にした。

 先ほどまで敵同士だったのになぜだか異常なほど安心感があり、私は彼の胸の中で再度の眠りについた。




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