第4章

 『わかっているな?対象を的確に殺せ。』

 画面向こうにいる男から再度の通信が入り、気が滅入る。

 いつの間にか私は回収され、今は何かの機械の中だろうか。繭状の機械に自分が収まっている。

 外界と完全に隔てられているせいか、暗闇の中で光が一切ない。

 振動が不規則に伝わってくることから移動しているのだろう。

 目に何か打たれたのか、瞬きしても画面と声は消えてくれない。

 『次の標的は、絶対に油断できない。心せよ。』

 それなら、なぜ私にやらせるのか。

 自分たちでやればいいのに。

 臆病どもめ。

 『失敗したら、お前の体内に入れている爆弾が爆発するだけだ。』

 言われなくてもわかってる。

 耳障りな声だ。

 吐き気がする。

 お腹が空く。

 『あと十分で目的地に到着する。備えよ。』

 うるさい。

 心の中で思っていても、声が出ない。

 ………声を出せない理由なんて言うまでもない。


 今でも意識を集中すると聞こえてくる胸の中で鳴る金属音。


 死ぬのが怖い。

 死にたくないのだ。

 生への渇望。

 なぜなのかわからない。

 でも、このまま終わりたくないのだ。


 だから、少しでも可能性がある方を選択するしかない。

 『時間だ。射出するぞ。』

 機械の繭が開いて光が入ってくる。

 その光に瞼が勝手に半開きになり、手で遮る。

 どうやら高速で地面と平行に移動する機械の中に入れられていたようだ。

 頬をきる風とまたあの焦げるような熱を肌で感じながら身を任せる。

 そのあとすぐに空中に身を投げ出された。

 



 投げ出されたところから歩いて二時間の距離にコロニー3の地上ブロックが見えてきた。

 看板には地上東ブロックと表記されていた。

 『そのまま進め。』

 忌々しい声が耳から聞こえる。

 どこから見ているのかと思ったら、後方の空にドローンが飛んでいた。

 いやらしい。

 こそこそみられるのは嫌な感じだ。

 舌打ちの一つでもしたいところだが、相手に命を掴まれている状況でやるには何の得もない。

 素直に従うことが今は賢明な判断だろう。

 指示に従い、地上東ブロックの中に踏み入ると、そこでは大規模な建築工事を行っていた。人の入り乱れが激しく、だれがだれだか認識できないほどだった。

 長期戦になると踏んで今のうちの目の前にいるエネルギー源をとっておく必要があるだろう。


 の時間だ。


 そこで指を鳴らした。

 パンッ。

 その音と共に世界が停止した。

 正確には違う。

 私以外の物が停止したのだ。

 動かなくなった世界でドローンに向けて舌を出す。

 無駄な行為だが、このくらいはしておきたかった。

 あいつらをいつかぶっ潰してやる。その覚悟が揺るがないように。

 そのくらいにしておいて、仕事前の食事をしなければならなかった。

 まずいが仕方ない。

 そう思って、適当に間の前にいた人に齧り付こうとしたその時だ。

 

 停止した世界で足元に何かが飛んできたのだ。

 

 飛んできたものは鉄パイプだった。

 驚きの感情で頭が真っ白になった。

 「それはダメだよ。」

 声は優しく、諭すように話しかけていた。

 真っ白だった頭から情報の混線が起き、私は困惑した。


 どうして、この停止世界で声が聞こえるの!?


 そう思っていると、声の主である人がいつの間にか私の前に立っていた。

 私と同じ赤い瞳が、私を見ていた。

 あることに気が付いた。

 その顔はさっきまで見せられていた標的の顔だった。

 だが、すでに決め手である技、時間の停止は意味をなしていない。

 時間こそが最大の私の武器なのに………。

 「どうして………。」

 疑問が頭の中で納まらず声に出てしまった。

 その問いにまた優しく答えてくれた。

 「確かに時間の停止、いや時間と時間の間に他人に認識できない新たな時間帯を作るといったところかな? でもその中で君は動けている。なら同じ条件にしてしまえば、僕も動けるようになるのは自明の理だろ?」

 まったくわからない。

 「え、そんな顔しないでよ………。実際にできたから、この理論はあっているってことでしょ?」

 確かに。

 しかし、すでに打つ手がなく硬直してしまった私を目標は見下ろす形で立ちふさがり、何かを観察するように深々と見入っている。

 目線の高さをわざわざ合わせるために、膝を折って見入ったのはこの男の礼節だろうか………。私を凝視する眼を徐々に細めて、少しだけ寂しそうな顔になったのは気のせいだろうか………。

 細めた目を一旦閉じて明るく切り出された。

 方針を決定したのか立ちすくんでいる私を見て、

 「………よし決めた。」


 その言葉と共に私は胸を彼の腕によって貫かれていた。

 それと同時に意識を失った。





 モニターから様子を見ていた男たちは焦っていた。

 さっきまで中継していた彼女が消えたのだ。

 音もなく、光もなく、ましてそこに予兆などなかった。

 瞬きをした瞬間にまるで存在しなかったように消失したのだ。

 その後、飛行していたドローンも謎の通信不良で映像がブラックアウトした。

 「どうなっている!?」

 「わかりません!」

 「敵に捕らえられたのか!?」

 「判断できません! だって、消えたんですよ!?」

 「少しはわかることを整理して報告しろ!」

 「無理言わないでください!」

 「自爆ボタンを押すべきでしょうか?」

 「だが、これがあの男の能力だとしたら無駄になる!」

 「しかし、追跡されることだけは避けなければ!」

 そんな混沌とした場に似つかわしくない声が響いた。

 「こんにちは、皆さん。」

 その声の主は、ゆっくりとそれでいて穏やかに殺気を放っていた。

 先ほどまで、言い争っていた声が一つもなくなり、ただただ静寂が訪れていた。

 「注目していただきありがとう、と感謝の言葉を述べておくよ。静かにしてくれたおかげで声が通りやすくなった。」

 そんな能天気なトーンと裏腹に重力を倍増されたかのような気だるさ、呼吸の粗さ、心拍音の増大を我々は感じていた。

 「な、なんでここに………。」

 誰かが絞り出すように声を出していた。

 なぜなら、先ほど彼女に襲わせるように指示した標的が目の前にいるのだ。

 「ええ? いまさらじゃない?」

 その男は、さも当たり前のように語った。

 「ドローンを飛ばしているなら、操作するために約1キロ付近での操作、および中継器が存在しているはずだと思ったからね。今回は後者だったけど、中継器をたどってきた先でここにたどり着いたってこと。おわかり?」

 だとしても、こちらはまだ仕掛けていない。気づかれる事柄は何もないはずだ。

 「何事も予防が第一だよね? 異変を感知できるのが仕事をしていくうえで大事なことだよ? まあ、こんな狭い室内に籠っていてもわからないよね?」

 うんうんと、勝手に頷いた男は何の気もなしに腕を軽く振った。


 それだけで対面していた人の頭が飛んだ。


 「ひっ!」

 「いやー、焦ったよ。まさか、刺客に彼女を送ってくるなんて。」

 握りこぶしを作り、まさしく正拳突きをしたことで体に穴が開いた人がいた。

 「でも、まあこういったこともあるのが人生って思ったね。」

 片腕を掴まれ勢いよく投げ、壁で破裂した人を見た。

 「感謝してるけど、君たちのせいで多くの人が死んだんだ。覚悟してね?」

 一連の光景を見て誰かが呟いた。

 「―——化け物だ。」

 いや、それは最後である自分の口から出たものだった。

 その言葉に対して、彼はひどく冷たい声で返答した。

 「化け物は君たちだろ?」

 そういって、ためらいなくその腕が振り下ろされた。




 静かになった空間の中、肺に貯めていた空気を一気に吐き出す。

 「ふぅー。」

 負傷していたことを悟られないように演技していたとはいえキツイものがあった。


 特に右腕が。


 「まさかね———。」

 襲撃者である彼女の胸からちらりと見えた移植痕からなんとなく察してしまい、内側にあった爆弾を抜いてきた。

 実際、その通りだった。

 だが、その時に彼女に触れてしまった。


 おかげで右腕のホログラムが剥がれてしまった。


 今も右腕のホログラムは元の形状を保つだけで精一杯だった。

 集中力を駆使してもこの状況なのだ。

 少しでも気を抜けば右腕のホログラムだけでなく右腕自身が破裂することになる。

 「はあ。こんな時、みんなのような体があればなー。」

 ないものねだりは無意味なことだが、思わずにはいられない。


 彼女が、人間を型取った【ホワイトカラー】だからこそ、僕にとっての脅威だ。


 とにかく、今回の件はこれで終了とみていいだろう。

 だけど問題は山積みだな。

 今回の件でドローン対策として防衛局側にセンサーの感知範囲を上方向に伸ばさないといけないことが分かった。

 それに、このデータを他のテロリストたちが見たら絶対に数の暴力で襲撃をかけるだろう。

 次の議題で取り上げよう。

 あの剣崎が予算を取られそうな案件を飲むかは謎だけど………。

 それよりもだ。

 次は、ちょっと荷が重いことをしなければいけない。

 以前、世界の管理者と話す機会があった。

 その時、話していたことが真実ならいいのだが………。

 「あ、北条さん? 次の座標に来てくれない?」




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