第16章

 知里と合流したのち、基地の外へ出た。

 隊長曰く、手を振れば迎えに来るとのことだ。

 何かの隠語だろうか。

 とりあえず、地球に向けて手を振ってみた。

 「待ってたよ、健吾君。」

 ………本当に、隊長がそのまま現れるとは思っていなかった。

 まるでふらっ、と散歩しに来た感じでここに登場した時はめまいがした。

 知里に関しては敵意むき出しだった。

 「なんで、このガキがここにいんのよ!」

 隊長はそれを面白がって、からかいだした。

 「健吾君との仲が近しいから遊びに来たんじゃないか。ねえ、健吾君?」

 その後、知里が猫のように警戒し始めたときはどうしたものかと思ったが、何事もなく無事に帰還できた。

 北条さんたちも、隊長の采配で無事に救助していたらしい。


 こうして俺の『特務隊 零』の初任務は無事に終了した。


 が、影響は多岐にわたった。

 『MOTHER AI』に依存していたコロニー社会は混乱の渦に巻き込まれていた。

 本体の破壊によって、つながっていた【AI】たちは機能停止となった、

 この問題に対して、特に有望な人材を求めているコロニー上層部からは問題視されていた。

 自然な状態に戻ったはずなのに、人類は自然の流れに負けようとしているのだ。

 この事象に対して二か月後、北条さんが新たな【HOPE AI】を導入することでこの騒動の鎮静化を行い、コロニーの運用がもとに戻り始めている。

 違うのは、決定権は各コロニーの防衛局最高顧問が行うということだ。

 再び、人の手に決定権が戻った。

 それがいいことなのかわからないけど。

 この事象に関して、俺は責任を感じているかと問われれば全く感じていないと返すだろう。

 コロニー3を引き換えにするなら人類を敵に回す方がいい。

 ただそれだけだ。

 正確に言うなら、知里のためなら何でもできるだけだ。

 どうにも、僕は彼女に惚れていたらしい。

 どんな時も、付き合いが長い人がそばにいてくれるだけで落ち着くものだ。

 いなくなって初めて気が付いた。

 別に、彼女のどういった部分が好きとか、そんなんじゃない。

 ただ、彼女のいない世界はつまらない。

 それだけだ。

 ………掃除は覚えてほしいが。

 いや、料理も覚えてほしい。

 洗濯物の畳み方?

 その前に、生活習慣?

 カップ麺だけの生活はダメ、絶対!

 早寝早起きは基本中の基本。

 



 「新しく、こちらに配属になった月下知里です。よろしくお願いします。」

 そういって、知里は隊長に向かって中指を立てた。

 それを見てゲラゲラ笑っている隊長。

 僕と同じように、慌てふためく北条さん。

 あの事件から一年が過ぎ、知里は『特務隊 零』に転属してきた。

 あの後、何度も世界の危機に駆り出されてコロニー3へ帰投するなり、すぐに招集がかかり、また遠征に入る。

 本当に激務だった。

 それに対して、知里が業を煮やして転属依頼を出したのだ。

 ………あと仕事を理由に浮気していないか疑っているらしい。

 確かに帰ってくるのが不定期になってるし、仕事の調整ができないから、朝帰りもしてるけど。浮気できるほどモテたためしがないし………。

 「甘い! 受付嬢の話とかを聞いてると、毎回上位に健吾君の名前が出てくるの! これは危険の兆候!」

 え! ついに俺にもモテ期が!

 「浮気したら、そいつを殺してさらしてやる。」

 ———知里ならやりかねない。

 「健吾君は、私だけ見ていればいいの!」

 そんないじらしいことを言っている知里がかわいくて、俺は彼女が好きなんだと改めて思った。

 こんな幸福な時間がもっと続いてくれればいいのに。




 わかりきっていたことだ。

 俺たちは自覚が足りなかった。

 これから起こる顛末は、自分たちが引き起こしたことだった。

 釈明の余地などない。

 生きている人類は、また罪を背負った。

 無知。

 本来なら、自分たちで解決しなければならないことだった。

 それを自分たちで行わず、丸投げしていた。

 人類の存亡や生存競争を一個人に背負わせるなど愚行の極みだ。

 甲斐田悠一。

 だが彼には、知識があった。

 力があった。

 人類の調停足りえる良識を持ち合わせていた。

 だから。

 その善意に我々は漬け込んでいた。

 ………いや、これは醜い言い訳だ。

 俺達の無自覚な悪意だ。

 だから、いずれ皺寄せが来るのはわかりきっていた。

 しかし、目を反らしていた。

 彼が生きていることを。

 彼にも本来あったであろう、楽しみ、したかったであろうことを剥奪させていた。

 彼は希望でもあり被害者でもあった。

 彼の生きた道は短すぎるものであり、ほぼ全人類のために捧げてきた。

 他の道もあっただろう。

 だが、彼はそれを『良し』としなかった。

 なぜなら、自分ができることを無視せず、実直にこなす胆力を持っていた。

 それでいて困った人には手を差し伸べていた。


 そんな聖人を、

 我々は、

 死ぬまで、

 利用した。


 そして、

 使えなくなったら、

 当然のように廃棄した。


 ああ、これは当然の罰なのだろう。

 友を称していながら、もらうことに疑問を持たず、与えることができなかった。

 だからこそ結末は悲惨になった。

 どうか、我々の罪を―。

 

 赦さないでくれ。

 


 3068年 3月 『黒い雨事件』発生。

          『特務隊 零』隊長 甲斐田悠一  (享年19歳)

          『特務隊 零』隊員 北条蒔苗   (享年×××)

          『特務隊 零』隊員 月下健吾   (享年27歳)

 




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