第14章

 出口から這い出ると、そこは製造工場だった。

 正確に言えば、人類の生産工場だった。

 遺伝子操作によって、強い個体を作り出し、各コロニーへ送りこむ。

 人類の存続ために。わかっていたが、この光景を目にするとめまいがする。

 自分もこの中の一つなのだと。

 ただの実験児なのだと。

 ………ただの製造品なのだと。


 『わかっているのか?』


 『MOTHER AI』が語りかけてくる。

 「何を?」

 最後の礼儀として、聞いてみる。

 『私がいるおかげで、人類は存続できている。ここで私を破壊すれば、人類は外界の敵の進化についていけない。つまりは破滅だ。それでもなお、私を破壊するのか?』

 「狙ってきたのはそっちだろ?」

 『貴様が、人類の脅威足りえるからだ。力とは一極集中させてはいけない。それも人類の守護を目的とするものではなく、人類を殺すことに特化したものならなおさらだ。』

 「別に俺は平穏な日常を送りたいだけだ。」

 『人間の言うことなど取るに足らん。嘘などいくらでも言える。』

 ロボット工学の第三原則はどうした?

 一つ、人間に危害を加えてはならない。

 一つ、人間からの命令には従わなければならない。

 一つ、上記二つに抵触しない範囲で自己を守らなければならない。

 でも根本的に俺は許せないことがあった。

 「それにな、知里を人質にしたな?」

 『茅野知里は、最も優れた魔法使いだ。本来であれば、お前の残り一つの回路に茅野知里の回路を組み込むつもりだった。』

 ………つまり、俺を使って知里を殺させるつもりだった、と。

 その言葉で、ためらいが無くなった。

 結果として、このAIは、俺達の施設から逃げた大人と同じだ。

 俺たちに危害を加える嘘つきだ。

 『しかし、お前が人類の敵となった以上、始末しなければいけなくなった。』

 周囲のカプセルが開き、【ホワイトカラー】が出てくる。

 いや、『MOTHER AI』に操られている人形だ。

 「こんなものまで………。」

 だが、教本で見たことがある【ホワイトカラー】と違う。

 覇気がなく、生命の息吹を感じない。

 『命を刈り取るなら、命のない無限再生する人形と相手をしてもらう。』

 その獣たちは肉の壁となり、『MOTHER AI』への道を完全に断った。

 動かなかったわけではない。

 動けないのだ。

 『空の肉体でも、魔力を流し続ければ強靭な障壁を構築できる。思考こそ獣だが、飢えた猟犬並みに獰猛だ。』

 お腹が空いているのか全員こちらへ飛び掛かってきそうなさっきに満ちている。

 そして『MOTHER AI』の方向からポッと間の抜けた音が聞こえた。

 『私は失礼する。ここは衛星によって滅却される。』

 その言葉と同時に、何かが撃ちあがる音が響いた。

 「逃がさない!」

 だが、この獣たちもこのままにするわけにはいかない。

 多重の防御壁を展開させられ行く手を遮られた。

 完全に足止めされた。




 衛星は順調に向きを変えて月面基地に標準を合わせていた。

 すでにチャージは終わっている。

 あとは、月下健吾がそのまま焼かれるのを待つだけだ。

 先ほどの戦闘データからおそらくそこまで足止めはできないだろう。

 ゆえに基地にある全人形の投入となったが問題ない。

 すべて私が生きていれば、再開できることだ。

 『メサイヤの射角修正完了。』

 アナウンスが入った。

 月下健吾というバグは現れたが、誤差の範囲内だ。

 これからはこの理論をもとに人の量産を進める。

 『発射しろ。』

 『カウント5,4、3―。』

 問題ない。万事うまくいって―。


 『エラー発生。』


 このタイミングで異常?

 『内容を報告せよ。』

 『先ほど、衛生が正体不明の物体に衝突。甚大な被害が出ています。』

 『何がぶつかった⁉』

 『スクリーンに出します。』

 衛星の心臓部を一本の槍が貫いていた。

 その槍には見覚えがあった。

 いや、懸念していたことでもあった。

 衛星の方角を変えてはいけなかった。

 将棋の駒と同じで、相手の侵攻を妨害する駒を、詰め将棋よろしく王が来たため動かしてしまったのだ。

 『通信を維持できません。シャットダウン。』

 こんなでたらめをする相手は一人しかいない。

 『甲斐田。甲斐田悠一!』

 予想外の出来事があり、気が付かなかった。

 背後に死がいることに。


 月下健吾。


 どこまでも冷たい瞳は私をとらえていた。

 「これで終わらせる。」

 その言葉の前に、借り物の障壁を張り巡らせる。

 打てる手は最後まで打つものだ。

 だが、疑問が頭をよぎった。

 あれだけの障壁を彼はどうやって―——。

 「意味のないことをするな。」

 そういって、彼の刀の構えが変わった。

 振るわれる技術は音速をはるかに超えていた。

 肉眼ではとらえることができず、刃を見ることは絶対にできない。

 だが、残像は残る。

 それは、まるで灯の炎のように美しく揺らいでいた。

 バキッ、と音がした。

 それはフレームが壊れる音なのか。

 彼の肉体が限界を告げるものなのか。

 どちらも違った。

 

 次元の歪ができる音だった。

 

 彼は、空間が不安定になるように均衡部を振動させて三次元部に4次元部を作り出したのだ。

 その歪はすぐに世界によって修正される。

 だが、皺寄せがやってくる。

 境界面に触れているものはどうなるのか。

 答えは簡単。

 歪が閉じると同時に、私の頭は真っ二つになった。

 

 

「サッカーボールになって逃げようとするなよ。たどるのが難しいだろ。」

 もう聞こえてもいないだろうけど、ぼやく。

 大破したサッカーボールから液体が飛び散っていた。

 見ると中身が中身だけに眉をひそめた。

 「脳味噌だけで動いていたのかよ。」

 見るも無残な脳味噌がスライスされ何ともグロテスクな見た目になっていた。

 何はともあれ、これで障害は取り除かれた。

 あとは知里を見つけるだけだ。





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