第13章

 「師匠のように『刻一文』はできないな。」

 師匠の『刻一文』は一刻の間に斬撃を多重に重ねて放つから、痛みが来る前に死がやってくる技だった。

 あれは最初に教えてもらったけど、最も基礎的な技のわりに、最も難しい技だった。それに師匠は刃物を使わずにキセルで『刻一文』をやっていた。

 師匠にあったときに体得したのは7つの型のうち3つまでしか習得できなかった。

 ………文字通り体に教え込まれたけど。

 まさか、地獄はいくら傷つけられようが問題ない、って言いながら殺しに来るのは卑怯だと思う。何本もキセルが体に刺さってくるわ、キセルが弾丸のように飛来してきて一つでもあたると、その部位が壊死したり、挙句の果てに一本のキセルで魂と意識の剥離をされるところまでやられた。

 ………この右手にある刀は師匠からもらったものだ。

 正確には、最初に会った時に渡されたナイフを象った魔力だ。

 隊長からは説明がなかったけど、模造刀はある種の骨組みのようなものだ、と感じていた。中身のない溶鉱炉のようなものだ。

 だから、ゆっくりとナイフの魔力を注ぎ込み、馴染ませるために時間をかけた。

 ああ、でもさっきの戦闘はもう少し長引かせたかった。

 相手との死闘は、情報戦だ。

 どれだけ相手の手札を探れるか。どれだけ自分の手札を見せないか。

 花魁の師匠は、最小限の動きで殺しに来るから、読めないし、危険を感じたときには死んでた。

 ………甲斐田隊長とは、次元が違い過ぎて人対神みたいな印象を受ける。

 それに比べればあの四人はどうということはない相手だった。

 それと、今の殺戮を終えて少し変わった部分があった。

 まるで自分に足りてなかったものが、カッチっと嵌ったような感覚が………。

 それに自信を得るものはあった。

 本当にこの目を使わなくてよかった。

 自分の体に戦闘を覚えさせるためだったが脚は普通に動いたし、頭も回すことができた。

 問題なし。

 そう思って、一歩踏み出した時だ。

 忘れていたわけではないが、まだ敵地である。

 あたりに騒音と振動を振りまきながら何かがこちらに来るのが分かった。

 相手が、もし次に手札を切るのであればどうするか。

 ………。

 「そりゃあ、自らくるよな。」

 その問いに答えが返ってくるわけもなく、目の前に巨大な球体状の物が横通路を破壊してそのままこちらを押しつぶそうとしてきた。

 巨体の斜め上に鞘ごと刀を叩きつける。

 向こうの力のままに後方に吹き飛ばされながらバク転の要領で地面に着地する。

 出た場所は、基地内にある大きなクレータだった。

 改めて相手を見直すと、奇妙な形の物?だった。

 完全な丸型というわけではないが、炭素分子のフラーレンの構造を取っていた。

 《なにそれー?》

 ………サッカーボールの形だ。

 なぜだか、ここにいない知里が?を浮かべている様子が浮かんでしまった。

 気が抜けているのか?

 それとも知里との間にテレパシーでも目覚めたのか?

 いや、今は集中だ。

 改めて敵対者へのご対面だ。

 『MOTHER AI』の分隊だ。

 『ここで貴様を殺す。』

 どうやら、ここで終わらせたいらしい。

 ということは、『MOTHER AI』のコアが近いのだろう。

 わざわざ答えを教えてくれるなんて、なんて親切なんだろう。

 そう思っていたら、後ろから同様のサッカーボール型機械が現れた。

 ざっと30個くらいだろうか。

 反論させてもらう暇もなく、サッカーボールは転がる。

 地面を揺らしながら。

 そのなかで回転を数個やめた個体がサッカーボールの一つの面を開ける姿を一瞬だけ見て取れた。

 その姿を見た瞬間にとっさに体を捩った。

 横を小さなものがかすめていった。

 大きさは一センチにも満たない塊。

 その塊から、さらに極小の金属片がバラまかれた。

 「クラスター弾⁉」

 クラスター弾は、クラスター爆弾を超小型化した、対魔術師対策爆弾のことだ。

 広範囲、高殺傷力を備えた爆弾と思ってくれればいい。

 魔法使いが自分の周りに防護障壁を張ったとしても一度の攻撃で障壁は瞬間的揺らぎができる。何度も何度もその一点を攻撃されれば揺らぎは大きくなり穴が開く。

 だからこそ、短時間で何度も衝撃を与えられるクラスター弾は、障壁を破壊するのに最も有効な手だと言われている。

 微細な金属片をばらまきながら無機質な殺意が迫る。

 旧人類の名残なのだろうけど、そんな極微小なもので命を刈り取ろうとするなよ。

 認識するよりも早く体は動いた。

 捩じった体をバネの要領で地面へ蹴り上げる。

 先ほどまでいた空間に爆音と衝撃が走った。

 ゴロゴロと転がりながら、すぐに立ち上がり走り出す。

 その後ろを爆発が追いかけてくる。

 『貴様は、人間の相手であれば無敵。だが、人類でなければ貴様の強みは出せない。そのまま金属の飛来物で命尽きるがよい。』

 確かに今まで使っていた魔法は対人戦を前提としたものだった。

 このままであれば、打つ手がないかのように思える。

 だけど、そもそもどうして俺が魔法を使えなかったのか、を考えれば問題は解決するのだ。

 初歩的なことだった。

 例えるのであれば電気回路に豆電球やスイッチを搭載はしているものの、電池が搭載されていないようなものだ。

 ………この例えはよくないな。

 回路上に空白の空間があって通電しなかった。

 もしくは、通電するために必要な魔力量が足りなくて生かしきれなかった。

 僕の体に刻まれた魔術回路の作りは緻密でありながら杜撰だ。

 このことに気が付いたのは、魔力を扱うようになってからだ。体に魔力を流すと無駄に漏れていく部分が5つ存在したのだ。

 その漏れていく部分が今は1つに減った。

 これが意味することは………。

 急制動をかけて、一つの回路に魔力を注ぎ込む。

 爆発に一瞬にして飲まれた。

 が、何ともなかった。

 つまりは、思った通りだったということだ。

 

 体を纏う絶対の防御【金剛】。

 

 『MOTHER AI』の実験は思った通りに運んだらしい。

 

 俺は、他人の命を奪うことを前提として作られた【多次元(マルチ)】らしい。

 魔法は、一人一系統までの原則が存在する。

 まだ、解明されていないがそれがルールなのだ。

 その壁を取り払おうと、あらゆる研究機関が動いているが進捗はない。

 だが、『MOTHER AI』は答えを出した。

 器を用意して、他人から奪えばいい。

 実にシンプルな回答で、実に機械らしい答えだ。

 その成果が自分とは………。

 何とも言えない運命を背負ったものだ。

 『衛星角度修正開始。』

 不穏な言葉を聞いた。

 その前に、このサッカーボールを消そう。

 刀に別な回路でまわした魔力を乗せて斬撃を放っていく。

 斬撃の当たったサッカーボールは、ボロボロと脆く崩れ去っていく。

 【崩壊】は、触れた対象を崩壊させるのではなく、依代を介して選択させ、原子結合の一時的な機能不全のことだった。結合エネルギーを一時的に不全にするということは、物質の構造崩壊に他ならない。

 扱いづらいものだが、今は頼りになる。

 その間に【再生】を体に回す。

 【再生】は、ある時間を起点に負傷部を元に戻す作用のようだ。

 つまり、いまから回して行いと意味がない。

 ………【透過】は、この中でも扱いは断トツで難しい。

 下手をすると地面に埋まりかねない。

 座標計算も必要で、練習が必要なものだ。

 今使うのは得策ではない。

 よって、戦術はシンプルな方がいい。

 道具に頼る。

 魔法ベースの戦闘でなく、あくまで身体を基本としたものの方がいい。慣れていない魔法を切り札にするよりも堅実な作戦だ。

 そうと決まれば、行動あるのみ。

 あのサッカーボールが量産品である可能性が高い。

 ゆえに第二陣が来る前にここを走り抜ける。

 脚に力を込めて風のように突っ切る。

 前歩にすでに第二陣のサッカーボール群が迫ってきていた。

 ここで止まれば、また同じことの繰り返しになる。

 だから、速度は緩めない。

 いや、さらに加速させる。

 そして、直接触れる距離まで来たところでスライディングする。

 サッカーボール群の隙間をかいくぐっていき、登場口が閉まる瞬間に体を滑り込ませる。

 この道の行先はわかっている。

 『MOTHER AI』とのご対面だ。

 

 

 

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