第12章

 走りながら自分の体の状態を確認していく。

 走行からの体の疲労感、呼吸の乱れなどを見ていく。

 わかっていることとして、体が異常なほど感覚が研ぎ澄まされていた。

 状態としては最高といってもいいかもしれない。

 施設の外部に入れそうな扉を見つけたので中に入る。

 しばらく、通路沿いに進んでいくと大きな円形ドームに入った。

 それが罠だった。

 何気なく入ると、人が立っていた。

 ドーム中央に人が4人いた。

 「ああ、来ちゃったよ。」

 「そのまま、迎撃されてくれれば、僕たちの出番はなかったのに。」

 「仕方なし。」

 「命令通りに行動する。」

 目の前にいるのは男女の混合グループだった。

 一人目は、活発そうなショートヘアの女だった。

 二人目は、小柄だが体つきから歴戦の猛者であることが伺える男だった。

 三人目は、ガタイのいい男であり、巌といった感じだろう。

 四人目は、ポニーテールの静かな女だった。

「………どいてくれない?」

 無理なお願いだとしても、まずは対話しなければ。

 そう思っていたが、


 同時に殴りかかってきた。


 一人目蹴りを右に半歩でかわし、

 二人目のナイフを体の上体だけ右に傾けて腕で相手の軌道を反らす。

 三人目の正拳突きを三歩後ろに下がってその反動を利用して四人目にぶつけた。

 視覚の体感を引き延ばしてみたが、成功のようだ。

 相手の動きが読みやすい。

 だが、反撃の手が『今は』ない。

 正確にはあるが、この状況を俺は………。

 しかし回避だけでは目の前にいる集団はどうしようもない。

 「やっぱり、つよつよじゃん?」

 「この前まで、一般人って肩書嘘じゃん。ネームドの俺たち四人いても一対四で成り立ってるって感じ? マジで惜しいね。」

 「黙ってろ。目の前にいるのは『MOTHR AI』に敵対した者だぞ。つまりは敵だ。」

 「然り。敵を褒める暇があるなら、敵の急所を探れ。」

 どうやら、まとまりはないらしい。

 これで連携が成り立っていれば対処は困難だっただろう。

 運がいい。

 ………いや、違う。

 どうしても、緊張感を欠く。

 恐怖もなく。

 畏敬もなく。

 捌き方も対応できる。

 人の範疇だったからだ。

 

 彼らの動きよりも、もっと恐ろしい相手を知っているからだろう。

 

 だから、知里に使用した技は使わない。

 顔には出さないが、こちらもどこまで通用するのか試したくてうずうずしている。

 「それじゃ、本気でいきますか。」

 「時間かけてると、何されるかわかんないし。」

 「初めからやれ。」

 「………。」

 どうやら、向こうは、さっきの挨拶から本気の殺し合いをするらしい。

 だが、こちらの体はスムーズに動く。

 何もできないわけじゃない。

 目で追える。

 対応できる。

 この状況以上のこと目にしてきた。

 油断できないことはわかっている。

 本気でやらなくてはいけないのに。

 俺は、俺の中にいる自分が―。

 「フッ―。」

 薄く笑っているように、

 

 これから起きる命の駆け引きを楽しんでいた。

 

 芸のない突進をまたも繰り返す、敵対者を嘲笑うように。

 今までとは違う。

 肉体を鍛えるだけとは違う。

 魔法という願ってもない力が舞い降りたのだ。

 笑みがこぼれてしまう。

 死の危機があるというのに。

 楽しみながらも、相手の分析には全力を注ぐ。

 一人目の攻撃はなんとなくわかっていた。

 だから、振りかざしてくる右手をよけて、前腕部を模造刀の柄で弾く。

 「痛っ!」

 痛がっている間に模造刀を回して、鞘の部分で顔面を抉り上げる。

 そのまま吹っ飛んでいく。

 その間に二人目が追撃をかけてくる。

 「おりゃあ!」

 おそらく、搦め手。

 隙をついたつもりが罠にかけるタイプだ。

 そんな匂いのする曲者だ。

 さっきの攻撃を意識して繰り出したのだろう。

 だが、下手に干渉しないのが、セオリーだ。

 数には策を。策士には奇策を。奇策には数を。

 「?」

 どうやら、何もしてこない俺を訝しんだのだろう。

 「何をしている!」

 三人目がそのまま突っ込んできた。

 だが、逆に絡める。

 そう思って、脚をもつれさせるために少しだけ上体を下げて足蹴りをしようとしたが、途中で中断してそのままノックバックする。

 「直感の鋭い奴め。」

 悪態が聞こえてきたが、すでに四人目の気配を感じていたのでそのまま転がるように地面に滑り込み飛び掛かってくる気配を鞘で打ち上げる。

 その時に、相手の左目を抉ったが気にしない。

 気にしていたらこちらが殺される。

 体勢を元に戻し、バネの要領で起き上がる。

 「クッソ! 私のかわいい顔が腫れたじゃねえか!」

 「もともとそんなにかわいくないけどね!」

 「喧嘩売ってんの⁉」

 「まだ敵前だぞ!集中しろ!」

 「私はお前と違って治るから問題ない。」

 「クッソが!」

 四人目の左目は先ほど抉って血が出ていたはずだが、すでに完治している。

 おそらく【再生】だろう。

 一人目は触った対象を自壊させる【崩壊】。

 ずっと、俺の指先や回避しにくい首元を狙っていたから触ると終わると感じていた。

 それに地面に彼女が触れたところが変色しているのだ。これは【崩壊】で間違いないだろう。

 二番目の男は、不明だ。後回し。

 三人目は、絶対的な防御の持ち主【金剛】だろう。

 【金剛】は物理的にも魔法的にも絶対的な強度を誇る。

 つまり魔法でも物理でも聞かないのだ。

 下手に干渉すればこちらが負傷する。

 さっきから、この男は巨体に似合わないスピードでこちらに来た。

 最初は、よく鍛えているのだと思ったが違う。空気の抵抗がないのだ。

 まるで静止画が動いているように髪やひげが靡かないのだ。

 さてここで逆算をしよう。

 この四人中三人の魔法特性を見る限り、アーカイブに乗っている最上位の魔法使いだろう。

 それなら、知里を除いて他の最上位の魔法使いであり、且つ『MOTHR AI』によって生まれた実験児で絞れば………。

 【透過】。

 二人目の男の魔法特性は【透過】の可能性が高い。

 【透過】は任意の対象をすり抜けて内部にあるものを触れることができる。

 だからこそ、駆け引きが成立する策士でもある。

 読みあいを間違えなければ問題ない。

 もしくは………。

 そう思っていたが、終了の合図が右手から帰ってきた。

 ………もう少しだけ楽しみたかった。

 でも、しかたがない。

 右手に握られている模造刀の白い皮がボロボロと崩れていく。

 まるで魚の鱗を一気にはがしたように光輪を残し、

 そこには美しいと形容するのもおこがましい。

 黒曜石のような漆黒でありながら透き通った光を返す刀が出てきた。

 柄は黒を基準とした中に赤の紋章があしらわれている。


 まるで師匠のような刀だ。


 そう思ってしまった。

 ここからは、様子見ではなく、仕事の時間だ。

 心の回路が切り替わった。




 「いいかい? 本来ならすべての物を扱えなきゃ、この仕事はやっていけない。」


 「首斬り、とは言っているけど大根を切るようにはいかない。相手がじっとしているなんてことはあり得ないからね。」

 

 「生きるためにもがく。それは当たり前のことさね。」


 「そのために、生きることを自覚させる前にすべての事象から切り離してあげないと悔いが残る。無念が残る。悪意が生まれる。」

 

 「私らがやらなきゃいけないことは、魂を体と意識から切り離してあげることさ。心を鉄に。意識を薄氷に。技術に熱を。」

 

 「相手に引っ張られず、自分のエゴを乗せて一撃にすべてをかける。」


 「お前さんも、私と同じ地獄の者ならわかるだろ?」

 

 「さてと、いつまで横になってるんだい?」

 

 「ハイハイ、針山ならぬキセル山の完成さ。」

 

 「筋は申し分ありんせん。が、まだまだ練度がたりんせん。」

 

 「さ、体の使い方も得物の使い方もそれなりになったことだし。戻りなんし。」

 

 「戻り方? はあ。仕方ない。太夫からビンタされるとは幸福なことでありんす。」


 目の前の男の雰囲気が変わった。

 まるで雲泥の差だ。

 先ほどから湧き出ていた敵意がない。

 まるで無機物になったように気配を感じさせないのだ。

 もう一点、違う部分がある。

 さっきまでの模造刀は姿形を変え、黒曜石のような輝きを放つ刀へと変貌した。

 美しさに吸い込まれそうになるほどの一級品であることは、傍目からでもわかる。

 さっきまでとは別人と捉えるべきだろう。

 冷や汗が噴き出て、視界を遮る。

 それに背中を刺すような寒気や、味覚や聴覚の鈍化。

 危険信号。

 まるですぐ近くに死が存在しているかのように。

 「しゃらくさい!」

 【崩壊】の犀川愛羅が懲りずに突貫していく。

 彼女はコロニー113と、最近できたばかりのコロニーで頭角を現した才女だ。

 少々向こう見ずな部分を周りがフォローすれば最強と言ってもいい能力だ。

 何せ、触れればそれで終了なのだ。

 それを最初から見抜いているあの男も異常なのだが―。

 彼女の動きに合わせて、自分も動こうとした時だ。

 

 彼女の首がズレた。


 ズレた頭部は体から切り離され、そのまま自由落下し地面へ落ちた。

 「あれ?」

 その言葉と共に、彼女の体が崩れ落ちて倒れた。

 一瞬、思考が止まった。

 だが、ここは戦場なのだ。

 相手がいる以上、その攻撃により彼女は死んだ。

 だが、攻撃方法がわからない。

 距離にして100メートル。

 一瞬にして詰められる距離じゃない。

 どうして彼女がやられたのか不明だが。

 彼は、こっちの能力を一人一人把握している動きだった。

 こちらの誘いにも乗らない、頭の良さとカンの鋭さを持ち合わせているのか。

 だとすると、むやみにこれ以上突っ込むのも危険か。

 そう思っていると、【金剛】立花阿形が前に出た。

 彼の【金剛】は物理攻撃だけでなく魔法攻撃も聞かない。

 その代わり近接戦しかできないという弱点もあるが、それだけだ。

 その間に、我々が背後に回り挟撃をかける。

 相手の注意を立花にだけ背負わせるが仕方がない。

 が。

 

 何を思ったのか立花が急制動をかけて立ち止まった。

 あんなにも慌ててどうしたのか気になったが、急いで後ろに回るしかない。

 【再生】のアイサ・グロスフォードもこちら側に回り、一気に距離を縮めた。

 それを、

 「とまれえ!」

 立花の大声で停止するほかなかった。

 どうしたのかと思い立花の方を見た。

 そこで初めて。

 立花の両腕が無くなっているのに気が付いた。

 正確には地面に落ちていた。

 「すまない、苦しい思いをさせた。次の一撃で楽にさせてる。」

 その言葉と共に。

 風が哭いた。

 犀川同様、立花の首が静かに落ちた。

 血も噴出さず。

 おそらく凶器はあの刀であることは自明だろう。

 だが、いつ抜いたのか。

 刀身がどうなっているか。

 わからない。

 なにより、【金剛】をどうやって貫通させたのか一切わからない。

 彼が、終わったとばかりにこちらを見てやってくる。

 アイサには一切目も触れず。

 そしてアイサも動けなくなっていた。

 よく見ると、右脚が落ちていた。

 動けなくなっていたのではなく、動くための脚が無くなっていたのだ。

 だが、彼女の能力はどうしたのだ。

 【再生】は、傷がつけば、瞬時に再生する。腕を切られようが足が落ちようが、首を切られても再生する。

 その彼女が右脚一本すら治せなくなっていたのだ。

 そう思っていると、また風が哭いた。

 その音のあと、また首が落ちた。

 「っ!」

 即座に切り替える。

 目の前の男の挙動に注意する。

 刀身が見えなくても殺気が満ちるときに攻撃を透過すればいいだけだ。カウンターの要領だ。

 が、風は哭かず、体から血が花のように咲いた。

 「は?」

 今一度、体を見る。

 戦闘前には無かった変化が起こっていた。

 体のあちこちが黒く変色していた。

 まるで体が死んだような―。

 「死の概念が付与されたもので触れたら、死が広がっていく。今、お前の体は死を迎え入れる準備をしている。」

 この男は何を言っている?

 「イノシシ女は魔法を使う必要がなかったが、他は違う。盾だって、無敵じゃない。概念という抽象的なものを付与されたら崩れるのは自明だろ? 再生する部分が死んでいたら元も子もない。実に簡単なことだろ?」

 ああ、だから魔法を使わずに【金剛】【再生】を。

 だが、犀川は―。

 「斬撃なんて簡単だ。毎日、生きるためのトレーニングをしていれば。」

 「そ、そんなバカげた話―。」

 「誰でもできるだろ? たかが毎日体を鍛えるだけでできるんだ。魔法なんて必要ない。」

 ああ、もとから彼は才能の塊だったのか………。

 彼は、人を殺すことにのみ特化した魔法使い。

 【終焉(デッドエンド)】。

 風が再度、哭いた。

 不思議と痛みがなく、苦しさもない。

 顔が地面に自由落下を始めた―。




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