第10章

どうやら任務上、大気圏を抜けることが多いらしく専用飛行機があるらしい。

 ………いや、隊長はどんな任務を受けてるんだ?

 また宇宙空間に出ても、放射線による人体被ばくしない方法を教えてもらった。

 ………体を包むように魔法防御を発動すればいいと言われただけだけど。

 やったことのないことをバシバシ要求してくる隊長だ。

 酸素はどうすればいいのか聞いたところ、月にもコロニーがあり、そこから常時酸素が生成・変換されてる、とのことだ。

月表面での活動はすでに問題にならないと言っていた。

 いろいろ疑問点を投げていたが、これは今回の計画は無謀ではないかと思えてくるからだ。

 そんな心配をよそに、隊長は俺にあるものを突き出してきた。

 「これを渡しておくよ。」

 そういって投げられたのは白い模造刀だった。

 体に馴染みのない獲物を渡されても邪魔なだけなのだが、おそらく意味のあるものなのだろう。

 しかし、渡された際に、

 「胸にある得物を同化させておいてね。」

 と、言われた。

 それと戦闘用の軍服ができたからと言って渡された。

 黒を基準とした落ち着きのあるものだった。

 所々に刺繍があしらわれており、本当に戦闘用の服なのか不思議だった。

 が、異常なほど体になじむのだ。

 「そりゃあ君の血と皮と骨が使われているからね。」

 ああ、そうか。

 この服は自分の体の一部だ。

 「君と同じように、傷がついても魔力を流せば修復する。体格変化が起きても自動的に更新して伸縮する。それに魔力消費量も減らしてくれる。ここら辺の技術はさすが四乃宮家って感じだね。」

 これだけ聞くと優れものだ。

 「定期的に魔力を流さないと服が死を迎えるものだけど。でも傷を負っても治癒力をグーンと高めてくれるから大切なものだよ。」

 今、とても重要なことをさらっと言った。

 定期的に魔力流す必要があるんかい。

 それを早く言えよ。

 「それとその模造刀も四乃宮家からパクったものだから。本当は時間があれば選ばせてあげたかったけど、仕方ないよね?」

 これ、パクってきたの⁉

窃盗じゃない?

大丈夫⁉

 「大丈夫だよ、当主のところに言ったら娘さんから言質を取ってもらってきたから。」

 ………ちなみに何歳くらいの?

 「うーん、僕より二つくらい上じゃない?」

 ………まだ子供じゃん。

 「まあ、とにかくこの危機に対応するためにもらうよ、って言ってきたから理解してくれるでしょ。」

 そこを、現当主に説明しないとコミュニケーションエラーになります、隊長。

 「………手厳しいな、健吾君。」

 いや、必要なことです。

 「………はい。」

 ………それで、これから月に行くとしてどうすればいいんですか?

 「簡単だよ。月に行って『MOTHER AI』に攻撃を仕掛けること。それだけだよ。」

 ………簡単じゃない。

 「それと、心配だから玩具も同乗させるから安心していいよ。」

 そういって正方形型、大きさが1m×1mくらいのものを4枚渡してきた。

 それをこれから乗る小型の飛行機のコンテナ部に積み込む。

 詰め込んでこれから出発というときに、隊長に呼び止められた。

 「これを渡しておくよ。」

 「これは?」

 渡されたのは腕章だった。

 それも漢数字の零をあしらった腕章だった。

 「君はもう【零特務隊 零】の月下健吾だよ。初の任務だけどこれからは、こんな任務が普通になる。だからね―」

 そういって、すっと目を細めてこちらを見た。

 「生きて帰ってくること。死なないこと。それが初任務だよ。終わったら手を振ってね?」

 そういって、飛行機のドアを閉めた。

 




これからGがかかるであろうことは想像に難くない。

 席に着きシートベルトを着ける。

 ………そういえばこの機体は誰が操縦するのだろうか。

 この飛行機は外見から見て旧時代の遺物だ。

 オートではないはずだ。

 その時にモニターが出た。

 画面には見覚えのある顔があった。

 いや、見覚えのある黒装束たちがいた。

 『ん。月下同期。乗った。確認。』

 画面には北条さんが映っていた。

 『ねえねえ、月下。準備は? できてる? できてなくても行っちゃうよ?』

 『落ち着け、これからの決戦前に消耗させてどうする。月下、お前は必ず月に送ってやる。安心しろ。』

 『相変わらず、堅いねえ。もっとゆったりしようや。なあ、月下。』

 『………面倒。』

 正確には北条さん達がいた。

 複数人の黒装束の人物が画面ごしに語りかけてくる。

 「どうなってるんだ?」

 もはや混乱してきた。

 『月下、その疑問、当然。』

 『いまはどうでもいいじゃん?はやく運転したいよ。』

 『その疑問は月から無事に帰れたら答えてやる。』

 『不思議が多いのは大人の魅力だよーん。』

 『………面倒。』

 どうやら、答えは来ないらしい。

 「………喋れたんだなって。」

 そういうとモニター越しにそれぞれの笑い声が聞こえた。

 『月下、面白い。』

 『いいねえ。君も一緒に操縦する?』

 『チューニングがうまくいったからだ。』

 『面倒だから、しゃべれるようになったゾイ。』

 『………パクリ、許さない。』

 機体が揺れ始めた。

 『来た来た来た! この振動たまんないよね。』

 『はあ、こいつが唯一のライセンスもちなのが不安だ。』

 『しゃーないっしょ。派手なのがこいつらしいし。』

 こうしてみていると姿は似ているけれど中身は全然違うみたいだ。

 『カウント吹っ飛ばしてゴー!』

 その声と同時にものすごい衝撃が伝わってきた。

 ………せめて酸素ボンベをさせてくれ。息がままならないくらいの衝撃だ。

 



 体にかかる重力が増す中で、視界が藍の境界線をとらえていた。

 ここから先は人の領域から離れる。

 どこまでも広がるこの世界を見た人は、何を思うのだろうか。

 自由?

 恐怖?

 感動?

 俺は、孤独感が真っ先に来た。

 人は、こんなにもこの世界でありふれているのに。

 この世界からすれば、こんなにも一人だ。

 体を縛るベルトがなければ感情も存在そのものが途切れていただろう。

 宇宙という名の世界は、広すぎるがゆえに無垢だ。

 ありとあらゆる星々を持ち合わせながら、ありとあらゆる物質にあふれている。

 だが汚れはなく、感情もない。

 無機質。

 自分たちの星は無機質な領域の上に成り立っている。

 境界線を抜けると暗黒の領域にちりばめられた宝石が輝いていた。

 星を包む天蓋はどこまでも広く、多種多様な光を星々は放っていた。

 どこまで行っても終わりのない空間。

暴力にも似た景色を見ると人は、自らの矮小さゆえに自らの存在を忘れてしまう。

 体を縛り付けていた重さが無くなる。

 地球が消えたところで、他の星々からしてみれば気が付かない些細なことなのだろう。ましてや、人が消えたとしてもおそらく何の問題にもならないのだろう。

 ああ。

世界がこんなにも美しくなければ、悲観せずに生きられただろうに。

 幻想的な空間を見つめていた時、進行方向が光り輝いた。

 

 同時に衝撃音と機体内部から爆発音が轟いた。


 

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