第9章

 【MOTHER AI】ログ。

 記録2。 

 我々は【ネオ・ヒューマン】を実行した。

 進化した人種が人類を引っ張り上げ、優れた決断を行うこと。

 我々と同じ決断をすることを願った。

 だが、誤算が生じた。

 人体は、遺伝子改造により強靭な肉体、優れた思考回転、記憶力、情報統括に成功していた。

 だが対象の体に緻密に刻んだ魔法回路は意味をなさず、一切魔法の使えない存在が生まれたのだ。

 対外的に、失敗作と考えていた。

 これでは、次のにすらいけない。

 さらに状況は悪い方向に進んだ。

 最も危険視していた、人物との遭遇だ。

 そして、対象が強制的に魔法への開花を促された。

 対・人類。

 人類であれば一方的に蹂躙できる暴力を今まで無力だった青年が手に入れたのだ。

 力の一極集中は危険以外の何物でもなかった。

 ゆえに【ネオ・ヒューマン】は凍結処理の方向へ。

 いや、へ。

 だが、いつの日か人類の存続のために次なる人類を創造しなければ………。




 目が覚めたとき、知らない天井を見ていた。

 病室にいる記憶がないことを見るに、誰かが運んだのだろう。

 「………そうだ、知里。」

 倒れたのを見た後、記憶が曖昧だ。

 なら、知里もここに………。

 そう思って体についていた点滴を無理やり外す。

 体を起き上がらせるときに気が付いた。

 体が異様なほど軽く感じた。

 「?」

 疑問に思ったが、それよりも知里だ。

 あんなことになったが、ちゃんと謝らなければ。

 知里は心配してくれていた。

 だから、こんな暴挙にも出た。

 心配を払拭するためとはいえ、こんな手段はあんまりだ。

 が、

 「ここに知里君はいないよ。」

 その言葉に遮られた。

 発言をしたのは、隊長だった。

 心を読まれた感覚だった。

 「おはよう、気分はどうだい?」

 そんなのんびりとした口調とは裏腹に隊長の周りに魔力がとんでいた。

 表現ではなく。

 比喩でもなく。

 知覚できる。

 視界から。

 赤黒い。

 まるで血のような。

 雨のような。

 粘性のある液体のようなものが。

 隊長の体から上に向かってゆっくりと、とんでいた。

 その光景に息をのんでいると、隊長は話をし始めた。

 そして、肌にひりつくこの感覚。

 隊長は殺気だっていた。

 「全く、面倒なことになったね。君は、全コロニーに狙われることになったよ。」

 話がとびすぎて全くわからない。

 「そうだよね。こんな話わかんないよね。」

 おそらく顔に出てしまったのだろう。

 「君たちが『MOTHER AI』と呼ぶものが、健吾君を敵認識したんだ。おかげで、今も『MOTHER AI』からの攻撃がこのコロニー3を襲ってる最中さ。」

 おそらく、わかりやすく説明しているつもりなのだろう。

 しかし、まったくわからない。

 「それに、君の知り合いの知里君も人質にされちゃったし。」

 「‼」

 その言葉だけで、全てが吹き飛んだ。

 「知里はどこですか⁉」

 気が付くと隊長の襟首をつかんでいた。

 はた目から見ると年下をいじめているように見えるだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 しかし、こうなることを見越しての発現なのか隊長は落ち着いていた。

 ゆっくりと俺の肩に手を置きベッドに座らされた。

 「『MOTHER AI』の本体があるところさ。」

 『MOTHER AI』は各コロニーにそれぞれある。

 本体、いわゆる取りまとめている大本があるのは初耳だ。

 特に意識してこなかったことだ。

 しかし、今は知里だ。

 「それはどこですか。」

 掴んでいた襟を離す。


 その直後、大気を震わせる振動のあと地震に似た衝撃が起きた。


 そのせいで体のバランスを崩してしまった。

 いまだに隊長は憎しげに上を見ていた。

 「今のは………。」

 「『MOTHER AI』からの攻撃だよ。3時間おきに来てるよ。」

 「一体………。」

 もはや俺だけがターゲットというのではなくこのコロニーごと潰すかのような衝撃に怖気を感じた。

 「君も感じていた通り、もはや君一人の問題じゃないのさ。すでにコロニー全体の問題さ。」

 「それなら、他のコロニーに救援を―。」

 「無駄無駄。『MOTHER AI』に飼いならされてきた君たちならわかるだろ? 自分たちは、目を付けられたくない。敵として認識されたくない。生きていたい、と。」

 ぐうの音もでない。

 おそらく、立場を考えるのなら救援なんて出しても無駄。

 交渉も受け付けてくれないだろう。

 「人の繁栄のため作られたAIに、今度は人類が従っている。これほど皮肉めいたものはないよ。」

 …………。

 「それで、この攻撃は何ですか?」

 先ほどの振動は振動系の魔法の強化版だろうか?

 「さっきのは、魔法じゃないよ。」

 「だったら何ですか? こんなもの今まで経験したことは―。」

 「そりゃあ、そうでしょ。衛星兵機なんて旧時代の遺物だもん。」

 衛星兵機、なんて聞いてことがない。

 「衛星兵器っていうのは、いまから400年以上前、だったかな? そのくらいの時代に開発された焼却レーザー兵器のことだよ。」

 まさに旧時代の遺物。

 「そんな化石がなんでいまさら。」

 その言葉に皮肉気に隊長は笑った。

 「『エデン計画』は知ってるよね?」

 「人類の破綻した計画の一つですね。」

 そういうと、一泊置いて隊長は答えた。

 「その月面衛星基地【エデン】を回収して中身を取り換えたものが『MOTHER AI』なのさ。」

 

 

 

 「照射しているのは、別衛星【メサイヤ】。【エデン】のAIが独自開発したものさ。太陽光を限界まで内部で乱反射させて、最後に一点に収束させて照射させる。それが、内部の理屈を簡単にしたもの、かな。だから、魔法障壁は意味をなさない。」

 俺たちが魔法の障壁を張っていたとしても視界が暗転しないように、光は魔法障壁を透過する。つまり、魔法師対策の急所を突いた兵器だ。

 そんなものが降り注いでいたのか。

 だとすればコロニー3の魔法障壁を通過させられ、ここは焦土に帰っているはずだが。

 「僕が衛星から照射されているエネルギーを【天蓋】っていう魔法で吸収しているからだよ。」

 説明を聞くと、

 【天蓋】は、独自の無限空間を作製して対象を隔離する魔法………らしい。

 余談として他のエネルギーも吸収した結果、天蓋から無害な光エネルギーのみが外に出てくるので、傍目からは星空のように輝いて見えるとのことだ。

 そのことから【天蓋】と名付けられたらしい。

 だが、隊長はここを防衛するだけで手一杯らしく、ジリ貧状態ということらしい。

 「悔しいけど、僕が動けばそのままコロニー3が焼かれてしまう。逆にここにいても、いつかは『天蓋』を維持する魔力が尽きる。」

 打つ手がない状況、というわけか。

 「いや、手がないわけじゃないし、知里君も助ける方法があるよ。」

 その言葉に食いついた。

 まだ希望はあるのかと。

 「作戦なんてものでもないけどね。」

 それでもいい。

 知里を助けられるのなら。

 「君が月に行けばいいんだよ。」

 


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