第2章

 コロニー38では、戦闘行為が東西南北の四方で行われていた。

 さらに言えば、戦闘から30時間経過していた。

 すでに防衛を行う隊員たちには限界を超える負荷がかかりコロニー壊滅へのタイムリミットが刻一刻と近づいていた。

 「救援はまだなのか!?」

 コロニー38は、すでに瓦解しようとしていた。

 元々、防衛局員が少ないコロニー38であったが、人類の脅威である【ホワイトカラー】の大群が横断するにあたって、隊員たちを三日前にフル動員した。

 が、徐々に犠牲者や重傷者の数が増え、交代要員もままならないほど緊迫した状態となっていた。

 そんな状態であったため、各コロニーに対して、救援依頼を約18時間前に補助司令官が送った。正確には、今もなお各コロニーへ送り続けていた。

 しかし、いまだにどこのコロニーからも返答はなかった。

 ここが落ちれば、次は自分たちのコロニーの番がくる。そう思い、自分たちの巣穴に籠っているのだろう。そう思うのは、自分たちもまた同じ判断を下すからだ。

 焦りと焦燥の中、中央司令部の補助司令官に一通のメッセージ受信音が届いた。

 その音に、補助司令官が飛びついた。

 「コロニー3!?」

 そこに映し出されていた送り主はコロニー3からの中央司令部からだった。

 「コロニー3って、言えばここからかなりの遠距離のコロニーだぞ!?」

 だが、文面を見て驚いたことがあった。

 正確には絶望に似た悲観だ。

 補助司令官が文面を簡潔に読み上げた。

 「一名のみ………作戦に投入。」

 「一名!?」

 その言葉に、司令官だけでなく、他のオペレータも動揺した。

 すでにこの状況で、たった一人、どうにかできるレベルは超えている。例え、二つ名(ネームド)を持っていても東西南北に隔てられた戦域、四方はカバーできない。東と西の間に中央司令部があり、お互いの戦闘地域は、約40km離れているのだ。例え、肉体強化を使っていても移動だけで、肉体の疲労は果てしない。

 不可能だ。

 だが、あることに気が付いてしまった。

 「まさか、体裁だけの犠牲要員なのか………。」

 その声に管制室に重い空気が流れた。

 その空気を吹き飛ばすかのように通信が入った。

 『あ、あー。聞こえます? あ、あ、マイクテスト。』

 声の主は、この状況に似つかわしくない穏やかでのんびりとした声色ものだった。

 「っ、誰だね!?」

 『あれ、メール来てないの? コロニー3からの救援要員だよ? 剣崎さん、送ってないの? そこらへん、きっちりしている人だと思ったけど―。』

 「………、君は現状を理解しているのかね? 四方を【ホワイトカラー】の大群に囲まれ、我々がすでに限界が来ていることに。」

 その声に不思議なことを言っているかのようにきょとんとした返答が返ってきた。

 『だから、来たんじゃないですか? こっちも忙しい中、来てるんですから感謝してくださいね?』

 面倒くさそうにいう言葉には、恐怖の文字は感じ取れなかった。

 「そういうことではない! 逃げろと言っているのだ! 一人に何ができる!? 君だけでも引き返して逃げ―——。」

 『そういうのいいんで。今、降下中でーす。南ブロックから片づけていきますね? それと、約30秒したら、南ブロックの隊員たち下がらせてくださいね?』

 本当に降下中なのだろう。

 マイク越しに風を切る音が聞こえた。

 「理解できない! なぜ、引き返さない!? 英雄気取りか!? それともこの現状―——。」

 その言葉は、続かなかった。

 なぜなら、遮るように声の主が言ったことがさらに理解不能なことだったからだ。

 『こっちも急いでいるの!? 妹の誕生日が明日なんだから! 早く帰らないとご機嫌が悪くなるんだよ!』

 何を言っているんだ、こんな時に!

 そう思っていると、南ブロックに配置していた隊員たちから悲鳴が上がった。

 『空から隕石が!』

 『空振が!』

 『あつっ!』

 モニターに映し出されていた。


 空から降る隕石。

 

 落下してきた飛来物により引き起こされる衝撃波。

 

 有機物は飛来物の摩擦熱により引火。


 一面、火の海となっていた。

 その中で一つ動いていたものが見えた。

 それは、悠然と火の海の中で周辺を確認していた。

 それが通信相手であることに気がついた。

 『いまの隕石爆撃で、ほぼ当てたつもりですけど、残党あります?』

 さっきの緊張感のない声が火の海に佇む人物だと初めて理解した。

 そして、南ブロックのモニターの隅に敵勢力の数を示す数値があらわされていた。そこにさっきまで4桁に上る数が示されていたが今は0となっていた。

 中継していたオペレータが、交信する。

 「………南ブロック。【ホワイトカラー】残存勢力0。」

 『はいはい、了解。それじゃあ、次は西ブロックに救援に行くから。そっちをモニターしておいて。』

 そういうと、対象者が南ブロックの燃え盛る場所から、飛び上がったのを見た。

 砂を巻き上げて重力を無視するかのように空中に舞い上がったところが見えた。

 続いて、西ブロックから、同様に悲鳴が聞こえたと思った瞬間、敵勢力数のカウントが0になる。

 『急に寒くなって………。』

 『砂漠に吹雪とか………。』

 『【ホワイトカラー】の氷像とか初めて見た。』

 現地映像が切り替わると、あたり一面が猛吹雪となっていた。

 『オペレーターさん、敵残存勢力数は?』

 「………0です。」

 『そ。なら、次は北ブロックに行くよ。最後は東に行くから。』

 そのあとは、作業映像を見せられているかのように思えた。

 北戦闘エリアでは、激しい雷が連続して観測された。

 その雷は【ホワイトカラー】のみに落ち、防衛局員には全く当たらないものだった。

 東戦闘エリアでは、砂上の波がカラスを飲み込んでいた。

 その光景は津波のようだった。

 その波は、やがて渦潮になり、カラスたちを咀嚼するようにうねり、飲み込んでいった。

 誰も何も言えない状況で、モニターから先ほどと同じように能天気な声が聞こえてきた。

『残存敵勢力0でいいよね? 帰っても大丈夫?』

 作戦時間にして10分もかかっていない。

 まるで我々の努力をあざ笑うかのようにコロニー存亡の危機を、たった一人でそよ風のように解決してみせた。

 「君は………一体………。」

 『僕? やっぱりメール来てないの? 剣崎さん、書いておいてくれよ………。』

 なぜか困ったように声の主は、しぶしぶといった形で名乗りを上げた。

 『甲斐田。甲斐田悠一だよ。』

 「甲斐田………。」

 その名前には聞き覚えがあった。

 いや、伝説に近い御伽噺の類だと思っていたため、本気にしていなかった。

 『それじゃあ、仕事終わりなんで帰りますね?』

 そういうと一方的に切られてしまった。

 画面越しでは、またも重力が反転したかのように空中に踊りだした。

 その先には、機空挺があり、それに乗り込んで、行ってしまった。

 「我々は、伝説の立ち合いをしたのかもしれない………。」

 「それは、どういうことですか?」

 まだ、若いオペレーターが聞き返してきた。

 「コロニー3の甲斐田悠一と言えば伝説に該当する人物だぞ。ここ4年頃から噂が広まったのだ。圧倒的な魔法適応力と適性力を併せ持つ稀代の傑物だ、と。」

 もちろん噂には尾ひれがつく。

 だが、今、目の前で起きたことは紛れもない事実だ。

 「甲斐田悠一………。『特務隊 零』の隊長であり、蒐集家(コレクター)の二つ名を持つ存在。」

 機空挺が過ぎていく空を眺めながらただただ呆然とするほかなかった。




 にありつくために無理をした。

 魔力の使い過ぎで過呼吸になる。

 さらに言えば、気持ち悪い。

 「はぁ、はぁ。」

 息も絶え絶えのなか、耳に着けたインカムから声が聞こえてくる。

 「よくやった。コロニー9の北ブロックを壊滅させたことは評価に値するぞ?」

 男の声を聞くだけでイライラする。

 まるでさっき食べたものが、形を得て暴れまわっているように感じる。

 だが、一時的に先ほどまで感じていた死を覚悟するような空腹感、飢餓感が、今は満たされている。

 その一点のみがよかったことだ。

 それ以外は別だ。

 

 を食べる感覚は最悪だ。

 

 食べる感触は特に嫌だ。

 人間をブチブチ千切って食べたが歯ごたえに悪寒が走る。

 何より食べるたびに血が飛び散って顔面を濡らすのだ。

 空腹感を埋めるために食べているとはいえ、飛び散ってこられると鬱陶しく感じて萎える。

 さらに言えば、食べてから空腹感は埋まったものの、気持ち悪さがこみあげてきているのだ。指先から震えと冷えを感じて倦怠感が止まらないのだ。

 そんな状態だが、襲撃後すぐに離脱して近くの廃棄施設に退避せよ、との命令がきたからここに来たが、気持ち悪くなってしまい動けなくなってしまった。

 生きるため。

 死にたくない。

 だから耐える。

 「うぐっ。」

 嘔吐感が強くなって頭が不快感により警報を出す。それと同時にお腹がさらに暴れ始めた。

 膝が震えてお腹が痙攣をおこす。

 そして、先ほどまで食べたものを吐き出した。

 真っ赤な血と唾液が口と鼻からあふれ出す。

 が、その中に腕ほどの大きさの塊が口から出てきた。

 それは小さいがワニのようであり蛇のような長さを兼ね備えた何か、だった。

 それは私の口から出てきた時には周りを見回し、地面に潜っていった。

 その光景を見た後、視界が暗転し、意識を失ってしまった。




 「いい拾い物をしたな。」

 男は隣にいる体格のいい男に話しかけた。

 「ええ、予想外でした。まさかコロニー3の次に難航不落とされたコロニー9のゲイツを瞬間的に倒すとは。道端で倒れているところを拾ってきたが、まさに予想の斜め上を行った傑作でした。これなら、コロニー3も問題なくやってくれるのではと期待が持てますね。」

「ああ、コロニー3は怪物の巣窟。特に最近は『蒐集家(コレクター)』がいるためか、不落城と言われているからな。こいつを投入することで、盤上をひっくり返すことができる。」

 「そうですね。では、今まで捕らえた人間を全員現地投入する形で次の作戦を立てましょう。」

 「ああ、そうだな。我々、教授(プロフェッサーズ)の思惑も次のステップに進めるというものだ。」

 「目標を回収したのち、そのままコロニー3へ向かわせろ。」




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