第5章

 おつかいと書いているが、正確には、仕事で個人個人が使う物の調達だった。

 さらに言えば、おつかいの依頼を出した直後、隊長の無線が鳴り、緊急の任務が入ったそうだ。

 北条さんとは別れて行動することにした。

 同配属部署とはいえ、買い物も一緒に居なければならないというルールはない。

 正確に言えば、まだお互いの距離感がつかめないことからの別行動だ。

 今までの悪癖、ボッチ症候群が出ている。

 それに今日の就業までに、やることリストを渡されたが多すぎる。

 最初に訪れた戦闘用の軍服を作製してね、と書かれていた。

 でも作製のために、血、骨、皮、神経が必要と言われたときは、闇市と場所を間違えたかと思ったくらいだ。

 求められている材料はとんでもなかったが、専用の道具と専属の人員があったおかげでなんてことはなかった。こういった部分は、御用家である四乃宮家の実力なのだろう。出血もほぼなく、肋骨の一部とその時に出た血、皮は右腕の皮膚の一部、神経は皮を剥いだ下にいたものを摘出した。

 これで終了です、と言われたときはあっけなさ過ぎて拍子抜けしてしまった。

 それに、体の各部位で少し痒いかな程度の痛みで活動にも支障がない。

 そのあと、体の採寸をして係員に作製期間の説明を受けた後、その場を離れた。

 次に訪れた場所は、事務用品並びに通信機器専門販売店だ。

 この防衛局内では専用の通信機器以外は原則禁止となっているためだ。

 ………さっき隊長が専用のものではない通信機器を使用していたのは見なかったことにしよう。

 本来、防衛局員はお互い、連絡する際は専用の機器でやり取りする。

 通称【ゼロシフト】

 この通信機器のすごいところはラグがないことだ。

 本来、通信はコンマでラグが発生し、どれだけ改善しようとも不可能な技術と言われた。

 もしラグをなくすためには通信先を未来に送らなければならないからだ。

 さらに通信環境に左右される。

 しかし、このシステムは魔法が組み込まれており、電波伝達ではない。

 さらにこの利便性はそれだけじゃない。


 この【ゼロシフト】は、目薬なのだ。


 目薬の中に、ナノマシンが入っており、データベースの見たい資料、確認映像、シミュレーションなどの映像データはもちろん、通話は耳小骨を振動させ相手の話を聞き、喉仏の振動を検知して相手との会話が成り立つシステムだ。

 もちろん、昔のナノマシン【生命の実】のように問題があるものじゃない。

 それに一日もすれば体外へ排出されることは、ここに勤務している人たちがすでに立証済みだ。

 その他、アナログの文具やタブレット、資料作成のためのPCなどを入れて車内販売店を出ようとしたところで知里にあった。

 「健吾君⁉」

 「うん? ああ、知里か。」

 採用の電話からすぐにここに来たのか?

 だとしても対応が早いな。

 「なんでここに?」

 「昨日の試験官から採用通知を渡されたから。」

 「え? 本当⁉ やったね! ねえねえ、どこの部署?」

 はやし立てる知里に思わず、好奇の目を向けてくる柴犬を連想させた。

 「【特務隊 零】だった。」

 その言葉を発した途端、知里だけじゃなく周囲が凍り付いた。

 「?」

 まるでここにいる人たちが死人を見る目に変わった。

 「ち、ちょっとまって! 本気⁉ いや、違くて、本当⁉」

 「? 昨日の試験官の少年に言われた。」

 その言葉に知里は過敏に反応した。

 「あ、あの怪物に⁉」

 さすがに失礼では?

 しかも公の場でそんなことを言いふらして。

 知里、TPOだよ?

 わきまえよう。

 あまりにも基礎中の基礎だから教えるの、忘れてた?

 「………いま、どこにいるの?」

 「? 知里?」

 「あの怪物はどこにいるのって聞いてるの⁉」

 どうにも気に入らないらしい。

 「今、任務とかで席を外してるけど。」

 嘘は言っていない。

 タイミングとしては戻ってくる頃だけど。

 「すぐに話をしましょう! 私の第三部隊に―」

 そういい終わる前に、脇から渦中の問題児が顔を出した。

 「ねえねえ、何の話をしていたの? みんな空気重いねえ?」

 隊長、空気読んでください。

 隊長の姿を見た周囲の人は蜘蛛の子を散らす勢いでその場を後にしていた。

 だが、知里は違う。

 「甲斐田隊長、でしたね? 私は防衛班 第三部隊の茅野知里と言います。」

 存外に理性的な対応だった。

 「誰だっけ? 健吾君の知り合い?」

 さっき話をした目に刺激的な人、とは言えない。

 「………幼馴染です。」

 「ふーん、なるほどね。かなりの飛び級だね、彼女。」

 「飛び級?」

 「彼女が着けてる腕章。数字が刻まれてるでしょ? その上に花が咲いてるの、見える? あれはその部隊の隊長であることを意味してるんだよ。」

 「? じゃあ、知里は元から防衛局に勤めていたってこと?」

 「じゃない? まあ、試験結果が決まっていた、なんて幼馴染には話しにくいでしょ?」

 その言葉に知里の機嫌がさらに悪化した。

 「………うるさい。」

 どうやら本当のことらしい。

 だけど、知里の実力なら当然のことなのかもしれない。

 「で、その隊長さんが何か用なのかな?」

 「甲斐田隊長、月下健吾を私たち第三部隊にください。」

 知里が発した言葉に対して、隊長の笑顔が消える。

 それだけでなく、温度が下がった声を隊長が返した。

 「何を言っているのかわかっている?」

 さっきまでの飄々とした雰囲気から一変、見えない重力がさらに増した気がした。

 その圧力にも負けじと知里は言った。

 「その月下健吾は魔法が使えません。魔法が使えないものを精鋭部隊である『特務隊 零』に入れるわけにはいきません。ご再考願います。」

 その言葉に対してまるで憤慨するかのように隊長の重圧が増した。

 「君たちでは彼を飼い殺しにしているだけだろう? それに彼の場合、魔法を使えないのではなく、使えなくさせられているだけだろう? 疑問に思えよ。」

 その言葉に頭をかしげている知里に対して落胆しているような隊長は、まるで知っているかのように語った。

 「そもそもだ。君たちの基準で言うところの第5世代の魔法使いが確認されている中で、無能力者が存在するのか? 答えはノーだ。さらに言えば試験官ベイビーである君たちが無能力者として設計されているのか? 再度ノーだ。そうでなくても最近、第六世代を見てきたのに無能力者が存在するわけがないよ。」

 魔法にも基準が設定されている。

 第一世代は魔法を初めて使ったとされる世代のことで、当時は最大でもマッチの火並みの火力だったり、バケツの水を空気中に出すことができる程度だ。

 第二世代は、単純に第一世代が進化したものだ。マッチの火が火炎放射機のように噴出させたり、放水車のように水を出す人たちのことだ。

 第三世代の人たちは第二世代の人達に比べてほぼ意識を向けることなく魔法を自動で発生させる人たちのことだ。今は第三世代が一般となっている。

 第四世代は属性を複数操る魔法使いのことだ。今までは火属性は火を対象にしか扱えなかった。逆に水なら水しか扱えなかった。第四世代は火・風・水・土・鋼の他に強化や念動といったものも含まれる。

 第五世代は事象干渉系だ。空間に干渉して事象を歪ませる。さらに細かく言えば、自分の思いのまま空間を支配できるのだ。

 第六世代は、どんな魔法を使うかはわからないが強力なものだろうことは想像に難くない。

 知里はこの第五世代なのだ。

 「でも、このまま戦場に出れば死んでしまいます。しかし彼は戦闘の指揮ができます。それを十全に知っている私のところへ転属したほうが彼のために―——。」

 「くどいよ。【特務隊 零】は他部隊の干渉は受けない。」

 「納得できません! 彼を無為に傷つけないでください!」

 知里の負けず嫌いがここで見ることになるとは思わなかった。

 だが知里には言えないが、どっちに行っても死ぬのであれば納得のいく死に方をしたいものだ。知里のもとに行っても、お荷物として扱われるのは目に見えている。

 知里に断りを入れようとした時だ。

 「そんなに納得がいかないのなら、彼と三日後、模擬戦をしてみればいいよ。」




 おつかいに行っただけなのに、模擬戦という嫌な貰い物をしてしまった。

 廊下を隊長と一緒に歩きながらこれからのことに気分が落ち込む。

 「隊長。」

 「悠一でいいってば。」

 「………隊長。」

 「………ま、いっか。何だい?」

 「俺は、知里に勝つ算段が思い浮かびません。」

 「ん? なんで?」

 そんな単純な足し算ができないことと同じような疑問を持たれても………。

 「知里は第五世代なんですよ? 今の現状で打開策がありません。」

 「ふーん。じゃあ、もし打開するとしたらどんな手が存在するんだい?」

 まるで、子供の成長を見守る大人の姿勢だった。

 「隊長が前回行ったように、干渉前に倒す。第二に事象同士をぶつける。第三にエネルギー切れまで耐久する。第四に空間破断を行う。が、打開策でしょうか。」

 「いいね、彼女が引っ張ろうとするのもわかるね。慧眼だよ。」

 「ですが、俺には実行不可能です。これは、魔法が使えることを前提とした作戦ですから。」

 その言葉に、ニコニコしながら隊長は答える。

 「十分に分析できてるよ。でも、魔法はこれから何とかなるから問題ないよ。」

 どうやら、算段があるようだ。

 今の状況から、指示に従うしかないが、大丈夫だろうか。

 そんな気持ちをよそに、隊長がボソッと呟いた。

 「………全く、未確認飛来生物の戦闘後なのに問題が増えちゃった。」

 とてつもなく物騒なことを聞いた気がしたがスルーした。

 ………というか、面倒にしたのは隊長、あなただよ。

 が、これ以上面倒にしたくない。

 そう思っていると、隊長がこちらを振り向きながら声をかけてきた。

 「それより、おつかいは全部済んだ?」

 先ほどまでの重い声ではなく、朝に会った時の飄々としたものだった。

 「はい、紙に書かれていたものは一通りそろえました。」

 「いいね。それじゃあ、一旦部署に戻ろうか。」

 




 「はい、そんなわけで、めんどくさいことになりました。」

 「めんどくさいことにしたのは隊長でしょ?」

 「だから、悠一だって。」

 部署に帰ってくるなり、ことの経緯を説明せず北条さんに切り出すものだから困惑させてしまった。

 あとツッコむところはそこじゃない。

 だが、ここは切り替えよう。

 「それで、対策はどうすればいいんですか? 無能力者が、勝つ算段でもあるんですか?」

 その問いに対して、

 「え? そんなのあるわけないじゃん。」

 なんて答えられた。

 「それじゃ、なんでこの決闘を受けたんですか?」

 もはや行動が謎だ。

 説明も謎だ。

 何を考えてるのか疑問だ。

 「楽に勝てるからだよ。」

 「言葉が矛盾しているように聞こえます。」

 魔法が使えないけど、楽に勝てるなんてまず無理だ。

 「前提が間違ってるんだよ。」

 前提。

 魔法を使わずに知里に勝利すること。

 これのどこが間違っているのだろうか。

 「これから君には魔法が使えるようになってもらうのさ。」

 ………。

 魔法が使えるようになるという言葉には歓喜した。

 だが―。

 「そもそも、魔法は後天的なものではなく先天性なもののはずです。生まれたときには決められています。」

 「そっか、じゃあ―——。」

 隊長が、とてもいい笑顔になった。

 嫌な悪寒が走った。


 「いっぺん、死んでらっしゃい。」


 そういった瞬間に、視界が暗転した。

 ゆっくりと自分が何かに引っ張られる感覚があった。

 湖面に沈んでいくような静かで底のない暗闇に落ちていく。

 時の流れが遅延したかのような錯覚に陥りながら、徐々に視界が薄れていく。

 その中で、

 「あれ、もうすぐ定時じゃん。しかも多分2日間起きないし………。これ勤怠入力どうしよ………。」

 なんて声が最後だった。

 





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