第3章

 俺の体内時計は、ほぼ正確に時間を把握している。

 だが朝起きると、いつも起きる時間より10分遅い時間だった。

 体を起こすと、両足両手だけでなく、体全体に鈍い痛みがあった。

 結果として未だに筋肉痛が抜けきらなかったようだ。

 朝食として備蓄していた栄養補助食品を食べているときに、知里から連絡があり、防衛局より正式採用されたらしい。

 知里なら当然のことだろう。

 こちらには連絡がないことをみると、不合格とみるべきだろう。

 これからどうしたものか、と考えたがそんなにすぐに思いつくことではない。

 就業についてこれからどうするべきか。

 まあ、昔のつながりで多方面に知り合いがいることが救いだな。

 ———でも不合格になってみると案外、ホッとしている自分がいた。

 魔法が使えない中で、欠陥品の烙印を抱えたまま防衛局で働くのは今になって考えると嫌なものだ。

 特にストレスを抱え込むことになるだろう。

 けれど………。

 気になることが一つある。

 昨日少年から渡された封筒。

 おそらく、コロニー転属のための講習会だろう。

 だが、転属・派遣は他コロニーの試験に合格の上で言い渡されるはずだ。

 コロニー3側からの一方的な人員の転属をさせられたとしても他コロニー側から受取拒否されるだけだろう。他の事柄と捉えるべきだろう。面倒なことこの上ない。

 そう考えると、コロニー外部、地上の商業地区で働くことを念頭に考えた方がいいだろう。

 ………でもその前に。

 昨日の封筒を無碍にはできない。

 ただ集合時間にはまだまだ余裕があったのでいつもの日課のランニングをこなしながら向かうことにした。その過程で昨日の少年の動きを頭の中で反芻する。

 まず、いつから俺は倒されていたのか。

 おそらく、反撃をする前に倒れていたのだろう。

 初めから倒れていたのであれば、緊張状態からの酷使による筋肉痛は発症しない。

 立ち眩みを人為的に起こすのであれば、知里と同じように初撃で倒れているはず。

 おそらく、体が覚えている限り前半での防御は現実なのだろう。

 ………だとすると辻褄が合わないことがいくつかある。

 少年の魔法系統が絞れない。

 まず、知里に対して行使した魔法がわからない。

 念動系が最も有力と思っていたが、念動力に他人………動く標的の内部機構かつミリにも満たない細部を把握することはコロニー統括AIである『MOTHER AI』並みのスペックがないと無理だ。

 なにより、非効率的だ。

 標的一人であれば、物をぶつける、あるいは自分の移動に使用するべきだ。

 可能性があるとすれば―——。


 【多元魔法使い】


 ありえないことだと思っているが、それくらいあの少年は規格外だと思っている。

 魔法は、先天性であり途中で変わることはない。

 さらに言えば、魔法の系統は一人に一つなはずだ。

 ………。

 おそらく今の段階で答えは出ないだろう。

 回答の出ない答えは、考察できる材料がさらになければ絞れないだろう。

 次にこの封筒だ。

 集合場所はコロニー3 防衛局入口前だ。

 防衛局は入口制限が厳重にされている。

 持ち物検査はもちろん、アルコール検査、静脈認証等、厳重に管理されている。

 さらに防衛局の中に入るには入門証あるいは社員確認証がなければ入れない。

 わざわざ、ここで待ち合わせる理由がわからない。

 電車が到着し、下車した目の前が防衛局正門だ。

 ここで待ち合わせって………。

 待ち合わせる場所ではないためベンチも腰かけも手すりさえない。

 こんなところに長くいればただの不審者だ。

 実際に、警備の守衛がこちらをチラチラ見ている。

 

 帰ろう。

 

 ここにいると、そのまま警備員のお世話になる。

 と、その時。

 「ごめんごめん、遅くなったね。」

 昨日聞いた少年の声が後ろから聞こえた。

 振り返ると、案の定、少年がいた。

 少なくとも足音なんて物はなく、人が自然に発している呼吸音すら感じなかった。

 まさしく不気味の一言に落ち着く。

 「———いえ、今来たところです。」

 社交辞令を言ったが少しは察してほしい。

 今にも警備員がよってくるだろうと身構えて………。

 あれ?

 ふと、さっきまでいぶかしんでいた気配が無くなっていた。

 それどころか………。

 警備室にいる職員もすべてこちらを好奇の目線で見ていた。


 「………見てみて。」


 「あれが………。」


 「どうやったら認められるんだ?」


 口々に何か言っているが、意味が分からない。

 困惑していると、さらに一人、後ろからくる足音が聞こえた。

 振り向くと、驚きで表情に出してしまった。

 ………見た目は不審者そのものだったからだ。

 黒装束、昔の忍者を彷彿とさせる格好だ。

 黒装束に身を包んで顔は見ることができないが動きに無駄がない。

 この少年ほど特異的な存在ではないにしても、洗礼された動きを見ればその手の熟練者であることは一目でわかる。

 「▽×※き●の。γござЖд€?」

 ………どこの言葉だろうか。

 話しかけられたが、バグのような音声で何を言っているのか、わからなかった。

 困っていると、少年が入ってきた。

 「月下君は、初めてだね。彼女は北条蒔苗(ほうじょう まきな)さんだ。彼女は体に埋め込んだ翻訳ツールがバグを起こしているから、現状何を言っているのかわからなくてね。まあ、こっちの声は自動翻訳されているのかは、知らないけど意味が通じているのは確認しているから会話が一方通行になっちゃうけど仕事には支障ないよね?」

 仕事?

 「あの、まだ俺、ここに呼ばれた理由聞いていないんですが?」

 「え?」

 どうやら、この少年は抜けているらしい。

 「あれ、おかしいなあ。」

 少年は頭を掻きながら苦笑いをしていた。

 北条さんは、顔こそ見せないが、呆けている雰囲気だった。

 「………正面から言うのが、照れくさいから封筒形式にしたのに、まさか通知が入っていなかった?」

 ぼそぼそ呟いていた少年が振り返って頬をかきながら照れくさそうに言った。

 「ごめん。採用おめでとう。」

 開いた口がしばらく閉じなくなった。




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