断章

 試験が終わり、俺たちは試験会場から出て帰路についていた。

 知里は、まだ体がすぐれないのかふらついていたため、俺がおぶって知里が借りているアパートまで運ぶことにした。

 作られた俺たちでも強制過程を卒業できればコロニー内部への一般市民権を持つことができる。すでに俺たちは、卒業までの単位は履修済みであるため、来年の卒業式に出るだけの状態である。そのため、コロニー内のアパートを借りることができた。

 すでに今年の春初めに寮からアパートに移り住んでいた。

 脱線したが、コロニーでは役割を全うすることができる人には権利を取得することができるのだ。

 つまり、18歳の冬までに実力をつけていれば、市民権を得ることができる。逆に、実力不足と判断されれば、コロニーから追い出され、地上地区に住む、もしくは他コロニーへ出兵命令が出される。コロニーによって実力の水準が違うことから、他のコロニーで市民権を獲得することができるのだ。

 ………だが、他コロニーの身内贔屓に耐えられれば、の話だが。

 俺は生まれつき魔法が使えない。

 この魔法社会において魔法が使えないのはまさしく無能の烙印だ。

 だが、正直な話、ほっとしていた。

 他の人たちの目標は防衛局に勤めること、で止まっているのだ。

 先がない。

 展望としてはいいのかも?しれないが、空虚に感じてしまったのだ。

 まるで防衛局に入れば自由になれる、と言わんばかりに。

 俺の目指すところではない。

 俺は、確かに自由が欲しい。だけど何の束縛もない、やりたい放題の人生を送りたいという意味でもない。できるなら、肩身の狭くないゆるりとした生活を送りたいと思っているだけだ。だが、生まれたときから職業選択の道が狭められている俺たちには限られた道しかない。

 そのため、他の部分でカバーして生きてこなければならなかった。

 座学においては全く苦労せず、瞬間的に教本を暗記していた。

 授業中は座学の教本を立てて、過去のデータベースを開き、過去の偉人たちの防衛方法、敵の動き方、防衛局の検知センサーの感度や原理等を見ていた。

 とくに今、問題になっている【ホワイトカラー】の種類や対応方法をピックアップしてみていた。

 座学の時間が終わると魔法学の時間。

 完全な無能者である自分は欠陥品として隅に追いやられるが、ある意味で僥倖だ。

 隅に追いやられるということは、その時間教官の目が離れるのだ。

 その間、ひたすらランニングを行い、持久力を付けた。

 また、武術は一通り身に着けるようにした。

 自分の体の状態、呼吸法、柔軟、そして軸心への意識は特に重要だった。

 これを自然体で行えるまでに数年の月日が必要になるとは思っていなかった。

 ………しかしこれだけのことをしても、魔法で身体強化の初級魔法の足元にも及ばないのが現実だ。

 魔術回路に魔力を流すだけで、身体的機能が飛躍的に上がり肉体も強靭になる。

 また、魔術回路が複雑であればあるほど、そこからあふれ出す魔力がメッシュ構造を取り、自分の皮膚より上に薄い薄膜が形成される。この薄膜が障壁となり、並大抵の物理的な干渉を防いでくれる。

 昔の大戦では、銃による射撃戦が主流だったらしいが、この魔術回路による障壁によって銃弾はゴム弾に降格した。寝首を搔けば、銃によって殺すことは可能かもしれないが難しいことだ。またこの障壁を突破するには戦車砲並みの威力が求められた。

 だから、銃社会は魔法社会に伴って衰退していった。

 俺としては、あんな鉛玉一つで人間の命を左右してほしくはないけれど。

 実に機械的な殺人は、命が空虚に感じるからだ。

 その人が生きていた時間を、鉛玉一つだけで終わらせる所業は、度し難いとしか言えない。

 脱線したが、こういった座学を軍学校時代に教えられる。

 そして、施設に帰ってくれば明日のために、また勉強の日々だ。

 そんな日々を過ごしていたある日、施設の大人に裏切られた。

 特段、驚きはしなかったが、ため息くらいは出た。

 そのあと、知里と知り合った。

 どんなことで話し始めたのかわからない。

 本当に他愛もない話をしたと思う。

 それがここまで長い付き合いになるとは思っていなかった。

 正直な話、知里は俺からすぐに離れていくだろうと思っていたのだ。

 彼女は好き嫌いが激しいタイプだった。

 気に入らないやつがいれば軍学校の上官だろうと潰しにかかっていた。

 この縦社会の縮図である防衛局で大丈夫だろうか、と気にしていたが彼女には実績が存在していた。


 No.1という実績が。


 だからこそ、俺は離れようとした。

 彼女のキャリアを俺との付き合いで消すわけにはいかない。

 そう思っていたが、逆に怒られた。

 「決めるのは自分。進むのも自分。なら後悔はないじゃない!」

 この言葉には彼女なりの強さがあった。

 おそらく、彼女はこの言葉通りまっすぐ生きてきたのだろう。

 だからこそ、彼女のそばにいることで勇気をもらってきた。

 そこには、憧れもあり、尊敬もあり、………恋慕の思いもあった。

 まあ、かなり振り回されたが、仕方がないことだと思っている。

 あきらめの境地にも立っているが………。


 知里のアパートの鍵を開けて中に入る。

 中は、かなり散らかっていた。

 訂正。


 アマゾンだった。


 部屋の衣類の散乱、カップ麺の容器が数知れず、放置されていた。

 さらに台所から腐った匂いが際立ち、この匂いにつられているのか先ほどから周りを飛ぶ羽虫やゴソゴソと動く黒い物体まで見える。

 おそらく、引っ越しのタイミングから掃除をしていないのだろう。

 昔から、知里は掃除が苦手だったこともあり見慣れた光景でもあった。

 ………訂正しよう。苦手ではなく壊滅的にできない。

 春から夏までとなると部屋がこうなるのも納得の期間である。

 「掃除くらいしろ。」

 「いいじゃない。迷惑はかけてないんだし―——。」

 下や左右の住民から苦情が入らないといいけど………。

 ベッドの上の下着や段ボールを払いのけ、知里を横にさせる。

 すぐに起き上がろうとした知里に枕を押し付ける。

 今まで知里の部屋をきれいにしてきた身からすれば、学習してほしい点である。

 腕をたくし上げてどこから手をつけようかと思考を回した。

 知里は呑気にあくびをして、

 「ごみの収集っていつだっけ?」

 と言った時には思考が止まり、頭が真っ白になった。

 ………最優先で知里の脳みそに掃除の概念を教えようと決心した。

 



 筋肉痛にもだえながら悪臭と対峙し、嫌悪感と冷や汗が噴き出す。

 いままでよくこんな空間で生活できたな………。

 何とか使えるようになったキッチンで晩御飯の用意をする。

 ケトルに水を入れて沸騰させる。

 沸騰する間にごみを出す。

 ………Lサイズのゴミ袋が30個も出るとは思ってもみなかった。

 その中に、ホイホイで捕まえた数多の黒い物体の駆除も加味してほしい。

 とにかく、ひどく疲れた。

 ご飯を炊いて、炊飯器で炊いた白米、みそ汁とあり合わせで作った麻婆茄子を作った俺は知里の部屋を後にした。

 『食べていけば?』と言われたが疲労が先に来ている俺からすれば、今すぐにでも寝たいというのが心情だ。

 おそらく、こんなことを知里に言えば『泊れば?』とかいってくるだろう。

 冗談じゃない。

 顔を虫に這いまわられそうと思うだけで悪寒が走る。

 その後、家に着いた時には時計の針はてっぺんを越えていた。

 鍵を開けて中に、室内に入る最中に少年から渡された封筒のことを思い出した。

 知里の部屋掃除ですっかり忘れていた。

 ベッドしかない家で封筒を開くと集合時間と場所、連絡先、および少年の名前が載っていた。

 「甲斐田悠一(かいだ ゆういち)。」




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