第2章

 【設問4】下記の書記における時代背景を答えよ。


 今の世界に生まれ落ちた子らよ。

 どうか許してほしい。

 君たちの生きている世界、時代からは私たちはどう映っているのかはわからない。

 我々は次世代に多額の負債を残すことになってしまった。

 世界をよりよくするために我々は尽力してきたが、このありさまだ。

 これが、君たちなら別の道を歩めただろうか。

 私たち、無力な人間ではなく神に近しいものならば、打開できただろうか。

 我々はわからない。

 どうしてこんなことになったのか。

 だが、責任の取り方は知っている。

 何億という人間が死んでいる中、つり合いは取れないだろう。

 だがこの世界から、我々を排斥してこそ最後の役割を果たしたことになるだろう。


『失意の書 第3章四節 マクスウェル・ウェルネス』

                              ———遺書より


A. 二度目の世界崩壊後、国際機関破綻によって国家単位からコロニー単位へ移行




 座学の筆記試験を終えて、解答用紙を試験監督に渡す。

 出来としては、満点とは言えないだろうが9割は堅いところだ。

 俺は、今年で18歳になる。

 今日は、正式な防衛局になるための最終試験日だ。

 いまだに所属としては、防衛局が管理する軍学校となっている。

 そのため、今日の試験に合格してやっと正式に防衛局所属になれる。

 しかし座学関連に関しては問題ないが、本当の試験はこれからだ。

 そんな俺をここぞとばかりに、からかいに来る集団がいる。

 俺から見て右後方、勢いよく駆け出してくる集団がいた。

 「おい、落ちこぼれ! 恥をさらけ出す前に辞退したらどうだ? ハハハ!」

 よくからかいに来ている集団が今日もまた試験終わりに来た。

 いつもはやし立ててくる同期に対し、反論することも敵意を向けることもしない。

 むしろ敬意に近い思いがある。

 そんな無駄で意味がないことを毎日続けられる持続力に———。

 時間は有限で、限られているのに。

 そんな光景に歯止めをかける存在が一人。

 「こらっ!」

 こいつも無駄なことをしていると自覚をもってほしい。

 彼女をみた瞬間、さっきまでの勢いがなくなり悲鳴に近い声が聞こえた。

 「げ、茅野だ!」

 「虎の威を借りる狐かよ!」

 「いまから消耗するのは不味いって!」

 口々に悪態をついたのちに蜘蛛の子を散らす勢いで散開していった。

 「おい、知里………。」

 名前を呼ぶ方向にはカラフルな色合いをした、幼馴染がいた。

 ゲーミングカラーというらしい。

 ………目が疲れるのは気のせいだろうか。

 普段は、もう少し落ち着いた色合いの服を着ているのに………。

 勝負服?

 意味、間違えてない?

 「もう、健吾君。健吾君も反論しなきゃ! 言われ放題でいいの!?」

 「時間を割くのが、めんどくさい。」

 「もう! そんなんだからバカどもの標的にされるのよ。」

 知里は「はあ」、とため息をついた。

 なぜそんなにも、めんどくさそうなため息を吐く?

 ………いや、話題を変えよう。

 「それで、筆記はどうだった?」

 その言葉を言った瞬間、知里の肩が跳ね上がった。

 知里の顔が申し訳なさそうな顔になっていた。

 「………無理でした。」

 今度はこっちが「はあ」、とため息が出た。

 「確かに、失意の書の座学が出るのは予想外だが、逆に今回の問題は年代さえ理解していればどうとでもなる問題内容だったぞ?」

 「………なんでよ。あの一年に3個の事柄が出てくる年表とか見ていて頭が回るわ。それが400年分出てくるのよ?計千二百個暗記しなきゃ、問題解けないとかバカじゃん⁉」

 ………千二百個程度では?

 そう言いたかったが、知里の機嫌をこれ以上悪くするのは悪手だ。

 「それにあの当時を研究することが、盛んにおこなわれているじゃないか。」

 「ああ、あの世界戦慄こそが魔法使いが現れる原因だってやつ?」

 今でこそ魔法というのは身近にあるが、今から500年前は魔法がなかった、なんて考えられない。

 今から500年前頃に魔法という存在が御伽噺から、現実に扱える人が出始めた時代だったらしい。そんな彼らを人々は進化した人類だ、といった。

 いつしか、魔法の特異性や評価が決まり、魔法によって人権も左右されるようになった。

 これは、外敵からコロニーを守るための名残だとも言われている。いわゆる時代の遺物、形骸化の顕著な例である。

 今では魔法の特異性こそが、その人の価値に成り代わった。

 しかし実際問題として、この防衛局が相手にするのは人外の化け物だ。


 【ホワイトカラー】


 突如、世界各地に現れ、人々を食べ始めた怪物だ。

 皮膚の繊維が白く、赤い目が特徴だ。

 初めて観測されたときには、球状のボール型だったらしい。

 しかし、急速に進化をしていき、あらゆる形態をとるようになった。

 動物や無機物、人間のような体系を取るものまで現れていた。

 防衛局はそんな【ホワイトカラー】やテロリストの鎮圧、コロニー内の秩序維持を受け持つ機関だ。

 誰だって、命を捨てたくはないはずだが俺たちは違う。

 コロニーの存続のために試験管から生まれたのが俺達なのだから。

 「知里なら、その範囲は眠らずに聞いたから問題ないと思っていた。」

 「起きてれば頭の中に入るわけじゃないの!」

 そうなのだろうか………。

 ———まあ、そうしておこう。

 納得しないと、また知里が怒り出す。

 「それで出来は?」

 「………4割未満。」

 なるほど、周囲の雰囲気を見る限り大体ボーダーが4割ギリギリだろう。

 なら大丈夫だ。

 「健吾君はどうだったの?」

 「思ったより簡単だった。これなら問題ない。」

 「なら、いいじゃない?」


 筆記だけなら、な。


 だが、問題がある。

 防衛局では魔法レベルが規定値に満たなければ配属取り止めとなる。

 正直、作られた俺たちはこの制度には引っかからないはずだった。

 しかし、俺は違った。


 魔法が使えないのだ。


 この社会は魔法こそが人権だ。

 肉弾戦ならともかく、先天的才能に依存する試験を受けなければならない。

 今回ここに至る過程でなぜ適性がない俺が呼ばれたのか。

 それは単純だ。

 適性は無くても作戦の立案としての指揮命令官としての採用が見込めるからだ。

 「だけど、指揮官志望でも実技を受けろ、とのことだ。」

 「………なにそれ。事前情報と違う。」

 「今年からの方針らしい。」

 まったくの予想外が起きた。

 もし、実技の試験が採点対象であるのなら合格は厳しい。

 いや、不可能だろう。

 「仕方ない、次の試験会場に向かいながら考えるとする。」

 「ねえねえ、健吾君、次の試験場所はどこ?」

 筆記試験が終わったあと、割り振られた紙には9の文字が書かれていた。

 「9だ。」

 「同じ! 一緒に行こう!」

 知里とは長い付き合いだ。

 語弊を正すなら、俺と知里は実験児だ。

 長い付き合いというより、同じく生活していた家族に近い。

 クリーンルームで作られた俺たちは基本的に身内思いの集団になるはずだった。

 しかし、俺の魔法適正が発現しなかったことから分裂した。

 繰り返しになるが今の世の中、魔法こそがその人の人権なのだ。

 いまでは、俺に話しかけてくるのは知里一人だ。

 茅野 知里(かやの ちさと)。

 幼いころから何かとちょっかいをかけてきては周りを振り回す天才。

 本来であれば、俺たちのリーダー格として期待されていたことだろう。

 しかし、彼女は俺と一緒にいることで集団から疎外され、実質一人でいることの方が多い。

 そのことに申し訳なさと不甲斐なさを感じずにはいられなかった。

 だが、知里曰く、『人は選ぶ。美徳ゆえに。』とのことだ。

 なんのことだか、さっぱりだが、昔から頑固だったため説得ではなく傍観することにしていた。

 それに何か言えばうるさいし。

 「でも、教官誰だろう? 私と渡り合える人なんていないと思っていたけど。」

 実際、俺もそう思っている。

 知里はこの新入生、いや、このコロニーでも特異的な能力を持っている。

 実際に何回か、実践のために養成学校時代も実践に参加していた。

 実践経験はこの新入生の中でも群を抜いている。

 「筆記はダメだったけど、実技は取り返せるから余裕余裕!」

 「あれだけ筆記を教えてやったのに………。」

 「だって、つまんないじゃん? わかっていることをやっても。」

 「………基礎を積み重ねることで導き出せることがある。」

 「戦況は前例に支配されずに臨機応変に、でしょ?」

 こいつは昔から頭がいいのか、悪いのかわからない。

 正直に言えば、天才なのだろう。

 無才の俺からすれば天は人を選んでるように見えた。

 知里はどれをとっても天才だ。

 興味のあるものにしか集中力を使わないせいで勉学にはあまり結果は現れていないが………。

 「健吾君。私のこと天才とか言ってるけど、私からしたら嫌味に聞こえるよ?」

 「?」

 心の声でも漏れたのだろうか。

 「瞬間的に新聞記事の内容を要約してたり、目隠しチェス無敗記録更新中だし、私とのゲームでいまだに勝つし………。」

 「新聞なんて見出しの推察と周辺会話、広告を拾っていれば記事事態を細かく見る必要はないよ。チェスは確立から相手への戦略をあらかじめ決めておけば目を隠していても勝てるよ。最後に関して言えば、五分五分だし。それは勝利とは言わない。」

 「ムカつく! そんなこと私に要求されたらキレてるし! そんなことできないし!」

 また激おこ知里丸が出てしまった。

 こういった時は謝るに限る。

 「………すまん。」

 歩きながら知里が猿のように………。

 「今、私のこと猿とか思っていたら、あとでタコ殴りだからね!」

 「………すまん。」

 「ムキィー!」

 猿以外での表現が思いつかない………。

 いや、今度からはオラウータンを思い浮かべよう。

 ………。

 だが、知里とは関係が長いせいか、この何気ない会話が好きだ。

 いつまでも、こうしていられたらいいのに。

 そうやって騒いでる千里をよそに試験会場の9という数字が見えてきた。

 


 

 だが、見えてきた会場の様子は明らかにおかしかった。

 ここの試験会場では道中見てきた番号の会場とは違い、試験者数が圧倒的に少なかった。

 「………ここ、おかしくない?」

 知里も気が付いたのか周りを気にし始めた。

 他の試験会場では試験者が数百人いる。その他にも新人がどれくらいの実力化見るために正規隊員が観覧席に入る。そのため実技会場入場入り口には押し寄せる人波ができていた。

 しかし、ここの会場にはポツポツと数人、数えるだけでも十数人しかいないのだ。

 「………もしかして、ハズレを引いた?」

 「………いや、俺たちはこの会場に来るように仕組まれたとみるべきだろう。」

 「何それ。もしかして、目障りだから潰しに来た?」

 「考えたくないが、それが一番濃厚だろうな。」

 「………ムカつく。」

 実際、俺に関して言えば魔法の使えないお荷物。知里は融通の利かない鉄砲玉だ。集団性を重視するコロニー側からすれば生産性の低い方を生かしておけば全体が腐る可能性がある。実に単純なことだ。

 「とにかく、やってみないことには始まら―。」

 知里が言葉を言い終わる前に、試験会場の入り口が壊れ、中から先ほどちょっかいをかけてきた同期が飛び出してきた。

 その奥から小柄な子供が出てきた。

 歳は、10歳くらいだろうか。

 その子供を見ただけで同期の男は悲鳴を上げて走っていった。

 この光景をみた受付嬢が頭を抱えていた。

 「うーん。またか………。」

 そんな愚痴りを聞きながら少年を観察する。

 どこか拍子抜けしたようなあどけなさを残す顔。それでいて重心にブレがなく、呼吸に乱れがない。間違いなくここの試験官だ。

 いまだに状況が飲み込めない中、受付を担当していた受付嬢がお怒りのようで青筋を立てていた。

 「………甲斐田さん。力加減、間違えてませんか?」

 「え? いや、そんなことは………。」

 「今のところ、合格者は一名のみ。確かに他の試験よりも難易度が高いとは言え、再起不能にしろ、とは言ってません。」

 「うーん。どうだろうね。どちらにせよ、普通の試験でも同じ結果になっていたと思うよ?」

 「なぜですか?」

 「魔法が使えるって言葉に乗せられていたから。」

 「は?」

 「魔法が使えても棒切れみたいなものだよ。」

 「それでも、入った後に教育すれば―。」

 「戦場で指導しろって? それこそ無茶だよ。」

 「なぜですか?」

 「マッチ棒で火山に挑むようなものだからだよ。それに正規職員がいても、基礎にも達していない職員がいたら全体が死ぬから。」

 「それでも、再起不能にするのは―。」

 「そこは評価してほしいな。」

 「?」


 「戦場で死にたくないでしょ?」


 一連の会話を聞いている限りだと、ここの試験は他の会場とは違い、難易度というより戦場を意識した立ち回りを求められているようだ。

 なら、話は変わる。

 受付嬢に促され少年は、また奥の会場に戻っていった。

 「はあ。では、次の試験者の方。」

 その声に呼ばれて前に出ようとした。

 が、先に知里に越された。

 「次、私がやりまーす。」

 疲れているのか、受付嬢は淡々としていた。

 「はい。では、内蔵チップをかざしてください。」

 そういわれた後、知里が認証パットに手をかざした。

 「茅野知里さんですね? では、中にお進みください。」

 そういわれて、中に進んでいく。

 本来であれば、内部を遮るように扉があるのだろうけど先ほど壊してくれたおかげで丸見えだ。




 「よろしくお願いしまーす。」

 「はいはい、ゆっくりでいいよ。」

 少年はつまらなさそうにあくびをしていた。

 ムカつく。

 私の感情は怒りに染まっていた。

 このくそったれのコロニーが私たちを作っておいて、不良品扱いしようとしているのだ。

 存在意義の剥奪。

 そして、健吾君の道を遮っているのだ。

 (つまり、私がこのクソガキを再起不能にしてやればこの試験は無くなる。つまり、試験が延期される。)

 延期されている間に、健吾君なら抜け道を探し出すはずだ。

 そうすれば、一緒に居られる時間ができる。

 防衛局に入った後も、オペレーターと戦闘員の関係にはなるけど一緒になれる。

 そのために―。

 「それでは、開始。」

 ふう、と少年が息を吐いた。

 逆に私は、息を吸い込んだ。

 それだけは覚えている。

 吐き出した記憶はなかった。

 詰まるところ。

 気絶した。




 何が起きたのか、わからなかった。

 驚愕の事態だ。

 開始と同時に知里が崩れ落ちた。

 すぐに駆け付けると一時的な貧血状態だった。

 会場の外に知里を背負い、ベンチに体を横に倒す。

 外に備え付けられていた酸素ボンベを知里の口に当てる。

 脈を量り、心拍数が落ちつくのを待ち抱きかかえて試験会場から出す。

 なんだ?

 相手の能力がわからない。

 貧血?

 血液操作系?

 しかし、さっきのここから逃げ出していった男には意識があった。恐怖の感情を植え付けるのは精神操作系だ。系統が違い過ぎる。

 今のところコロニーデータに該当する魔法使いは存在しない。

 そんななか、知里が意識を取り戻した。

 「………健吾……君? なんで………、あれ?」

 「黙っていろ。」

 やさしく、頭に手を当てる。

 それだけでおよそ何が起きたのかわかったのだろう。

 知里は、唇をかみしめていた。

 「………ごめん。」

 「黙っていろ。休めば楽になる。」

 しかし、気になる。

 気になるのだ。

 あの子供は、先ほどから手加減しているのでは? と思ってしまう。

 本来、技能試験では、試験官も死にもの狂いで応戦する。

 だが、彼は涼しげな顔で連戦している。


 格が違う。


 「次の方。」

 気だるげな受付嬢がこちらを見ている。

 会場にいるのは知里と俺だけだ。

 他は先ほどの戦闘を見て逃げたのだろう。

 正直な話、俺も逃げたい。

 でも、好奇心には勝てなかった。

 認証パットに手をかざし技能試験会場に入る。

 おそらく、激しい戦闘もあったのだろう。

 所々、試験会場に亀裂が入っていた。

 周囲を注意深く観察していると、

 「君、月下健吾君?」

 突然、監督役であろう少年に声をかけられた。

 「君には期待してるよ。」

 無邪気に言い放つ子供に対し周囲を観察し続ける。

 使えそうなものはないのか。

 観察するのに時間がほしい。そのために試験の開始宣言を遅らせようと会話する。

 「魔法が使えない俺に何を期待してるんですか?」

 「君は決して魔法が使えないんじゃないよ。まあ、問題は多々あるけど。それに情報の収集のために周囲を見ている点は魔法を使えることより評価が高い。」

 見ているつもりが見られていた。

 いや、それも計算に入れていたが切れる札が無くなる。

 窮地だ。

 いや、思考を働かせろ。

 相手の系統さえわかれば解決の糸口くらいは掴めそうだが………。

 「では、始めてください。」

 無情にも開始の合図がかかる。

 それと同時に相手の目の色が物理的に変わった。

 さっきまで、鈍色だった目が今は黄色に染まっていた。

 それと同時に悪寒が走り上体を反らす。

 「っ!」

 上体を反らしてバランスを崩した体にものすごい風圧をくらい、地面を転がることになった。

 そして、自分が立っていたところ。正確には頭の位置に脚を突き出していた少年がいた。

 本能に従って動いたが、本当にギリギリだった。

 「いい動きだね! 日常から体を動かせるようにしている証拠だよ。」

 「………それはどうも。」

 今のはまぐれだ。

 確実に次はない。

 頭の中で、収集と整理、分析を繰り返していた。

 今の動きでわかったことはもはや人間の動きではないことだ。

 つまり、魔法を使用したということだ。

 系統的には、肉体強化系。

 しかし、それだと知里が何もしないまま倒れるのはおかしい。

 あと考えられるのは………。

 「さ、もっかい行くよ!」

 そういって、構えた。

 集中だ。

 おそらく今の頭部に先ほどと同じ蹴りもしくは拳が突き出されるだろう。

 それを逆手に取る。

 集中した視界のなかでも猛烈なスピードで突っ込んでくる姿をとらえた。

 だが、先ほどまで見えなった事態に比べればやりやすいものだ。

 繰り出される脚を凝視して、一気に集中力を上げる。

 脚を脇に抱え、地面にたたきつけた。

 そして、動けないように相手の右脚、左腕を瞬時に折る。

 先ほどの行動の結果から考えて最も可能性がある魔法系統は念動系だ。

 念動系は神経を最大限に使用して、物理法則を捻じ曲げる。しかし、原理は座標固定の概念だ。物体Aという物が座標B地点に移動するために必要なエネルギー量を算出して必要なベクトルに魔法量を流し込むものだ。

 つまり座標が固定化される。

 目標地点が決まっているのなら逆算して罠を張ればいいだけだ。

 今回は自分の頭位置が目標地点である。

 転がっている監督役をみて胸をなでおろした。

 折ったとはいっても、もしこれでショック死していたらさすがに目覚めが悪い。

 息はあるように見える。

 そう思って手を彼に伸ばした。


 「はい、終わり。」


 その声を聞いた時に自分が試験会場の天井に向かって手を伸ばしていたことに気が付いた。

 「え?」

 「何を見ていたかは知らないけど、試験は終了したよ。お疲れ様。」

 何が起きているんだ。

 いつから横になっていた?

 二度目の蹴りの時に接触したから三半規管を揺さぶられた?

 一度目の蹴りの時にすでに昏睡状態だった?

 それとも、開始の時から………。

 いまだに天を仰いでいる自分に少年は優しく語りかけてきた。

 「今日はゆっくりやすみなよ。実践風にしたとはいえ、消費が激しいはずだよ。」

 「………ただ、横になっていただけです。」

 「いいや、君は魔法を使わずに肉体だけでこなしていた。だから消耗が激しいよ。」

 その言葉に、負け惜しみのつもりで、

 「……いつ倒れたのかわからなかったので疲れているのかもわかりません。」

 そう言った。実に小物臭い。

 言っている自分が一番惨めに思えた。

 少年は困った顔をして、頭をかいていた。

 「あの技は試験だとダメだな。記憶しておこう。」

 ぼそぼそと独り言を言っていた。

 が、再度こちらをみていった。

 「少なくとも僕は評価の株が上がったよ。」

 「………。」

 そんな慰めの言葉に何の意味があるのだろうか。

 一体何ができたというのだ。

 結局、ここに転がっているだけだ。

 それも自分よりも歳のいかない少年に完敗して、だ。

 魔法が使えない分、肉体のトレーニングには妥協しなかった。

 ………結果として無駄だった。

 「さあ、立って。」

 そう促され、脚に力を入れて立ち上がると鈍い痛みが体中にあった。

 筋肉痛だ。

 少年の言葉通り、身体的にガタが来ていたらしい。

 周りの人間よりは鍛え上げていたつもりだったが、このザマだ。

 だが、これが現実だ。

 仕方がない。

 明日のことを考えよう。

 そう思っていたら、目の前の少年が一つの封筒を差し出してきた。

 「明日、この場所に来てね。忘れないでね。」

 それだけ言うと、大きく伸びをしてあくびをしていた。

 どうやら、これ以上試験はないらしい。

 少年が帰ろうとしているのを呆然と見つめている俺は体のしびれに身を焦がしていた。

 が、今日はそれだけで終わらなかった。


 遠くの方からものすごい轟音を立てながら接近してくるものがあった。

 これも試験の一種⁉

 そう思って、防御姿勢をとった。

 が、その音の発生源は俺ではなく目の前の少年に舵をきった。

 そして、


 少年の顔面に蹴りがキレイに決まった瞬間を見てしまった。

 

 「ふべっ!」

 さっきまで最強と思っていた少年が蹴りを食らって地面をバウンドしていた。

 何が起きたのかわからないでいると、

 「おそい!」

 蹴りを放った少女が仁王立ちで立っていた。

 「………香織ちゃん、まだ、時間、あるよね?」

 蹴られた本人は立ち直れずにボロボロの状態で上体だけ起こして抗議の声を上げていた。

 それに対し、憤慨の勢いは止まらず息を荒げる少女。

 「その時計壊れてるから! もう約束の時間、30分すぎてるからね! 寿司食べれなくなるじゃない!」

 「お兄ちゃん、これでも仕事終わり………。」

 「そういって、毎回、約束通りに来た試しがないじゃない! 一週間前は、四乃…? なんだっけ? そこのお嬢様関係の緊急任務で銀烏賊食べれなかったじゃない!」

 「家の務めをしなきゃいけなかったんだよ? それにちょっとコロニー3が消えそうだったから助けに入らなきゃ………。」

 「問答無用!」

 そう言うと、少年の襟をこともなさげに引きずっていく。

 「今日だけは絶対に食べたいから逃がさないよ!」

 その言葉に少年が口をとがらせていた。

 「えー、自分がいなくても名前さえ言えばお店に入れるんだから………。」

 「っ。」

 その言葉を聞いた瞬間、少女の顔が般若に変わった。

 「何か言った?」

 「………なんでもないです。」

 少年は萎れていた。

 その二人の姿を眺めるしかなかった。

 だが二人の姿はなぜか、胸に刺さるものがあった。





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