第32話 逃亡者
真の横にはチンピラ二人が逃げないように、真の両腕を交差して抱きかかえていた。
他の車からも徐々に降りてくる。真と同じような格好で捕獲されていた、若い女性たちが見えた。
自分はパンツ一丁だったので、真は恥ずかしくなった。
船はこちらに近づいてくる。立体が少しずつ露わになってくる。
「おい、行くぞ」
内村が言って、真たちは歩き出した。
他の車から降りてきた人物たちも浜辺の方に歩いていく。
そして、全員が集まった。
真は捕まっていた女性たちと目が合った。何かを言うつもりはないが、その気持ちの奥にはきっとつらい未来を予測しているのだろう。
貨物船は目の前まで来ていた。思っている以上に小さかった。
ハゲ頭の大森も早乙女もいる。大森組にとっては一番の大仕事なのだろう。
大森が内村に言った。「マフィアから金を貰ってから一人ずつ渡すんだぞ」
「はい、承知しました」
内村が姿勢を正しながら、頭を下げる光景は初めて見るので、何だか力関係を勉強しているような気分だった。
貨物船からサングラスを掛けた黒いスーツの男たちが現れた。真は一瞬、大森組のチンピラと変わらないじゃないかと思っていた。いや、寧ろ大森組がそれに影響を受けたのだろうか。
真は辺りを見渡した。警察が来るとしたら今だ。
マフィアのボスらしき人物が出てきた。いかにもボスだけ白いスーツだったので、多分そうだろうと真は感づいた。
早くしてくれ……。
真は願っていた。
マフィアのボスは大森に近づきニヤニヤしながら話をする。そして、誘拐された女性たちを見る。
と、その時、
「今だ!」
と、公園の木の茂みから、スーツを着た男たち三人が走ってきた。続いて何人も後でやってくる。
「おい、バレた。散れ、散れ!」
大森はそう言い残し、内村、工藤、早乙女は一気に逃げるが、四方八方に、警察が動き出す。
マフィアのボスは拳銃を警察に三発ほど発砲して、船の方に逃げる。
解放された真もすぐに、他の誘拐の女性たちに駆け寄る。彼女たちも一塊になっていた。警察は彼女たちを囲み救出した。
真も横で立ったままでいると、聞きなれた声が聞こえてきた。
「真君」
その声の方を向くと、あかねがこちらに向かって走ってきた。
「大丈夫なの?」と、あかねは真の前まで来て、息を切らしながら膝に手を置き、顔を地面に向けて言った。
「ありがとうございます。僕は大丈夫です」真は肩の荷が下りたとように、緊張感が一気に抜け、自然と笑顔になった。
「違う違う、その服装」
真は自分がパンツ一丁だったのを気づいた。急に恥ずかしくなる。
「あ、すみません。これはその……」真は顔を真っ赤にする。
「まあ、別にいいけど」あかねは真の顔を見た。「まあ良かった、本当に。拉致られたらお母さんに申し訳ないなって思って……」
そこかい! って思ったけど、あかねの素直ではない部分を、また見せられていた真は笑って受け止めた。
「でも、どうやって警察に伝えてくれたんですか。僕の証言で全てを動いてくれるとは思えないですけど」
「まあ、殺人事件と誘拐事件を大森組が関与してたからね。それに、あの夜、あたしスピーカーで真とやり取りしてたんだよ」
「スピーカーで……。ということは?」
「あたしが自分のスマホで録音して、それを菅さんに聞いてもらったんだ。そして、その録音の元で、この場所で待機をしようという話になった」
「ずっと、木の茂みに隠れてたんですか?」
「いや、そうじゃないよ。大森組が待機してたのを確認した後、約束の九時まで、徐々に距離を近づけていった。じゃないと、見張りのチンピラもいるかもしれないからね」
「なるほど……」
真は周りを見渡した。マフィア集団は船を動かしてしまい、警察は取り逃がしたけど、次々と大森組のチンピラたちは捕まっていく。
内村も工藤も早乙女の三人も次々と連行されていく。しかし、大森が見当たらない。
「大森はどこへ行った?」
菅は他の警察官に大声で叫ぶ。
「分かりません。見当たらないです」と、一人の警察官。
「あいつは六十手前だろ。しかも、車を使った形跡もない。探せ!」
警察官たちは大森を探す。
内村は感情的に警察官に怒号の声を張り上げる。相変わらず感情的な人間だ。
一方早乙女は薄目になりながら、諦めたように警察の同行に従っている。
彼女は真と目が合った。真は思わず目を逸らしたくなりそうだったが、彼女はニヤッと笑った。
その笑みが何を示しているのかは、分からなかった。
こうして、この事件は幕を閉じた。誘拐された寺田と水沢は泣きじゃくりながら警察に保護され、その他の被害者女性たちも、両親のところに帰された。
元々警察は、今回の事件は大森組への逮捕が目的だったのだろうか。中国マフィアたちは一人も逮捕されることもなく逃亡された。
そして、大森なのだが、これもまた、逃亡ということで終わってしまった。
あの、年齢で走れるほどの体力はない。あったとしても、二十代の警察官が捕まえられないわけがない。しかも、何人もいたのだ。
一体、彼はどこへ消えたのだろうか。
取り調べでは、内村は
「大森さんは、年に数回しか会ったことがないんだ。俺は組長のプライベートは知らない。大体、大森組は俺が一番仕切っていたからな」
「大森とは連絡手段が無いのか?」
「一応あるよ。俺のスマホのアドレスに載ってるだろう。でも、俺もそれほど電話したことがないんだ。電話に出たのが一回もないからな」
そう言って、彼の言う通り、その電話番号に電話したのだが、コールしかならない。
警察は、大森の捜査は難航のまま事件は終わった。
一方、篠原舞子の事件は鑑識の結果、早乙女の髪だと判明した。
後は真に言った通り、早乙女と大森は夫婦関係のもつれから、共に不倫していた相手を殺害させたらしい。
どちらの犯行も、二人が行ったということだった。
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