第26話 危機、脱走
ドアが閉める音が聞こえると、真は思わず抑圧されたストレスが胃の奥から一気に外に押し出して、それが空の嘔吐を何度もした。
しばらく胃のモヤモヤ感と、頭が冴えなかった。しかし、時間が経つと、ようやくこの場所と今回の事件の内容が分かってきた。
先程、早乙女の話が嘘ではなかったのであるならば、今回の事件は早乙女と内村の二人が篠原舞子殺しの犯人ということになる。
動機も言っていたし、証拠内容もハッキリしている。警察が鑑識に出した髪の毛が早乙女の物なのかは断定できないが、そうだったしたら、あとは証拠である。
とはいえ、今はそれどころではない。
人身売買――ニュースでしか聞いたことのない、言葉を後日自分はされる――らしい。
そんなことあってたまるか!
真は早乙女が去り際にでも、この縄を解いてもらえないかと言っておくべきだった。しかし、口元のテープが剝がれた分、口は動かせる。
早くうがい等の口元をゆすぎたかった。
真は瀕死の魚のように、身体をくねくねしながら周りを見渡した。
何か解けるものはないのか……。
木の机と椅子がある。かなり年季の入った物だ。後はその机に引出しが四つある。
真は椅子の脚部分に後ろで縛られている手首の紐を解こうと、擦りつけた。しかし、突起部分があるわけでもなく、ただ単に紐が擦れるだけだった。
何かないのかと、思ったら、この椅子は脚の部分にポチがあり、それを押しながら倒す折り畳み式の椅子だと分かった。
ということは、このポチの部分を押して倒した時に、脚に突起の部分があるから、その部分を使って紐が切れるのではないのか。
真はその考えを思いつき、また身体をクネクネさせて、手当たり次第で、両手を持ち上げて、ポチの部分を確認する。
真は心臓が高鳴った。もしここで誰かが来てしまったら、椅子を取り上げられる。いや、それだけではない。何もない牢屋に生かされて、殴られ蹴られということもあるかもしれない。
真の被害妄想は強くなっていた。しかし、どの道、あかねや菅が来てくれなければ、このまま被害者二人と人身売買になってしまう。行く場所は地獄だ。
真はその想像をすると、気づかれてもいい。とにかく、行動を移さなければ、自分は助かることはならないと思っていた。
昨日までの記憶が楽しかったのだと、この状態で分かる。しかし、まだ救いも残っている。
諦めてはダメだという思いで、必死で手探りでポチを見つけ、椅子を倒した。
キィーとさびた音が椅子の脚から聞こえた時、気づかれるのではないかとヒヤヒヤしたが、しばらく待ってみても、誰もこちらに来なかった。
真は脚の突起した部分をひっかけて上手く外れないかと擦ってみた。脚に紐が持っていかれている状態なので、手首が締め付けられて痛い、
しかしそれほど太くもない紐だったので、十分ほど試行錯誤をしていたら、徐々にぼろくなって、何本か切れていった。
もう少し……。もう少しだ……。
真はTシャツの中が汗だくになりながら、成果が表れつつあることに気持ちが高鳴っていた。
そして……。全て切れて、両手が解放できた。両手首には痛々しいほどにくっきりと紐の跡があった。
そのまま机の引き出しを開ける。ボールペン、ノート……。
いろんなものがあったが手鏡を発見すると、これは使えるのではないかと、さっきの椅子の脚の突起部分に思い切り叩きつけた。
すると、鏡が割れる。それを、何度も叩き続けて、割れた手のひらよりも一回り小さいガラスのかけらを手に取り、それを足首に巻き付けられている紐を切った。
ようやく真は両手、両足共に自由の身になった。
立ち上がって、軽くストレッチをした。達成感があった。
しかし、これで終わりというわけではない。寧ろ始まったばかりだ。この場所は大森組だろうとは思うが、色々と調べなくてはいけない。
果たして、それが誰にも見つからずにできるだろうか。
探偵でもない自分が……。
真はそんなことを考えると不安ばかりなので、取り合えず、自分のポケットに入ってある財布とスマートフォンをチェックしようと思った。
が、案の定、奴らに取られている。
真は希望の光を半分無くしたが、逃げ道を探す為、引き出しの中に何か武器になるものを探してみた。
だが、それなりに使えるものはなかった。
まあ、この部屋に連れてこられたわけだから、目立ってのモノはないということか……。
真は小さな窓があったので、恐る恐る開けてみた。
ぬるい風が部屋に流れていく。季節は秋。朝と夜は炎天下の暑さとは違う涼しさがある。
窓の外が暗いので、夜だとは分かっていたのだが、辺りの長閑な風景は一軒家で立ち並ぶ。その家には明かりがほとんど消えていた。
ということは、深夜に近い時間なのか。
そう言えば、この建物から、声が聞こえなくなった。彼らも眠っているのだろうか。
そもそも、ヤクザの就寝時間なんていつなのだろうか。
真はこの窓から外に逃げられるか試してみた。しかし、この小さな窓からは顔と右肩までしか外に出せなかった。
これなら、例え、ドライバーを使っても外に出られないだろう。
そう言えば、引き出しにドライバーがあったな。
真は引出しの中からプラスドライバーとマイナスドライバーを取り出した。
何かに使えるかもしれない。
真は学生時代に工作を作ったことがある。あんまり興味はなかったのだが、作ってみると、意外にハマってしまい、最終的には完成度の高いウッドハウスが完成させた。あの時は図工の先生も目を丸くしていた。
なので、この二つのドライバーを見ると、いろんなネジを外したくなるのだ。
真は二つのドライバーをポケットに入れて、ドアに耳を傾けた。
本当に静かだな……。
真は慎重に慎重を重ねて、心臓の鼓動が今にも飛び出しそうなほどの緊張感の元、静かにノブを回して、一つも音を出さずにドアを開けた。
そこには赤いマットが敷かれた廊下だった。電気が暗く、誰もいないのが分かる。
真はゴクリと生唾を飲み込んだ。いろんな扉がある。そこを開けてもいいのだろうか。
真は一番近い、向かいのドアに耳を傾けた。
何も聞こえない。
真は静かにドアを開けた。そこには誰もいない部屋だった。
そこもマットが敷かれていて、ガラスの机と、大きな背もたれがある椅子を見ると、普段、誰かが使っている部屋だとすぐに感づいた。
真は電気が付いているので、もしや後から誰かが入ってくるのではないのかと、気がかりだったが、自分がさっきの部屋に戻っても意味がないと思ったら、前に行くしかなかった。
ここで、何か手掛かりか、武器でもいい。そう思っていたら、奥にグローブとバットがあるのを発見した。
真は金属バットを手にした。これは使える。
しかし、そのバットはかなり使い古していて、でこぼこになっていた。
もしかしたら……。これで若い衆を……。
真は変な妄想に浸っていると、廊下から人の声が聞こえてきた。
「おい、連れてきた奴はここにいるのかよ」
ヤバい……。どうすればいいんだ。真はパニックに陥った。自分がいた部屋は物家のからだし、この部屋に自分がいる。しかも手足が自由に動いているのが分かると、命にかかわる可能性は十分ある。
真は後ろに何があるか確認した。金庫、机、タンス……。
一か八か隠れるしかない。
「はい、でも、今は眠ってます。相当効き目が強い麻酔薬をかがせたんで。まだしばらく起きてこないでしょう」
「まあ、眠ってるんだったら、別にいい。俺もそれほどあいつが連れてきた男に対して興味はない」
「一応、内村さんとも関係のある人物だということで、向かいの部屋に入れてやりました」
内村……。一人は先程早乙女と話していたチンピラだろう。声で分かる。しかし、もう一人は内村なのか。真は息を殺していた。
「何も俺の向かいの部屋を使わなくても」
そう言って、男二人は真が今いる部屋のドアを開けて入ってきた。
「しかし、これで、警察も大森組が全てやったことだと分かってしまいましたね」
「まあ、サツがどこまで調べられようと、俺たちが一番取り組んでいるモノに決定的な証拠がない。大森の兄貴もこの人身売買に力を入れてる」
真は洋服ダンスの隙間から二人のやり取りを見た。内村という人物は当たり前だが、写真で見たのと同じ顔だった。ただ、少し頬がこけていた。疲れているのだろうか。
「おい、火をつけろ」と、内村は煙草をくわえ右指の親指と人差し指でタバコを支えていた。
「へい、すみません」そう言って、チンピラはポケットからライターを取り出して火をともした。
真はその一部始終を見ながら、いつまで二人はここにいるんだろうと、神経をすり減らしていた。
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