第22話 つむぎのボディガード

 次の日、真はあかねに言われた通りの時刻に事務所まで来ると、そこには制服姿のつむぎもいた。

「おはようございます」

 つむぎは真の顔を見るなり、躊躇しながら挨拶をした。

「おはようございます。あかねさん、これは?」

「フフフ、ようやく気付いたかね。君は朝八時という早い時刻に来させたのは、あたしの妹のつむぎちゃんのボディガードをするためだよ」あかねはいつもの声よりも低い、男性の声をまねた。

「ボ、ボディガード?」

 真は素っ頓狂な声を上げた。

 つむぎは恥ずかしいのか、顔を赤らめて背けている。

「それよりも、君には事情を説明してなかったね。これを見たまえ」

 あかねは昨日届いた紙を真に見せた。

「今すぐ篠原舞子の捜査を止めろ。さもないとコロス……って。脅迫じゃないですか?」

「そうだよ。でも、我々は止めないよ。何故かわかるかね、真君?」

「そりゃあ、刑事さんとの話ですもんね」

「そうだ。しかし、それだけではないよ。君には申し訳ないけど、あたしはプライドってもんがあるんだからね」

 そう言ってあかねは歌舞伎の物まねをした。

 二人はその光景を見て、唖然とあかねを見ている。三人の仲で沈黙が訪れていた。

「あたしだって、脅迫状貰って嬉しくないよ。で、でもさ、こうやってふざけてやらないとお先真っ暗じゃ、暗くなるじゃない」

 慌ててあかねは言った。

「そうですね……」真はそう言った。「今日から僕は妹さんのボディガードするということでいいんですか?」

「うん、あ、通学だけね。全部じゃないよ」

「よろしくお願いします」

 つむぎは丁寧にお辞儀をした。真はぽりぽり頬を掻きながら「お願いします」と、照れ笑いを見せた。


 夏が終わって秋になり、今日の朝は木枯らしが吹いている。

 通勤の大人たちも昨日とは違い、服を一枚羽織って出勤していく。

「今日は涼しいですよね」と、真はつむぎとしばらく歩いた時に言った。

「そうですね」と、つむぎは他人行儀の愛想笑いを見せる。

「あかねさんがいるんだったら、お姉さんも付き添った方が良かったんじゃないですか?」

「さあ……」と、つむぎは首をかしげながら呟いた。

 それ以上、会話が続かない。

 真は正直、心臓の鼓動が少し高鳴っていた。やっぱりどこか悲し気な瞳が彼女の魅力を輝かせているのだろうか。

 高校生にしては大人びている。私服に着替えたら大学生と勘違いさせるようなほど、あかねとは対照的に彼女は美しさも兼ねそろえていた。

 おまけに夏服のせいもあり、彼女の胸も強調している。真は意識してみないようにはしているが、グラマーな身体も秘めている。

 本当は姉妹逆じゃなかったのか。家事もできてしっかり者の妹。自由奔放で子供っぽく気分屋な姉。

 つむぎはあかねのことをどう思っているのだろうか。あまりにもミステリアスな雰囲気を醸し出している為、何を考えているのが分からない。

「でも、こうやって男と歩いてると、変に思われませんか?」と、真は思いついたように言った。

「変に思われる? 男女の関係とかですか?」

「ま、まあね」真はこちらを真剣に見るつむぎに度肝を抜かれそうになる。奇麗だからではない。表情一つ変えない恐ろしさからだ。

「まあ、確かにそう見られても可笑しくないですけど、飯野さんに付き添ってもらって助かってます」

「そう、それならいいんだ」

 真はどうにかして打ち解けられないかと探り探り入れたいが、言葉が出てこない。

 気づけば学校近くまで来ていた。遠くの方に校舎が見える。

 つむぎは立ち止まって、真の方を向いた。

「今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」

 そう言って、彼女は真に向かって丁寧に頭を下げた。ロングヘアがさらさらと揺れる。

「よろしくお願いします」

 真も頭を下げて、手を振りながら離れていった。しかし、彼女はそれには答えず、他の生徒たちと一緒に校舎のほうに歩いていった。


「どうだった? つむぎちゃんとのデートは?」

 事務所に帰ったら、あかねがソファの上でまるで猫のように丸まっている。

「デート? からかわないでくださいよ」

 と、真は恥ずかしそうに言う。

「怪しい奴いなかったでしょうね」

「いなかったですよ」真は手を横に振った。

「いたらぶっ殺す。……はああ」

 と、あかねは体制を整えて、ソファに腰かけた。

「早起きは眠いね」

「何時から起きてたんですか?」

「え、七時半」

 その言葉に、思わず真はズッコケそうになった。

「七時半。僕は今日六時半に起きましたよ」

「あたしは常に眠いんだから。まこっちゃんは元気だからいいけど……」

 自分からしたら、あかねの方が元気だと思うが。と真は心の中で呟いた。

「それで、今日は、菅さんと一緒に警視庁に行くんですか?」

「いや、菅さんは忙しいからって、二人で行ってとは言ってたんだ。長柄刑事に伝えておくって言ってたから、長柄さんって人に会いに行こう」


 車内の中で真は言おうかどうか迷っていたが、決断してあかねに言ってみた。

「妹さんのことなんですけど……」

「何? つむぎのことが好きになったの? ダメだよ。あたしが鉄パイプでボコボコにするから」

 真は思わず吹き出しながら言った。「いや、そうじゃなくて。妹さんは警戒心が強い方なんですか?」

「ひょっとして、愛想悪かった?」

「えっと、まあ……」真は目をそらした。

「まあ、あの子は仲がいい人以外はそれほど喋らないから。顔がいいから色々とモテたりするんだよ」

「へえ」

「男子から何人も告白してきて困ってるっていうから、あたしが鉄パイプ持って、その男子学生たちに威嚇してやったけどね」

 本当に鉄パイプを持ってるんだ……。真は顔が一瞬で青ざめた。

「まあ、そんな性格だから、気にすることないよ」

 あかねはそう言った。しかし、真からしてみると、もう少し仲良くなりたい気持ちもあったので、何回か通学を共にしたらと期待もしていた。

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