第18話 早乙女の証言
「舞子さんのことは全て話しましたわよ」
そうクラブ“みなみ”のママ、早乙女菖蒲は紺の着物姿で、厚化粧で覆われた、狐のような釣り目で、鼻筋は通っている。髪の毛は後ろで束ねていて、額部分が露わになっていた。
早乙女は左手でタバコに火をつけた。薬指の指輪を見せびらかせるように光らせた。ここはクラブの裏側の庭だった。
「舞子さんは、その日、退勤したのが一時だったわけですよね」あかねは言う。
「ええ、そうよ」
「ママさんは何をされていたんですか?」
「何って、後片付けよ。営業時間が深夜の十二時、それからみんなで後片付けをするんだけど、従業員には遅くても一時には帰るようにしてるの。あまり遅くなっても給料出ないからね」
「給料はどんな仕組みになってるんですか?」
「ウチは時給と歩合よ。お客さんにたくさん指名してもらった方が給料もつくという仕組みね。ちなみに舞子さんはナンバーワンだったけど」
「明るくて、愛嬌がある方だったんですよね」
「表向きはね」早乙女はタバコの煙を吐いた。「裏では自分がナンバーワンだからといって、結構こき使ってたけどね」
「ママさんにもですか?」
「あたしにも結構言ってたわ。給料上げろだと。彼女の日給は三万円くらいなんだけどね」
「三万円! 一日でですか?」あかねは言葉を疑った。
「そうよ。あたしたちは高いお金を頂いてるからね。それなりの給料は渡します」
「三万円もあれば、月に換算しても二十日働いたら六十万……。六十万もあれば、あれもこれもできる」
と、あかねはぶつぶつと呟きながら、右人差し指で左の手のひらに何か書いて、妄想している。真はため息をついた。
「それで、他に何かママさんに絡んできたことはありますか。井原さんの件はそうでしたよね」
と、真が言った。
「そうよ。元カレからよく電話が掛かってくるという話を私にしてたわ。私は一応相談に乗ったけど、どうやら元カレとはDVの関係よね」
「そうですね」
「そこまで知ってるんだったら、今日来たことは別件よね、二人とも。何なの、さっさとおっしゃいなさいよ」そう言って、早乙女はタバコを地面に投げ捨てて、足でもみ消した。
「あなたは昨日、大森組という場所に足を運んでませんでしたか?」
突然のあかねの発言に、さすがの早乙女も少しうろたえた。
「……だから?」
「大森組は覚せい剤を密売している暴力団です。舞子さんから足をたどると、覚せい剤の場所はそこに行きつきました。つまり、舞子さんが使用している覚せい剤は大森組から購入したということがいえます」
「ふーん、それで、あたしも覚せい剤をやってるか調べたいの?」
「いいえ、あなたが昨日何をもって大森組に行ったのかを知りたいんです」
早乙女はもう一本タバコに火をつけて、一服した。
「あたしも用心してるのよ」
「用心? 用心棒を雇ってるんですか? 何のために?」
「クラブを守る為よ。お嬢ちゃん、あんたはまだまだ子供だから分かんないけど、大人の女ってもんは年を取ると、誰かにすがりたくなるもんよ」
「それで、大森組から守ってもらってるんですか? 高いお金払って」
「そうよ。あたしは暴力団と関係を持ってるの。それが悪いわけ?」
すると、あかねは躊躇なく言った。
「悪いですよ」
「何故?」早乙女は微動だにせずに聞いた。
「だって、暴力をするわけでしょ。力でねじ伏せるほど悪いことはないんじゃないですか? そんな人と手を組むなんて、子供でも知ってるとは思いますけど」
「ふうん。お嬢ちゃん面白いこと言うね。あんまり正義を振りかざしてると、痛い目に合うけどいい?」
「どうぞお構いなく」
そう言った途端、さすがに真はまずいと思って、あかねを引っ張って、早乙女に言った。
「すみません。ちょっと調子に乗ってしまいまして……」
「ちょっと、何すんだよ。真」
闘志に燃えているあかねに、真はこれ以上言ってしまうと、本当に命の危険性が高くなってしまうと感じていたのだ。
「すみませんでした」
慌ててあかねを引っ張って、店から離れた。
「離せよ」
あかねが言って、真はようやくあかねの方の袖を離した。
「あたしの助手でしょ」
「助手だから判断したんです。妹さんがどうなってもいいんですか?」
すると、あかねはそっぽを向き、納得いかない顔のまま、押し黙った。
「あかねさんの性格は、僕は好きだけど、相手が相手ですよ。ここは冷静な判断が必要です」
「……もう遅いよ。あんだけのことを言ったし……」
真が止めるまで、早乙女に暴言を吐いたあかねは、今になって少し悔やんだ表情を思い浮かんだ。
「あの人に直接聞くんじゃなくて、舞子さんの同僚に話を聞いてみたら良かったですね。何か早乙女さんの秘密がわかるかもしれません」
「うん」
あかねは明らかに反省している。あの強気だった発言からは程遠いくらい弱くなっていた。
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