第19話 吉岡の証言1

 夕方になると、ホステスたちが出勤していく。クラブ“みなみ”は午後七時から営業開始だ、

 その為、六時半になるとホステスたちが出勤していくのだが、真はその内の一人、吉岡という女性にコンタクトを取り、店から一駅分ほどの喫茶店で五時に待ち合わせをした。

「すみません。遅くなりまして……」吉岡は茶髪のソバージュで姿を現した。

「いえ、僕らが勝手に呼んだので、申し訳ありません」真が立ち上がって礼をする。

 あかねはまだ意気消沈している。思い悩むと結構長引く人なんだなと、真は思った。

 吉岡という人物は、外見は奇麗でものすごく美人でもないが、ブサイクでもない。ただ、昔は遊んでいたのだろうという雰囲気がにじみ出ていた。清楚というよりもギャルな感じが少し垣間見えた。

「話というのは……」吉岡は立ちながら言った。

「取り合えず、座りましょう」と、真が座り、内村も「失礼します」と恐縮しながら座った。外見に似合わず性格のいい人だと真は思った。

「舞子さんの話なんですけどね……」

 真が”舞子“という言葉を聞いた瞬間吉岡は顔を緊張させた。

「いろんな人の話を聞いてるので、彼女の素行は何となく分かってます。彼女はとても雰囲気を作るのが上手だというふうに聞いてるのですがそうですか?」

「あ、はい。ナンバーワンのホステスですから。その持ち前の愛嬌で人を引き付けるのは上手かったです」

「話を聞いたら、舞子さんは相当、あざとい人物だと聞きましたが……」

 すると、吉岡は周りを気にしだした。同僚がいないか気にしているのだろうか。

「大丈夫ですよ。このことは内密にしますから……」真は察して言った。

「あ、はい。舞子はあざといというか自己中なんです。自分の思い通りにクラブを動かしたい。なので、あたしたちにも、ママに対しても押しが強かったですね」

「どういったことしてたのでしょうか? 詳しく聞かせてください」

「まあ、別の子の指名をした男性に対して、悪い噂を流したり、舞子の雑用はあたしたちがやってあげたり、それでいて彼女はスマホで休憩してるとか。何かと自分は男性相手以外の仕事はしたくない人でした」

「簡単に言えば、自分のしたいことだけを優先して、したくないことは誰かに任せるといった感じでしょうか」

「まあ、そうですね」

「ママさんとはどんなことで揉めていましたか?」

「ママとは給料の話や、休みのことで揉めていましたね」

 吉岡は淡々と答えているが、動揺しているように真は見えた。

「それだけの話だと、どこの会社もそんなやり取りする方はいらっしゃると思いますが……。他には殴り合いとかはなかったですか?」

 吉岡は横目で真と顔を合わさずに行った。「……これはあくまで噂なんですけど」

「噂でも教えてください」真は緊張していて手をもんでいた。

「ママさんが好きだった男性を舞子が取ったとか取らなかったとか、そんなことが一時期噂で出回ってました。多分、二人にもその話が聞こえたと思います」

「それで、二人は何て?」

「いえ、それは、真実かは分かりません。別の同僚がそのことに対して、ママに直接話をしたんですが、否定してたと言います」

「ママさんが違うと言ったんですか?」

「はい」

 ウィトレスが三人分のコーヒーを運んできた。真は内村とあかねに一つずつ回した。

「あたしももらっていいんですか?」吉岡は自分で指を差す。

「はい、せっかく時間を作ってくださって協力して頂けるんですから」

 吉岡はすみませんと、コーヒーを口にした。真も砂糖を入れて飲む。あかねもちゃっかりと飲んでいる。

「舞子さんはナンバーワンだったから、いろんな男性からのご指名があったんですよね」

「はい、ありました。そこは奪い合いですけど」

「特に指名が多かったのが、木本さんだけでしょうか?」

 すると、吉岡はフフと力のない笑い方を見せた。

「木本さんは面白いくらい良く来てました。舞子はあんまり好きじゃなかったですけど」

 そう言った吉岡に、急にあかねは反応したように前かがみになった。先程まで落ち込んでいたのが、スッキリしたのか、喋った。

「どうして舞子さんは木本さんのことが好きじゃなかったんですか?」

 突然の発言に、真は驚いて彼女の顔を見る。

「だって――木本さんだけでなく、ああいったちょっと誠実そうな人と舞子は、性格が違うし、彼女は真面目な性格じゃない人だから、寧ろ誠実そうな人に対しては侮辱してたんです」

「それは何故、真面目な性格が嫌いなんでしょう?」

 あかねは目に力が入り、いつものように審問攻めを仕掛けてくる。全く、気分が良くない時と、良い時の差は分かるが、急にスイッチが変わるつかみどころがない人だと半分投げやりの気持ちで、真は背もたれに腰かけた。

「それは分からないですけど、でも、あたしって真面目な人嫌いなんだよねとか、木本がまた来たよとか、裏では嫌な顔を露骨に出して、あたしに言ってましたけど」

「本当に最低な人」

 あかねは投げ捨てるように捨て台詞を言った。

「それが彼女です。表では愛想振りまいて、裏では何を言ってもいい。そんなスタンスだから、みんなも裏で自分に対しての悪口を言われてないか不安でした」

 あかねは腕を組んで言った。「他には常連の客でいつも指名してる方っていないの?」

 あかねが急にため口になったので、吉岡もそれに応じるようにため口になった。

「いたよ。木本さんと同じくらい、常連で、舞子に指名した人が。ちょっと筋肉質で、両腕に入れ墨をしてる人だったな。あの人も舞子が亡くなったと知ってから、悲しんでいるんだろうな」

「入れ墨……。全体的に怖そうな人だったの?」

「そうよ。その人はママとも知り合いだったような感じだったし、もしかしたら、その人の方が舞子とママさんの仲が良く知ってるのかもね」

「知ってる……。え、その人のことを詳しく教えてくれない?」

「うーん? 詳しくってもねえ。あたしたちのクラブって結構十人十色、いろんな客が来るんだ。たくさんお金を使う人もいるし、また、静かで何も喋らない人もいる。会った瞬間結婚してくれと叫ぶ人もいる。この人は乱暴な言葉だったかな。態度も大きかったね。足の広げ方からして、男ばかりの職場についていたような感じがする。これはあたしの推測だけれど」

「名前は何て言う人?」

「内村さんって言ってたわよ。本名かは知らないけど……」

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