第17話 ミスの犯行

 四日目になり、真はいつものように事務所に入ると、そこにはまた、案の定あかねと菅が長い黒いソファに座っていた。

「おはよう真君」菅はお茶をすすりながら言った。

「おはようございます」真は会釈をした。

「いや、今日も事が進んだようだ。ニュース見たかい?」

「はい、テレビで見ました」

 そう真は菅の顔を見た後、「失礼します」と、ソファに座った。

「真君は朝ニュースと新聞を読むんだったよね。あたしは全然見ないや」あかねはそう呟いて、両手を頭の後ろに組んで、ソファにもたれた。

「そうですね。仕事なんで」

「かっくいい」

 と、あかねは茶化すように言った。

「菅さん、真君も来たから、その話、じっくり聞かせて」

 あかねは先程と打って変わって、真剣な眼差しで、菅を見た。

「ああ、いいとも。昨日の深夜に、また誘拐事件が起こったんだ」

「誘拐、今度は断定なの?」

「そうだ。昨日その誘拐される現場を目撃していた男がいたんだ。前島という男なんだが、彼はその誘拐された大学生女性の恋人だったんだ」

「恋人、結構複雑な現場だったんだね」

「何を持って誘拐したのかは知らないが、一昨日も失踪事件があったこともあって、同一事件なんじゃないかと思ってる」

「さらわれた女性も二十代と若いしね」

「そうなんだ」と菅は内心、“お前らも若いじゃないか”と、一瞬突っ込みそうになった。菅は軽く咳払いをして、「ただ、不特定の誘拐事件だと、犯人は大きなミスをしてしまっ

たようだ」

「それが、恋人に見られたということですね」真は言った。

「ああ、恋人がいたとは思ってもいなかったんだろうな。警察からの証言だと、事件が起こった時刻は一時半、この時刻に被害者の水沢を誘拐したようだ。しかし、前島と約束をしていた時刻は一時四十分。彼女はホテルが立ち並ぶ場所で待ち合わせをしていたんだ」

「それって……」あかねは少し照れたような顔をした。

「まあ、前島とはその後どこに行くかは察して欲しい。その時間で、一人で待機していたところを連れ去られたと言っている」

「なるほど、前々から、その時刻で二人は遊んでいたんですね」と、真。

「そうだ。そこで目を付けていたんだ誘拐犯は。それで、一時半頃に彼女が待っているときに連れ去ろうという計画をしていたとは思われる」

「でも、前島さんっていう人が一時四十分で待ち合わせをしてたんでしょ。それだったら、見られる可能性は高いんじゃない?」あかねは言った。

「ただ、一時四十分に来たのは昨日だけなんだ。前島もこんな時刻に待ち合わせするほど大した男じゃない。気分屋なところがある。いつもは二時だったり、二時半に来たり、するんだが、その日だけは早めに来たらしい」

「そして、その光景を見たと」

「ああ」

 三人に沈黙が訪れた。あかねは思い出したように言った。

「そういえば、前島さん年齢聞いてなかったね。その被害者とは年齢近かったの?」

「ああ、水沢も前島も大学二年生だ。二十歳だから、ギリギリ成人してるが」

「何だ、二十歳かい。年下じゃん」

 二十一のあかねは思わず突っ込みを入れた。

「と、まあ、警察からの話はここまでだ。俺は、今日はこの誘拐事件を追うことにする。二日前の失踪事件が動かなかったが、この誘拐事件と関連性は高いからね。それに、舞子の薬物の件は大元のところは掴んでる。どうだい。君たち二人で……」

「二人で大森組のことを調べろってこと?」あかねは腕を組んでいた。

「もちろん。着手金は渡してるよ。もちろん、成功すれば報酬も渡す」

 あかねはお茶を含み、喉に押し流して言った。「……わかった。菅さんはその誘拐犯を追うんだね」

「ああ、すまないが」

 そう言って、菅は立ち上がった。

「また、何かあったら、俺の携帯に電話してくれ。すぐには出られないかもしれないけど、極力は出るようにする」

「分かった。じゃあね」

 と、あかねは手を上げて、菅も「それでは」と、手を上げて、事務所を後にした。

 ドアを閉める音と、設置したドアベルの鐘が鳴って閉まった。

 残された二人はしばらく沈黙していた。

 徐に真が聞いた。「取り合えず、今日は大森組を調べましょうか?」

 あかねは頬杖をついていた。「……いよいよね」

 その言葉の意味を真は知っていた。「ヤクザを調べるということですか?」

「もちろんね。でも、色々考えたけど、捨て身な気持ちで行動しなくちゃいけないと思うんだ」

「そうですよ。だって、あかねさん、あの未解決事件だって捨て身の気持ちで考えてたじゃないですか。大丈夫ですよ」

 あかねはしばらく真を見た。

「何ですか?」真はたじろぐ。

「……そうだね。よし」

 そう言って、彼女はグラスに入っていたお茶を一気に飲み干した。

「やるしかないね。その大森組の前に、先に調べたいことがあるんだ」

「あの、クラブのママのことですか?」

 あかねはパンっと指を鳴らした。「鋭いね。まこっちゃん。そうだよ。あのおばちゃん何か隠してある。多分性格も悪いよ」

「まあ、僕は細かい顔までは見えなかったですけど」

「あんたも双眼鏡で見たら、そう思ってたよ。どす黒い顔してたもん」

 そう誇張するあかねに、真は嬉しく感じた。あかねはこうでなくちゃ。

「よし、そうとなったら、早速行くよ。車出して」あかねは立ち上がった。

「え、僕運転できないですけど」そう真は自分に指を差す。

「冗談だよ、冗談。本気になるなっつーの。よし、行くよ」

 あかねは茶色のジャケットを羽織って、引き出しから車のキーを取り出し、ドアを開けた。

「早く、行くよ」

 あかねの呼ぶ声に、真も素早く立ち上がり、探偵事務所を後にした。

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