第15話 手渡しだけの手口

 菅は言葉通り一台だけに絞り、後を追った。一台の車は後続車に気づいていないのか、それほど速度も出さずに、国道に出た。

 二車線の道路に出た。菅は何度も見失ってしまいそうになったが、あかねが双眼鏡片手に、車のナンバーも覚えていた為、今前方のどの辺にいるかを知らせた。

 その為、目的までその車を見逃さないまま。何とかたどり着いた。

 その場所は、繁華街のパーキングだった。

「もしかしたら、井原が言ってた、物々交換の場所なんじゃない?」

「かもしれないな」

 菅はその車がパーキングに止めたのを確認した後、隣のパーキングを借りた。

 白い車から降りたのは、一人のサングラスをかけ、黒いスーツで決まっている男だった。何だかサイボーグの映画に出てきそうなくらい、姿勢がよかった。

「チンピラって聞いたから、もっと背を丸めて威嚇してるやつかと思ってたが、筋肉質のような奴だったとは……」

 菅は驚きを隠せない。

「菅さん、ビビってんの?」あかねは笑う。

「俺も毎日筋トレはしてるんだぞ」

 そう言って、車を止めて、三人は降りた。

 大通りから外れた場所で、男はすっと路地裏に隠れた、人が行きかう中で、男が飛び出したら、誰もが驚くほどの狭い場所で身を潜めていた。

「おい、隠れるぞ」と、菅に言われて、三人は男よりも少し広い路地裏を丁度見つけて、身を潜めていた。

 一番後ろにいた真は、後ろから誰か来たら、不審に思われると後を見張っていった。幸いにも、この路地裏からは人の姿は見えない。

 五分くらい待った時に、丁度、サラリーマン風の四十代の男が、ポケットに手を突っ込みながら歩いていた。

 菅は他の通行人もいて、そのサラリーマンを気にはしていなかったが、男の近くに立ち止まり辺りをきょろきょろしているところを見ると、怪しいと判断した。

 すると、チンピラの男が、狭い路地裏からすっと飛び出した。サラリーマン風の男はそのチンピラを見ると、ニヤッと笑ってそちらに歩き出した。

 道の真ん中で、お金と薬物の物々交換を菅とあかねは確認すると、「行くぞ」と、二人は飛び出した。

「おい、お前たち何やってるんだ」

 と、菅が二人に言ったつかの間、チンピラは焦って一目散に逃げだした。

「おい、待て!」

 菅が慌てて追いかける。サラリーマン風の男も逃げ出すが、ちょっとタイミングが遅れ、あかねが走った。

 チンピラは角を曲がり、姿を消えた、菅もそれに続く。

 サラリーマン風の男は革靴だったので、走りにくく、スニーカーのあかねに捕まった。

「あんた、今何を交換したの?」ぎゅっと男の右手首を握りしめている。

 真はやっと異変に気付き、あかねのそばに来た。辺りもあかねと男を見ている。

「何にもやってないですよ」男はシラを切る。

「さっきポケットから何か入れたでしょ」そう言って、男の右ポケットに手を突っ込む。取り出したら、0.3グラム程度の袋に入った覚せい剤を発見した。

「これは何?」あかねは強気に尋問する。

 すると、男は黙った。

「覚せい剤でしょ。さっきの男は何なの?」

 そう言っても、男は黙っていたら免れると思っているのか、答えない。

「言えよ!」

 あかねはむきになって、思わず男に蹴りを入れようとする仕草をした。

「……覚せい剤です」

 男は小さい言葉で言った。

「何で、こんなことをしたの? 使うつもり?」

「はい、三カ月前から、私用で使ってました」

 随分と律儀な男だとあかねは思った。スーツ姿であり、こんな人間でも薬物に手を染めるのかと思っていた。

 すると、菅が息を切らしながら走ってこちらに戻ってきた。

「菅さん、チンピラの男は?」

 あかねが聞くと、菅は首を横に振った。

「ダメだ。逃げられた。あいつは足が速い」

 そう菅は、肩で息をしていかにも苦しそうだった。

「まあ、あのチンピラは二十代くらいだし、菅さんは五十でしょ。やっぱり歳のせいだよ」

「うるさい。あいつは日ごろから走るのを慣れてる。俺だって毎朝ジョギングやってるんだぞ」

 そう、むきになる菅。

 あかねはフフと笑った。

「この方が、自供したんです」

 と、真は菅に言った。

「そう、ただ、あの男は、誰かは聞いてなかったね。あの男は誰なんだい?」あかねは男に聞いた。

「あの人に関しては、誰かは分からないです。ただ、暴力団の人だってしか……」

「何を物々交換してたんだい? やっぱり覚せい剤?」

 菅が言うと、男は弱くうなずいた。

「すみません」

「覚せい剤をどうするつもりだったんだ?」菅はあかねと同じことを男に質問する。

「すみません、私用で使うつもりで……」

 菅は男を見た、薬物を使っているからなのか、それとも会社でのストレスなのか、かなり顔がやつれている。

「あなたはこの近辺に勤められてる方ですか?」菅は言った。

「はい、会社を退社して待ち合わせをしました」

「麻薬取締官がどこまであなたを探っているのかは知らないが、こんな生活は止めた方がいい、一生かけて薬物と向き合わなくてはいけないが、止めようとは思わなかったのかい?」

「私は三カ月前から、色々と会社で失敗したことがきっかけで、ストレスのはけ口に使いました。最初は多幸感でいっぱいでしたが、その内、寝ていない分、しんどくなり、そして、また繰り返す。いつしか、私は薬物に身体を奪われました……」

 男は反省したそぶりを見せる。真面目な性格なのだろう。メガネを外し、涙をぬぐっていた。

「まあ、君はどちらにしても、更生してもらわなくてはいけない人物だ。覚せい剤を購入した経路はインターネットか何かで?」

「はい、自宅のインターネットから覚せい剤を購入できるところを探し出し、電話番号が記載されてあったので、私は電話をして、そしてそのやり取りは、最初からこの場所で手渡しをしました」

「手渡した人物は同じ奴か?」

「一緒の人かは分からないですが、あのような姿をされた人が、必ず狭い路地から出てきて、今のようなお金と、パケを交互に渡す。それで終わりです」

「なるほど……」

 菅は腕組みをした。

「インターネットでの購入だったんだね。これだったら、いろんな人が買えるというわけだ」

 あかねは菅を見た。

「ああ、そうだな」

「逃げたチンピラが、置いていった車、どうする? あいつらの車には変わりないから、戻ってくるのを待っておく?」

 菅は考えてから言った。「止めておこう。あいつはここにはしばらく戻ってこない。ここで待機して待っていたら、どこで我々を見てるのかも分からないし、あのチンピラは多分、日を跨いで車を動かしてくる可能性は高い。しかも、一人だけではなく、多数のチンピラを連れて……」

「確かに何人かで、しかも慎重に行動していたら、僕らが見張っていたらすぐに分かりますよね。そうなると、こちらが厄介になってしまう」と、真。

「そうだ。だから、今はここを離れるべきだ。今後の捜査難航させないためにも離れた方がいい」

「そうだね。取り合えず、この方も車に乗ってもらおう」

「そうだな。ちょっと署に同行願いますか」

 菅が言うと、男は弱くうなずいた。今更自分がやってしまった事の大きさに気づいたのだろう。

 三人が車に乗り込む際に、真は自分のスマホでこの場所をカメラで撮った。

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