第10話 利己的な人物
あかねが選んだ喫茶店は、チェーン店ではなく、正午になってもあまり客が入っていない
ところだった。あかねは、ここの土地勘があるのか定かではないが、ここを選んだのは何か
意図があるのだろうと、真は思った。
カウンター席ではなく、四角のテーブルを囲んで三人座った。あかねの隣に真、あかねの
向かいに井原が座った。
ウェイトレスが、水が入ったグラスとおしぼりを持ってきた。
「お決まりでしょうか?」と、まだ十代の若い女性が言った。
まだ、メニューも見ていないのに、決められるわけがないだろと真は怒りを発したい気持ちだったが、あかねはうざったそうに言った。
「まだ、後で呼ぶわ」
そう言ったら、ウェイトレスは何食わぬ顔で、「ごゆっくり」と、去っていった。
「さあ、井原さん、選んで」そう言って、あかねはメニュー表を渡した。
井原は目を輝かせながら、色々と頼む。一人で二千円近くいくのではないかと思うくらい決めていた。
真は口をあんぐりして、青ざめた様子であかねを見た。彼女は気持ちと裏腹に、涼しい顔でいる。
あかねと真もそれぞれ頼んだ。
待っている間、あかねは早速井原に聞いた。
「井原さんは、舞子さんと知り合いだったんですよね。どういった関係だったんですか?」
「早速、そのことでの質問かい? 飯食ってからでもいいじゃねえか」井原は話したくないのか、スマートファンを手に取っていじっている。
「いえ、食べる前に聞きたいんです。さっきも言ったように食事の料金は心配いりません。なので、その代わりに協力をしてもらいます」
凛々しく言うあかねに対して、井原は貧乏ゆすりをしながら言った。
「分かったよ。確かに舞子とは知り合いというか、同棲をしていた元カノだ」
「どうして、別れたんですか?」
「それは、お前らも知ってるだろう。薬物だよ。二人でやってたんだ」
「薬物中毒だったんですか」
「ああ、そうだ」と、井原は相変わらずスートファンの画面を見る。対話したくないらしい。「どこで手に入れたんですか?」
その言葉に井原は少し時間を要して言った。「……まあ、繁華街だ。路地裏からもらったんだ」
「それは本当ですか?」あかねは嘘をついているように見えたのか、井原を睨みながら言った。
「ああ、もちろん。俺が嘘つくことないだろう」
「相手はどんな人でしたか?」
「分からねえ。急に渡されたからな」
「急に渡されたから使用したんですか? お金は」あかねも苛立ちを隠せないように焦っている。
「金は振り込んだんだよ」
「どこに?」
「さあ、舞子が振り込んだんだ」
「井原さんは舞子さんにDVをしたというふうにお聞きしたんですが、実際はどうだったんですか?」
「あいつがそう証言してるんだったら、そうなんじゃねえの?」
「それだったら、認めるんですね?」
「まあ、あいつが言ったんだったらな」
「DⅤを受けていた人が、お金の管理をしますか? 舞子さんの預金通帳を確認しましたが、彼女は井原さんと同棲していた時に全てお金は引き落とされていました。これは、井原さんがお金を管理していたということではないんでしょうか?」
井原はしばし時間を要し、舌打ちをした。「そうだよ。金は俺が持ってた。それが何なんだ」
井原は今にも、怒ってあかねを殴りかかりそうだ。真は怖くなってきた。
「どうして、嘘をついたんですか?」
「嘘をついたわけじゃねえ。忘れてたんだ」
「じゃあ、薬物料金を振り込んだのも、井原さんですか?」
「何なんだよ全く」井原は椅子に背を持たれ、スマートフォンを横に置いて、あかねを睨んだ。
「あたしたちは本当のことを知りたいんです。その為に、昼食はご馳走します。教えてください。井原さんはどなたからもらったんですか?」
井原は黙っていた。先程の会話の中でも上手く呂律が回っていない時が何度もあった。真は、井原は完全に今でも薬物を使用している。それが裏目に出たくないのだろうか。それとも……。
「真実を教えるから。俺が喋ったとか、警察には絶対に言うなよ。言ったらお前の命ねえからな」
「こちらも守秘義務があります。教えてください」
「ヤクザのチンピラから受け取ったんだ。そいつとやり取りをしてたんだ」井原は腕を組んで言った。
「その暴力団の名前は分からないですか?」
「……それを知ってどうするんだ?」
「舞子さん殺人事件に関与されている可能性はあります。あたしたちは真相を突き止める必要があります」
「なぜそうするんだ」井原はひどく警戒をしている。
「依頼を受けたからです」
「誰からだ」
「それは言えません」
「……なら、こっちも言わない」
あかねは深呼吸をした。「わかりました。無理には言わなくても結構です。あと、舞子さんが殺された時刻、あなたはどこにいてましたか?」
「そんなの寝てたに決まってるだろう。次の日も仕事だったんだ」
「……それを証言できる人は?」
「いねえに決まってるだろう。俺は一人なんだ」
「舞子さんとよりを戻したかったとかはありますか?」
「あるよ。未練ばかりだ。あいつがいねえと俺はやっていけない」井原はかぶりを振った。
「舞子さんと別れてからも、電話をしたりしたんでしょうか?」
「まあな。それが何か関係あるのか?」
「いえ」
そこで、盆を持ってきたウェイトレスが各料理をテーブルの上に置いた。真とあかねは単品なのに対して、井原の前には豪華にいろんな料理が並べている。
「結構食べられるんですね」あかねは冷静な眼差しで言った。
「ああ、昨日もあまり食べてなかったからな」
「働いてるから、それなりのお金があるんじゃないですか?」
「パチンコで使うんだよ。依存症なんだ」
と言って、井原は先程とは打って変わって表情が緩くなった。本当に空腹だったのか。それとも、あかねが事件の話からそれたことを話したからなのか、真は分からなかった。
それから、あかねはパチンコの話になった。あかねも未成年の頃にパチンコ三昧だったこと、後いろんなバイトをしていたということを言って、それが井原と意気投合したようで、井原と一日パチンコでいくら負けたかの勝負や、バイトをどういったことでバックレたとかの話をしていた。
何だ。先にこっちのほうが話した方が、話しやすかったんじゃないかと真は大人しく食べていた。
「まこっちゃんも、今の仕事の前にいろんなバイトしてたでしょ?」
「いえ、僕は新聞配達しかしてなくて……」
「何だ、冒険心がないなあ。まこっちゃんは裕福な家庭で育ったんですよ」と、真を指差しながら井原に言った。
「俺も、裕福な家庭に育ちたかったよ。親ガチャが悪かった」
「あたしも、親誰か分からないからね」
「そうかよ。俺は親父に暴力ばっかり受けてたからな。まだ、いねえほうがまっしだよ」
と言いながら、楽しい話をしている。
意外に、あかねはこういうちょっと非行に走っている人間の方が合うのかもしれないと、真は苦笑していた。
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