第5話 家宅捜索
運転中に話を聞いた後、あかねは口を開いた。
「ありがとう。そうか、即死だったんだね」
「そうです。刃渡り十センチも手に入らないことはないですけど、銃刀法違反に当たる可能性はあるらしいです」
「でも、不自然な点があるよね」
信号が赤になって、あかねはブレーキを掛けて言った。
「舞子さんが握りしめていた髪の毛の件ですよね」
「それもあるんだけどさ、舞子さんが仰向けに倒れたことだよ。普通ナイフをチラつかせられたらどうする?」あかねは真を見た。
「僕だったら、逃げますよ」
「でしょ。逃げると犯人は追いかけて刺すから、どうしてもうつぶせになるし、ナイフも背中に刺されるのが筋じゃない?」
「ああ、確かに」真は頷いた、
「それなのに、仰向けで、刺されていたということは、犯人がナイフを常に所持していたことを知っているということだよね」
「そうですよね。ということは顔見知り?」
「の、可能性は高いよね」
信号が青になって、あかねは車を走らせた。
「取り合えず、次、舞子さんの家に行こう」
“あかねさんは大分機嫌が良くなったな”と、真はあかねの顔色を窺った。
「あ、もしかして、さっきの顔の黒い奴のこと思ってる?」
「え、あ」真はまさか感づかれるとは思わなかったので、動揺した。
「あたし、ああいう、見下してくる人に対して、反抗心持ってしまうんだよ。ヤンチャしてた頃はそんなことばっかりだったからね」
「ハハハ」
真は、だからと言って、せっかく証言が聞けるのに、それを放棄するのはどうかなと、苦笑していた。
篠原舞子の家は1DKのアパートだった。そこには警察が何人もひっきりなしに家宅捜査をしていた。
立ち入り禁止のバリケードテープの前に立っていると、一人の刑事があかねと真に気づき、こちらに向かって言った。
「こらこら、そこに立ってたら邪魔だ」五十代の頭髪が薄くて、鼻の穴が大きいゴリラのような顔の男がシッシッと二人を追い払うように、右手を振った。
「あの、すみません。あたしたち菅刑事に捜査の協力依頼を頼まれてるんです」
と、あかね。
「何? 菅刑事って、菅さんがかい?」ゴリラ刑事は目を丸くする。
「はい、あたしたち探偵なんです」そう言って、あかねは探偵手帳を提示した。
「こりゃあ、失礼しました。菅刑事に頼まれたんだったら、中に入ってもいいぞ」
そう言って、彼はバリケードテープを上へ伸ばすように押し上げた。二人は中をくぐる。
「失礼します」と、あかねが言ったので、真も「失礼します」と、インコのように続いて発した。
舞子の家はあまり奇麗ではなかった。汚部屋といっても過言ではない。
「刑事さん」あかねはゴリラ男に言った。「被害者の部屋は元々散らかったまま?」
「ああ、そうだ。まあ、覚せい剤を使用している人物が、部屋を奇麗にできるわけがない。彼女はここで、一人で暮らしていたようだ」
「彼氏はいるって聞いたけど」
「ああ、木本達雄という人物だ。彼は彼氏になってから二カ月ほどだ。年齢は舞子の十五歳年上の三十九歳だ。どうやら彼がクラブの常連だったようだ。通った時から舞子を指名していて、それから仲良くなっていって、付き合いだしたというわけだ」
「どんな性格なの? 木本という人」
「木本は、表向きは真面目なサラリーマンだ。公務員の役所に勤務してる。しかし、裏では結構ハマってしまう人間だ。このクラブで舞子に一目惚れしてから、頻繁的に通ってる。しかも、結構貢いでいたんじゃないか?」
「話を聞くと、あんまり喋る人じゃないんですかね」真はメモを取りながら言った。
「まあ、会社の飲み会でも無口という印象があるらしい。本人に事情聴取しても、小声で良く聞こえない時もあった」
「頻繁的に夜の世界に遊ぶような、お客さんってイメージじゃないんだね。舞子さんはどんな人なの?」あかねは腕を組みながら言った。
「舞子の方は明るい性格だ。まあ、こういった性格じゃないと、この仕事は勤まらないからな。あんまり陰湿な感じの性格ではなくて、楽観的な感じ。控えめとも言えないしな。そんな明るさが、木本は好きだったんだろうな」
「でも、凄いよね。一目惚れなんて。あたしはそんなことなったこともないし、ならないけどなあ」
あかねはそう呟いていたが、真は、妹のつむぎに一目惚れをしてしまっていることを押し黙っていた。
「真君はそんなことある?」不意にあかねが聞いてきて、真はたじろいだ。
「え、あ、まあ、人それぞれですからね」
「ということは、あるんだ!」
そう、屈託のない笑みを浮かべる。
「まあ、過去に……」
三時間前でも、過去は過去だろう。真はそう強く意地を張っていた。
「へえ、いろんな人がいるんだね。それで、年齢的に考えると、木本という暗いおじさんが、舞子さんのことを想っていた。もちろん、毎回指名してるから、結構、押しが強い人だよね。舞子さんは嫌じゃなかったのかな?」
「まあ、どうなんだろうな。舞子は覚せい剤も使用している人間だ。まだ、量や数などはっきりとした検査は出てないが、過去に捕まっていたとなったなら、常習犯は間違いないだろう」
「表向きではまさか覚せい剤を使用してるなんて、木本は分からなかったのかな」
「さあ、どうだろう。その辺は彼に聞いてくれ。彼は市役所の公務員だ。今日も勤めてるだろう」
あかねはゴリラ刑事から市役所と木本の自宅の住所を聞き、真はメモを取った。
家宅捜査は相変わらず警察が舞子の室内を探索している。あかねは刑事に聞いた。
「舞子さんはここで、覚せい剤を使用していたってわけだよね」
「ああ、先程覚せい剤を押収した。あと、不自然な点は彼女の預金通帳に100万円振り込まれた形跡がある」
「誰からか書いてないの?」
「それが記載されてないんだ。まあ、多分木本が振り込んだんじゃないかな」
「分かった。後、他に怪しい点はある?」
「舞子は結構お金の動きが激しいな。つまり、給料日後に散財していたようだ」
と、ゴリラ刑事は舞子の通帳をあかねに見せた。そこには出し入れが激しく、何度も銀行から金をおろしていた。
「相当、遊ぶのが好きだったんだね」
「まあ、覚せい剤のお金もバカにならないからな」
「他に怪しいところはある?」
「後は、今のところなさそうだな」
ゴリラ刑事は顎をさすって言った。
「分かった。ありがとう」
と、あかねは言って立ち去ろうとした。
「あかねさん。中探索しなくていいんですか?」
「何もないって言ってたでしょ。あたし、探すの面倒だから」
そう言って、彼女はエレベーターのボタンを押すと、真も続けて入った。
「一応、何か不明な点がないか探した方がいいですよ。警察が見落としてるかもしれないし」
「まあ、そうなんだけどね。あたしは木本に早く会って真実が知りたいんだ」
あかねは自由奔放な性格だから、そんなことを平然と言う。真は内心ため息でいっぱいだった。
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