第6話 一途な片思い

 あかねは市役所に電話をして、木本が今日出社しているか聞いたのだが、事情が事情なので、今日は本人の希望で有休を取っていると、向こうは告げた。

 電話を切って、あかねと真は車で、彼の家まで行った。

 彼の自宅は、舞子の自宅から三十分離れた場所だった。築三十年以上経っているだろうという、七階建てのマンションだった。

 オートロックではなく、二人はエレベーターを使って、そこの四〇五号室にあかねはインターホンを押した。

 しばらくすると、ゆっくりドアが開いた。一人の四十手前のメガネを掛けた男がひょろっと出てきた。

「木本達雄さんですか?」あかね面と向かって言った。

「はい、そうですけど」木本は先程まで涙を流していたのか。目が充血していた。

「あたしたちはこういうものです」

 あかねは探偵手帳を見せた。

「……探偵。舞子さんの事情聴取ですか?」

「そこまで言ってくれたら、お話は早い。そのつもりであたしたちは来ました」

 木本は躊躇もせずに、「中へどうぞ」と、言って、自分が中に入り、二人を招き入れた。


 木本の部屋は舞子とは裏腹にきれいに整頓されていた。雰囲気的からどこか神経質な部分があるように真は見えた。

「何かお話はありますか? 先程警察の方にも色々と話はしましたけど」木本はどこか苛立ちを抑えきれずに言った。

「そうですか。あたしたちは警察の素行は知らないので、もしかしたら重複してしまうかもしれないですが、今回の舞子さんの事件を解決したいので、ご協力お願いします」

 あかねは恐縮しながら言うと、彼も頭を下げた。

「昨夜に舞子さんは何者かに刺殺されたのですが、誰かに狙われていたとかは心当たり無いですか?」

「いえ、そのことについては僕も良く分かりませんでした。二年間も通っていたクラブで、彼女と色々たわいのない話もしたのですが、そんなことを言われた記憶はありません」

「それは、彼氏彼女という関係になってもでしょうか?」いつになく、あかねは真剣な眼差しで聞いていく。

「はい、そうです」

 木本はインスタントコーヒーが入っているコップを飲んだ。自分たちには用意してくれないのかと真は思ったが、僕らが押しかけて来たのだから無理はないと納得した。

「二か月前から、そういった関係になったわけですよね?」

「はい」

「どんな、デートをしてきたんですか?」

 デート? この質問いるのだろうか。真は内心驚いて、笑ってしまいそうになった。しかし、あかねは睨みつけるほど真剣に木本を見る。

「そうですね」木本は顎部分をポリポリかいた。「食べ歩きはしました。どちらも甘いものが好きなので、繁華街をうろうろしてましたよ」

「それは、彼女が勤めているクラブの近くですか?」

「いえ、別の場所です。もっと言えば、他県です。何故なら、このお付き合いは人目を避け

なくては行けなかったので……

「お付き合いしているのが分かってしまったら。舞子さんはそのクラブでお仕事できない

出来ないですもんね」真は相槌を打ちながら言う。

「なるほど。他にはどんなことをされていたんですか?」と、あかね。

「後はゲームもしましたよ。二人ともテレビゲームが好きで、ネットをつないで対話したり、

そういったことをやってました」

「キスとかはしていないんでしょうか?」

 突如センシティブな発言をあかねがしたので、木本も内心ドキッとしたのか、答えるのに

刹那的な時間が空いた。

「まあ、そんなことはまだしていませんでした。手はつないだことはありますけど……」

 木本はうつむき加減で、答えているところを見ると、あんまり女性と交流をしたことがな

い人物なんだろうなと、同じ立場の真は思った。

「実は、先程舞子さんの自宅に訪れたんですが、彼女の預金通帳に謎の百万円が送金さ

れていたことが分かりました。木本さんはこの件をご存じでしょうか?」

 木本はまた気持ちを取り戻したように、あかねを見た。「ご存じというか、僕が送金した

んです。彼女は借金を抱えていると言っていたので、僕の貯金を切り崩して、送ったんです」

「なるほど……。実際のとこ、舞子さんは、借金はありませんでした。貯金もあったとは

いえないですが……。借金以外で、何か使い目的は知らないですか?」

 木本は首を横に振った。「いえ、彼女は借金していると思っていたので……」

「あと、警察の方にも聞かれたとは思いますが、彼女は覚せい剤の常習犯でした。このこと

について木本さんはご存じでしたか?」

「いえ、それはさっき知って、彼女との出来事を振り返っているところです」

「舞子さんが明るかったりしてたのも、薬の影響だったのかと思っていたわけですね」

「はい」

 木本は相変わらずテーブルの上に腕を組んでいる。あまり微動だにしない動作がどこか

陰気さを感じさせられた。

「覚せい剤を所持していることは犯罪に当たります。ましてや使用はもっと重いことにな

ります。そのことは承知ですよね」

 あかねは強気で木本に言う。

「もちろん承知です。ですが、僕はそれを知らなかった。それは罪になるんですか?」

 木本も苛立ちを隠せない様子だ。

「いえ、そうじゃありません。あたしが言いたいのは、もし、木本さんがそれを知っていた

また、知ってしまった時、どうしてたかなんです」

「もちろん、注意したとは思います。そして、罪を償うように示唆したと思います」

「それは、本当ですか。もう、彼女と二度と会えなくはなるかもしれませんよ」

「捕まったとしても、会えます」

 両方とも断固として自分を徹底して守っていた。真はケンカになってしまうんじゃない

かと、内心ヒヤヒヤしていた。

「わかりました。最後に、あなたは昨夜何をされていたのでしょうか?」あかねは言った。

「一時半だったら、もう寝てましたよ。僕は十二時に毎日就寝しているので、最後にライン

で“おやすみ”と舞子さんに送るのが日課だったんです。それが、もう送れないとは……」

 彼は涙をためている。今にも泣きそうだった。

 真は気持ちを察してはいたが、どういうふうに慰めたらいいのかわからなかった。しかし、

あかねは続けた。

「それは、アリバイはないということですよね」

「……そうですね」

 木本はあかねに対する苛立ちと、舞子を失った悲しさに貧乏ゆすりをしていた。今にも爆発しそうだった。

「わかりました。ご協力ありがとうございました」あかねは言って立ち上がった。「帰るよ。真君」

 真は木本を一瞥して、あかねの後についた。

 帰るときに、あかねは一言、木本に言った。

「木本さん、あなたは凄くいい人です。でも、あなたのような方を物代わりに使う人もいます。今は分からないかもしれないけど、いつかそのことに気づいてください。すみません、失礼しました」

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