第4話 性格の違い

 篠原舞子が殺害された現場は、バリケードテープで中に入れなかった。キュウリの顔をした目の細い警察官が、警備に当たっている。

「お巡りさん、ここって中に入れないの?」あかねはキュウリの警察官に声を掛ける。

「ダメです。関係者以外は禁止ですので」

「あたしたち菅さんに頼まれて、篠原舞子さんの事件を調べてくれって来たんだけど」

 菅の名前を言った途端、キュウリの警察官は顔つきが変わった。

「ちょっと待って頂けませんか、今、黒岩警部に聞いてきますんで」

 そう言って、彼はバリケードテープを、上へ押し上げ、中へ入っていった。

 奥でしゃがみ込んでいる、ふくよかな男がこちらに背を向けている。今にもスーツが破けそうだった。

 キュウリの警察官が彼に耳打ちをすると、そのふくよかな男がこちらの方を見た。

 あかねと真は同時に彼に会釈をした。

「お前たちは菅に言われたのか?」

 黒岩警部は名前負けしないくらい、顔が黒かった。メガネを掛けていたのだが、そのメガネでさえも黒を好んでした。

「そうです。あたしたちはこういう者です」

 あかねは胸ポケットから探偵手帳を見せた。

「探偵……。本物か?」

「ええ、本物です。ちゃんと一流の探偵学校に通い卒業しました」

黒岩警部はフンと鼻息を吐き、「高い金を掛けて、学校もどきのセミナーを受けただけだろう」と、見下した態度を取った。

「ちゃんとした学校です。百時間近く勉強しました」あかねは腕組みをしながら、黒岩を睨んだ。

「百時間?」黒岩は素っ頓狂な声を上げた。「警察の仕事だったら一カ月もあれば余裕で超えるぞ」

 あかねは更に、右足のかかとを重心につま先を経たせトントンと貧乏ゆすりをした。「だから何なの? 年齢からしたら、あんたの方があたしよりも父親くらいの歳じゃん。そんなことで競うつもり?」

「大人には敬語を使えと言われなかったか?」黒岩も明らかに、あかねを嫌っている。

「あたしは嫌いな人間はため口を使うんですぅ」あかねはわざと語尾を上げて反発した。「悪いけどあんた、警部という名がついてるから実力あんの?」

 真は止めないといけないと思い、慌てて入った。

「ちょっと、あかねさん。僕らは舞子さんが殺された現場を調べに来たんでしょう。中見せてもらいましょうよ」

 すると、黒岩は言った。「悪いが、いくら菅が言ったとしても、ダメだ。俺の方が上司なんだから」

「へえ、あんたそうやっていろんな警察官を見下してんだね」と、あかねは負けじと食って掛かる。

「黙れ。クソガキ」黒岩は頭を掻きむしった。

 真はあかねを引っ張った。あかねは思わず後ろに下がる。

「何やってんの。あんたもムカつかないの? あのオッサン」

「気持ちは分かりますけど……。ここは、冷静になりましょうよ」真は何とかあかねをなだめようとする。

 あかねはため息をついた。「何だか、やる気なくした。真が一人で現場捜査して。あたしこの辺うろついてるから」

「え?」

「じゃあね」そう言って、あかねは歩き出した。

 一人になった真は、仕方なく黒岩に聞いてみた。

「現場は見れないということですけど、現場状況を聞いていいですか?」

 黒岩はしばし黙っていたが、「分かった。お前一人だったらいいぜ」

 真はやっと自分が役に立ったと、目を輝かせながらメモ帳とペンを持った。

「まず、舞子さんの死体の状況なんですが、刺殺されたと聞いたんですが、その事で詳しく教えていただけないですか?」

 黒岩は地面に顔を向けて言った。「死体は左胸にナイフが刺さっていた。刃渡り十センチのナイフだ。奥まで刺さっていたということもあって、犯人はかなり力がある人間だと思う」

「なるほど……。指紋は検証しているんですか?」

「今のところ鑑識に回してるが、もし出たとしても、犯人が身近な人物じゃないと特定ができない」

「仰向けに倒れていたということでしょうか?」

「ああ、そうだ。心臓一突きだから即死で間違いないだろう」

「相当、切れ味のいいナイフだったんですね」

「そうだな。この辺では手に入れられないものだ。ナイフは刃渡り六センチを超えるものは銃刀法違反になって、場合によっては逮捕されることになってるんだ。その為、そのことを知らない人物、もしくは、そのことを知っても持ちたい変人といったとこだろう」

「なるほど」

 真は頷きながらメモしていく。黒岩の話に関心を寄せとかないと、この人の機嫌がいつ悪くなるか分からない。

「ということは、犯人は暗い路地で、舞子さんの心臓を敢えて狙って殺したということですよね」

「そういうことだな」

「他に、変わったことってありますか?」

 すると、黒岩は「フフフ」と、静かに笑った。「あるんだよ、これが」

「何ですか?」真は息をのむ。

「彼女の右手には犯人の髪の毛が握ってる。つまり、これが犯人を捜すきっかけになる」

「確固たる証拠ですよね。ちなみに彼女の髪の毛ではないですよね」

「まあ、単純に考えれば違うだろう。舞子の髪は金髪なのに対して、握りしめてい髪は黒髪だ。しかも、それほど長くはない。……からして、男の可能性が高い」

「確かに、腕力のある男だったら、舞子さんも太刀打ちできなかったですもんね」

「ああ、そうだ」黒岩は手を腰に当てた。

「他には気になる点ってありますか?」

 黒岩は顎に手を当ててしばらく考えたが、「いや、特にないな。倒れたところが悪かったから、壁に頭を打って、首の骨を折れてるくらいだ」

「そうですか……。分かりました。ありがとうございました」

 真は丁寧にお辞儀をした。もちろん黒岩の気分を損ねない為である。

「最初から、お前のように丁寧に言ってくれたら、こっちも言ってやるのに。あの野郎……」

 黒岩は、またあかねとのやり取りを思い出したのか、眉間にしわを寄せて、苛立ちを見せた。

 真はあかねの様子が気になっていた。「すみません。失礼しました」と、現場を後にした。

「おう、よろしくな」

 そう黒岩が言って、真は車の方に行った。

 車の方には、あかねはおらず、真が探すと、コインパーキング近くのゲームセンターで遊んでいた。

「何やってるんですか?!」

 真は室内の音量以上の大きな声で言った。

「え、ゲーム。それよりも、あいつと話聞いてきたの?」

「聞いてきましたよ。話しますから、車に戻りましょう」

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