第3話 探偵の助手

 菅が被害者のクラブ“みなみ”に行くと伝えて、探偵事務所を後にすると。あかねは壁にもたれながら、窓の外を眺めていた。

「良かったじゃないですか。さっきの刑事さんからお金貰えるんでしょ」

 真も立ち上がって、彼女の近くに行った。

「そうだよ。でも、今回の事件。結構ややこしい感じがするんだよね」

「なぜですか? 犯人を捜すだけでしょ。この前の事件よりもはるかに簡単だと思いますけど……」

「そうじゃない。あたしが言ってるのは」

 そう言って、彼女は自分のデスクの椅子に座った。

「今回と前回の事件の方向性は違うけど、被害者は薬物を使用していた。先月のホストも同じだった。つまり、これは簡単に言えば覚せい剤所持、あるいは使用での殺人事件と言えるのは確かね」

「まあ、そうですね」

「そこから探すとなると、変なところに行きつくと思わない?」

「変なところに行きつく?」

「もう、じれったいなあ。簡単言えば、反社会的人物につながる危険性もあるということだよ」

「そんな危険なこと……。あの刑事さん」

「そう、菅さんは悪い人じゃないから、ただあたしの更生を見に来たのかもしれないけど、それだけじゃない。今回は反社会的にも関わるんじゃないかと思ってる。だから、知り合いのあたしに頼んだんだ。普通、覚せい剤という話を聞くと、身構えるからね」

「じゃあ、なぜ引き受けたんですか?」

「あたしは探偵なんだよ。それに、お金もない」そう言って、つむぎを見ていた。彼女は昼食を作っている。「あの子を養えるのは、あたししかいないんだ。今は郷に従わないと、警察からも仕事がもらえない。取り合えず、調査を開始しよう」

 そう言って、彼女は立ち上がって、掛けていたジャケットを羽織った。

「どこから調査します?」

「そうだねえ……。被害者の身内から調べてみる。彼氏がいると言ってたから、その人にあたってみる。あ、その前に死体現場だよね」


 あかねは菅に電話して、篠原舞子の死体現場と自宅の住所を教えてもらった。

 つむぎは昼食作ってくれていたのに、あかねが舞子の家に行こうとするものだから、かなりふてぶてしい態度を取っていた。

「もう、せっかく、お昼ごはんのカレーを作ったのに……」と、あかねに言う。

「ごめんごめん。あたしの性格は思い立ったらすぐだから、堪忍して」

 つむぎは固まっていたが、ため息をついた。

「分かった。お姉ちゃんのことだから、翌日でも食べれる料理にしたんだ。でも、これで食べなかったら、分かってるよね」

 そう優しい声でつむぎは言っていたが、真は内心怖い女性だと思っていた。

「分かってるよ。あんたも身構えなさいよ。今回の事件」

「お互いにね」

 そう言われて、あかねは家を出た。

 

 舞子の家まで、あかねは自分の軽自動車(前回の事件の報酬金で購入した)を使った。隣には真が座っている。

「ったく、あんたは車の免許持ってないの?」あかねは運転しながら言った。

「はい、原付なら持ってますけど」

「助手失格ね」

「それで助手失格ですか?」

 あかねは真の本気の顔を見ると、プッと吹き出した。

「アハハハハ、本当に真君は可愛いね」

 そう言われて、真は嬉しいのやら悔しいのやら複雑な気持ちだった。

「まあ、いいよ。つむぎももうすぐ十八だし、車の免許が欲しいって言ってるんだ」

「え、妹さん、十七なんですか?」真は驚いた。

「そうだよ。言わなかったっけ?」

 十七歳と言えば高校生。高校生であの才色兼備。ロングヘアで、おしとやか。それでいてどこか色気を感じさせる。かといって、礼儀礼節はきちんとしているし、おまけに家事もしている。何とパーフェクトな人物なんだろう。と、真は思わず生唾を飲み込んだ。

 つむぎは彼氏がいるのか。そんなことを考えていた。もしいなかったら、この際、本気であかねの助手になって、付き合うことも可能ではないのか。

 そう思うと、ドキドキしてきた。そんな真を見ていたあかねは言った。

「あれ、まこっちゃん。喋んなくなったじゃん。もしかして、つむぎに惚れてる?」

 真は慌ててかぶりを振った。「ち、違います。……その、顔が似てないなって」

 と喋った瞬間、しまった、何を言ってるんだ俺はと真は思った。

 だが、あかねは怒る様子はなかった。「そうだよ。つむぎとあたしは全然顔が似てないんだ。つむぎの方が美人だし、やっぱりモテるよ、あんな女子高生がいたら同級生の男たちは。だって、あたしたち本当の姉妹じゃないかもしれないもん」

「本当の姉妹じゃない。どういうことですか?」

「ん?」あかねはあまりこの話をしたくないのか、しばし沈黙が訪れた。

「あたしたちは両親がわからないんだ。どこの誰だか」

「え?」

「ほら、物覚えが付く前って、記憶がないじゃない。だから、その時には孤児院にいたんだ。つむぎと二人で」

「二人で……」

「まあ、本当はたくさんの子供たちがいるんだけどね。だけど、物心ついた時から、あたしには妹がいて、その名前がつむぎだって施設の保育士が言ったんだ。それから、あたしはつむぎといつも手をつないでいた」

「そんなことがあったんですね」

 真はやっぱり変な話を聞いてしまったなと心の中で謝罪をした。

「ねえ、それよりも、まこっちゃんはなんでジャーナリストになろうと思ったの?」あかねは先程とは打って変わって明るい声で言った。

「僕は未解決事件を解決したかったんです。この日本では未解決事件で幕を下ろしたのがたくさんあって、それを紐解きたいなって……」

「へえ、見かけによらず、正義感あっていいじゃん。それで、未解決事件を調査してるの?」

 真は首を横に振った。「いえ、全然。意外と思い通りに行かないもんですよね。だって、未解決事件って、警察でも及ばなかったから未解決になってしまったわけで。僕が一人で調査しても絶対に行き詰まるんです」

「何だ。格好良くないじゃん」

 また、しばしの沈黙が訪れて、あかねが言った。

「それじゃあ、転職しなくちゃいけないね」

「何の仕事に?」

「探偵の助手」

 と言って、真は思わず、ずっこけそうになった。が、その話は笑い話で終わった。

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