第2話 笹井つむぎとの出会い

 真は午前十一時に会社から、電車に乗って二駅目で降り、スマートフォンで地図を見ながら呟いた。

「この辺かな……」

『一階に美容院があるところ。そこの三階があたしの事務所』

 と、あかねからラインを送られてきたのだが、一階に美容院なんてたくさんあるじゃないかと、真は思っていた。

 住所も教えてもらい、その通りに辿っていく。

 とはいえ、真はそれほど方向音痴でもなかった。下調べなどでは十分に怠らずに綿密にも計画を組み立てるのが得意なのだ。

 この次を左にと、思い曲がったら、一階に美容院があった。ここだ、真は狭いビルを見上げた。

 あまり奇麗ではない。所々ビルはひび割れている。

 大したことないなとほくそ笑んでいると、一階の美容院から若い女性が出てきた。

 中々、可愛い子だな。と、真が思っていたら、彼女はスタスタとビルの階段を上っていく。

 真も後についていく。建物の中に書いてあるフロアを見ると、二階には占い屋で、三階にあかねの事務所“笹井探偵事務所”だった。

 この女性は占い屋に行くのかなと思っていたのだが、二階にある占い屋のドアを通り過ぎ、階段を上っていく。

 女性は後ろからくる真の存在に気づき、後ろを振り返った。

「もしかして、三階の探偵事務所に行かれるんですか?」女性は言った。

「あ、はい」

 真はその時、彼女の顔を見た。目は少し釣り目で、鼻筋は通っており、背の高さは百六十七センチの真よりも十センチ以上小さく、顔全体が幼く見えた。

 その美人でもあり、清楚でもある女性は真にとって非常に魅力的に見えた。

「お客さんですね。すみません、狭い階段で……」

 彼女は謙遜な言葉を口にしながら、階段を上っていった。

「いえいえ。あかねさんの親族の方ですか?」

「妹です」

 と言って、彼女は笹井探偵事務所のドアを開けた。

「お姉ちゃん。お客さん!」

 そう言って、中へ入っていく。真も階段を上がっていく。

 あんな可愛い、妹がいたなんて。

 ――真は気分が一気に高まってドアを開けた。

 そこには、先程の女性、あかねともう一人年配の男性が立っていた。

「真君、待ってたよ」

 そうあかねは事務所の中にある机の上に尻だけ座り、足を垂らしながら、屈託のない笑顔を見せた。

「失礼します」真はあかねに対して行儀が悪いなと思ったが、見知らぬ人物二人もいるので、どうしていいのか内心、困惑していた。

「菅さん。彼、真っていうんだ。あたしとこの前、洋館地下金塊殺人事件を一緒に解決した助手だよ」

 そう言って、あかねは机から飛び降りた。

「へえ、真君か……。苗字は?」男性は興味津々だったのか、少し体制を前面に押し出した。

「飯野と申します」真は、彼が細身で律儀な男性だったので、恐縮しながら言った。

「飯野真君か……。学生さん?」

「いえ、大学を卒業して、今はジャーナリストをしながら、出版社に勤めています」

「大学を卒業って、年齢は二十三くらい?」

「はい」

 すると、あかねは驚愕して目を大きく見開いた。

「え、まこっちゃん、二十三なの? あたし、てっきり年下だと思ってた」

「あかねさんは、いくつなんですか?」

「あたしは二十一……。へえ、知らなかった……」

 そうあかねは呟いている。真は、あかねが自分よりも年上かどうかは考えたことはなかったが、同じくらいの年齢かと思っていた。

「そんなことで、比べてどうする。どちらもまだ、若いじゃないか。俺なんてもう五十なんだぞ」男性はあかねに言った。

「菅さんは年相応だよ。まあ、確かに昔は遊び人だったらしいけど」

「それはお互い様だろう。全く」

 菅栄一は腕組みをしながら呆れ顔だった。

「あの、すみません。あかねさん、こちらの方は、どなたなんですか?」

 真は菅を一瞥して、あかねに聞いた。

「ああ、菅さんは刑事さんなんだ。刑事第一課だったよね」

「まあ、そうだな」と言って、菅は真に警察手帳を見せた。

 真は本物の刑事がいると、驚愕と感動が入り混じっていた。

「何故刑事さんが、あかねさんと仲がいいんですか?」

「まあ、元々、あたしが素行悪くてね。よくお世話になったんだ。それで、今回洋館の事件解決したことで、より親しくなったわけ」

「そうだな。本当にお前は、相変わらずつむぎちゃんに家事任せて、自分だけブラブラと遊んでるのかと思ってたよ」と、菅。

「まあ、遊んでるっといえば、遊んでるけどね」

「まーた、夜遊びか」

「違うよ。夜遊びはもうしない。ちゃんと仕事もしてるしね。それよりも、今日は昨日の死体事件の件で依頼してくれるんでしょ」

「ああ、そうだ。真君も来てくれたしソファで三人で話そうか……」

 あかねは妹のつむぎを見た。彼女は三人の話を聞いていないのか、一人で窓の掃除をしていた。

「つむぎも事件聞くー?」そうあかねは言った。

「うん、聞くよ。身近な事件だもんね」

 そう言って、彼女は持っていた雑巾を机の上に置いた。

 黒いソファは二台、向かい合って置かれている。その間にガラスでできた四角形の机があり、丁度、二人二人の四人分が座れる。

 エプロン姿の笹井つむぎは、お盆に乗せた緑茶が入っている、小さな陶器を四つガラスの机の上に置いた。そして、彼女もソファに座る。

 真の隣には菅が、向かいにはあかねが腕組みをしている。

「事件があったのはみんなも知ってる通り、昨日の夜中のことだ。ここから車で三十分近くのクラブ『みなみ』に勤務していた、ホステス篠原舞子――二十四歳が亡くなった。

 死因は、心臓に刺された刃渡り十センチのナイフだ。犯行は彼女が帰宅する三十分前に行われた。

 場所は、その帰り道の路地裏だ。時間と場所的に人通りが少なく、辺りに住宅は少ない場所だった。

 第一発見者は、帰宅途中のサラリーマンだった。彼は深夜まで仕事をして、車で帰っているところで発見した。その時刻、一時半頃。

 慌てて救急車が駆け付けたが、その時には彼女は刺された部分から息はしていなかった、必死で人工呼吸をしたのだが、助からなかった。

 それで、朝からそのことで調査をしているんだがね。ここで、彼女が覚せい剤の常習犯だと判明した」

「覚せい剤。ダメじゃん」ぶっきらぼうにあかねは言った。

「まあ、お前も同じことやってるんじゃないのか」菅は深刻な顔から吹っ切れたように笑った。

「あのねえ、あたしもやっていいこととダメなことくらい知ってるよ」

「菅さん」お盆を抱きかかえていたつむぎは、左手で抱えて、右手で手を上げた。「第一発見者の方は車で帰っていた時に発見したから、そこは車が通れる道だったんですか?」

「ああ、そうだ。車は通れる。一方通行なんだがな。しかし、第一発見者の彼は、いつもそこを利用しているとは言ってるんだが、そこの道路は狭いんだ。それに近道といえどもその隣の道は大きな国道だから、そちらの方を通った方が安全だとは思うんだけどな」

「でも、その人がそこを通ってくれて、篠原さんを発見できたんだから良かったですよね」と、つむぎ。

「どうだろうね。その人も、毎日そこを通って帰っていったかは分かってるの?」あかねは菅に言う。

「その人は毎日仕事がある日は、そこを通って帰っているらしいんだ。軽自動車だし、そんなに狭く感じないと思っていたかららしい。年齢も二十代半ばだから、安全面もそれほど重視してないんじゃないかな。まあ、一時くらいまで仕事をしていたら、早く帰りたいから、ちょっとでも近道を探すのが筋なんじゃないか」

「まあ、確かに共感はできるね」

 あかねはお茶を飲んだ。真がお茶に手を出さないことに気づくと、

「真君。緊張せずにくつろいでいいよ」と飲んだ後に言った。

「あ、すみません」

 真もお茶に手を付けた。初めて行くあかねの事務所、背は低いが目元と鼻筋が奇麗な妹のつむぎ、そして、本当の刑事がいることで、緊張していた。耳を傾けることがかろうじてできることだった。

菅は真をしばらく見た後に口を開いた。「犯行場所からして犯人はその道を知っている人物だと分かった。何故なら、人通りを少ないところを狙った犯行だ。そこで、今から同僚のホステスや、彼女の彼氏に事情聴取しに行くのだが、動機がもしかしたら覚せい剤の関係なんじゃないかなっと思っているんだ」

「何で覚せい剤が?」と、あかねは腕を組んだまま言った。

「一か月前にも別のホストが、刺殺された事件が隣の市で起きたんだ。その時も仕事柄暗い場所で、暗い夜道で殺された。彼も覚せい剤をやっていて、それもまだ解決には至っていない」

「似たような事件だと思ったということ?」

「ああ、そうだ。そこで、君にも協力して欲しいと思ってここに来たんだ」

 あかねはしばし考えていた。「……分かった。菅さんの協力ならするよ。ただ……」

「つむぎちゃんが心配かい?」

「それもあるけれど」と、あかねはつむぎを見た。つむぎは目をパチクリしている。

「刑事さんからの依頼だから、無償ってわけにはいかないよね」

 と、あかねは右手の親指と人差し指をくっつけて、金が欲しいポーズを取った。

「まあ、君が探偵事務所を開いているというから、お金なんて気にせず、好き勝手にしてるのかなと思っていたら、しっかりしているところはしっかりしてるね。いいよ。警察の頼みだから、君らにも着手金は渡す。ぜひともお願いするよ」

「分かった」

 あかねはそう言った。

 真はあかねが金銭の交渉を得たので、さぞかし喜びをかみしめているのかと思いきや、顔を上げると、彼女はいつになく硬い表情のままだった。

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