第15話 考える時間
二階に上がって、みんなの視界から消えた後に、村瀬は「やったね」と、真にハイタッチをした。
「しかし、どうやって、睡眠薬を手に入れたんですか?」
「あれは、あたしの常備品なんだ」
「そうなんですか?」
村瀬も眠れないくらいデリケートな人物なのかと、真は首をかしげると。
「正確にはあたしの妹の常備品なんだけどね。あの子は繊細だからこんなきつい睡眠薬持ってるんだ。あたしがこの前取り上げたんだ、こんなもの飲むんじゃないってね。それがバックに入ったままだった。ハハハ」
声に出して笑う村瀬を、真は苦笑した。
「あ、でも、昨日の睡眠薬はあたしが入れたわけじゃないから。そこは勘違いしないでね」
「はい……」
「しかし、やっぱりすぐに効いてきたね。あんだけ早く効くということは、昨日は飲んでないんだきっと」
「普通は抵抗力が強くなってますもんね。ともすると……」
「飲んでいない可能性は高いかもね。取り合えず調べよう。あまり時間がない」
村瀬は池田のドアを開けた。
「まずは、ここからなんだ……。自防推定時刻は十一時半から、真君が起きてきた三時。この三時間半の時間に誰もアリバイが無い」
「みんな、眠らされてたからですよね」
「もちろん、それによって全員アリバイを無くすというやり方を作り出した。問題は睡眠薬が入っていたコップを洗ってくれる人がいるかどうかなんだ」
「洗ってくれる人って、田中さんが……」
「あくまで、犯人候補の一人としてね。でも、あの爺さんは完全にクロだ。例えば、もともと持っていた眠剤を全員上手く四時間後に起きるように粉薬を使ったとしたら、真君はその時間帯に起きる可能性はあるかもしれないし、その悲鳴で、みんなが飛びつく可能性だってある」
「そんなに、上手くいきますかね……」
真は口に手を当てた。
「上手くいくかどうかは分からないけど、あれ程の専門的な本があるんだ。眠剤の本も間違いなくあると思うし、熟知してたと思うよ」
「まあ、確かにあり得ますね……。あ」
「どーした?」
「そういえば、僕の部屋の前にこんなものが……」
真は紙切れを村瀬に見せた。
「“午前二時半に来い”という文面は、きっとその時間帯に起きるんだと思ってたんだよ」
「でも、三時に部屋の目覚ましも鳴りましてね」真はまた言うのを忘れてたと、頭をかいた。
「三時……? 多分犯人はあらかじめ、真君の部屋にタイマーを仕掛けたんだ。そうすることで、真君が起きてくれると思ったからね」
「二時半だったらいけなかったんでしょうか?」
「二時半にセットしたら、あまりにもその文面と一致してしまう。とすると、犯人はセットした人物――すぐにこの家の家主だとバレてしまうじゃない。だから、敢えて三時にセットしたんだ。例えば、その日の昼に掃除していた時に謝ってセットしてしまったとか。誤魔化すんじゃない?」
「なるほど……」
真はあっけにとられた。
「それよりも、この紙切れが、犯人にとっては相当な見落としになってしまったよね。だって、これ手書きでしょ。自分の文面だって可能性が極めて高い。つまりこれを警察に見せれば、筆跡鑑定をさせ犯人が分かってしまうという、情けない終わり方になっちゃうよ」
「まあ、そうですね……」
「これは、きっと犯人は後で消去させたかった一枚だよね。どこでそれを狙うか……。いや、狙いそびれた可能性もある。取り合えず、この紙はあたしが持っていることにするわ」
「あ、分かりました」
「そうか……。だからか……」村瀬は右肘を左手の上に乗せ、右手で口元部分に触れながら考えた。
「何かですか?」
「タイヤの空気を抜いたのは、時間を経たせるため。つまり、真君の持っていたこの紙を、どうにかして奪い取る時間が欲しかったんじゃないかな」
「確かに、その方法はありますね」
「いや、待てよ。真君を犯人にさせる事を構想していたのかもしれない。でも、いろんな状況の中で、それが難しくなった」
「それは、どうしてですか?」真は表情が徐々に青ざめていく。
「例えば、あたしが真君に興味を示したことが、邪魔になってしまい、中々事が進められなかったのと、真君がこの紙切れをみんなの前で言うことを忘れてたことかな……。それに、椎名さん達三人が、口論になったことで、真君に目を向けられなかったことも挙げられるし……」
「ということは、犯人は池田さんを僕が殺害したと計画してたということですか?」
「そうね。それが、辻褄があう。それで、真君は起きてからこの紙を発見して、すぐさま池田さんの部屋に行ったの?」
「まあ。そうですね。最初部屋が暗かったんで明かりを付けると、首にロープを掛けられた状態で死んでました」
「だとすると」村瀬は池田の身体をあちこち触って外傷がないか確かめた。それを見て真は強い女性だなと改めて痛感した。
「口の中の舌が切れてる……。これは多分寝ているときに首を絞められた可能性が高いと思う。この大きな体系だし、ビールも飲んでいたから、いびきをかいていたのかもしれないね」
「いびき?」
「いびきかくときって、口を大きく開けるから、その時に首を絞められたら、ビックリして歯を食いしばるじゃない。そこで、舌を切ったのかと」
「なるほど、でも、問題はこの首を絞める力ですよね。池田さんも眠っていとはいえ、命の危険な衝撃があったら、目が覚めますよね。その池田さんよりも力が強い人じゃないといけないんじゃないですか?」
「そうね。あの爺さんはさっきも言った通り別人だと仮定すると、やっぱりあの爺さんが池田さんの首を絞めたんじゃないかなと思うんだ」
「あの人が、いっても七十くらいのお爺さんですよ?」真は素っ頓狂な声を上げた。
「まあ、一見そうは見えるよね。しかし、あの人が本当は五十代とかだったら……。まだ、力もあるんじゃない?」
「五十、あの皺だらけのお爺さんに五十歳はないですって、足も悪いし……」真は苦笑した。
「足は悪くないって、あれは登坂さんの真似をしてるだけ。それに、あたし、十三年前の未解決事件、あいつがやったって思ってるんだよね」
「あの、下で眠ってる方がですか?」
「そう、だって、野口さんの証言通りから行くと、下の登坂さんは本当の登坂さんじゃないって言ったじゃない。それで、犯人は捕まっていない。もちろん他県に逃げた可能性は否定できないけど。ここに住むっていう理由って絶対あるんだと思う。それで、十三年前に新しく洋館を作り直した。それって、あたしの勘からすると、埋めた死体を隠すためなんだよ」
「埋めた死体って……それってつまり……」
「本当の登坂さんがそこにいるような気がして……」
「どういったいきさつで、登坂さんが登坂さんを殺害したんですか?」
真は言った後、変なこと言ってしまったと、苦笑した。
「十三年前の未解決事件はこの家のすぐ近くだから、その燃やしていた火事を、本当の登坂さんが見ていたとしたら」
「口封じのための殺害をしたということですか?」
「まあね。野口さんの話だと、本当の登坂さんは村長くらいのリーダーシップがあった上に、優しい方だったらしいから、自首をしろと促したんじゃないかな。それで、犯人はカッとなって殺したという感じかな」
「そこまで読んでたんですね」
「まあね、伊達に探偵やってるわけじゃないからね」
「それで、十三年前の未解決事件なんだけど、池田さんはそのことを調べてたんだよね。その調べた資料とかないの?」
真はパソコンのUSBのことを思い出した。
「そういえば、池田さんのバックの中に……」
真は池田の黒いリュックサックの中から、パソコンを取り出した。しかし、USBメモリはどこを探しても見つからなかった。
「あれ、何でないんだろう……」自分のポケットにも手をやったのだが、そこには空っぽだった。
「もしかしたら、犯人に取られたのかもしれないね。まあ、いいや。あたしが調べた資料があるか見てみる?」
「……あるんですか?」
「あるよ。あたしの部屋に……」
あるんかい! と真は思わず突っ込みそうになった。
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