第10話 私立探偵 笹井あかね

 真は会社や池田の親族に連絡をしたかった。彼は亡くなったと。しかし、それが自殺なのか他殺なのか、何とも言えなかった。

 とはいえ、池田の死体を見るのは勇気がいる。真は検証したいという気持ちと、触れたくないという気持ちを葛藤しつつ、池田の部屋を開けた。

 池田は仰向けに倒れていた。椎名と登坂が行ったのが最後だったので、それからは誰も触れてはいない。

 真は自分のポケットから紙切れ取った。

 この紙切れは、いったい誰が書いたのだろうと疑問に思った。

 池田ではない。池田はこれほどまで丁寧に字を書く人間ではない。しかし、さっきの大広間で集まった時に、このことを言うことは何故か怖くなって拒んでしまっていたのだ。

 真はポケットに戻そうとすると、後ろから人影が、ぬっと顔を出した。

 慌てて振り返ると、

「うわあああ」

 と、真はまた尻餅をついた。

「何だい。あたしが来たらまずいの?」

 そこにいたのは村瀬だった。

「どうして村瀬さんが?」

「あたしも変だなと思って、ここに来たの」

 村瀬は怖くないのか、死体の近くまで来てしゃがみこんだ。「やっぱり、死んじゃってるね」

「村瀬さん、怖くないんですか。さっき、あれ程まで悲鳴上げてたじゃないですか?」

 すると、村瀬はこらえきれずに笑った。「……あれね。演技だったの」

「演技?」

「あたしは、冒険家でもない」村瀬はポケットから名刺を渡した。

「し……、私立探偵」

「しー」

 村瀬は自分の口元に人差し指を当てた。「本名は笹井あかね。そこに書いてあるでしょ」

「何故、村瀬さんて名前に」

「あたしも、実はこの未解決事件に足を運びたかったんだ。興味本位でね。それで、調べようとしたら、そこの洋館は廃屋になっていたし、寝るところがなかったから、ここに泊まったわけ」

「でも、それが村瀬さんとどういう?」

「本当のことを話したら、池田さんみたいに殺されると思ったからね。だから、昔バイトで嫌だった上司の名前で通してやった」

「え?」

 真は目を丸くして、村瀬に近づいた。

 すると、村瀬は「しっ」って、真の口元を抑えた。

「誰か来る……」

 村瀬は階段から上がってくる足音を感じ取っていた。

「ああ、お前さんたち、何をしとるんじゃ?」

 現れたのは登坂だった。

「す、すみません。実は真君が最後にどうしても、お世話になった池田さんを見たいって言うもんだから、一人じゃ怖いからってあたしも行ったんです。そしたら、真君もあまりにも刺激的だったら、戻しそうになって、あたしが口を押えてるところなんです」

 と、村瀬は作り笑いで言った。

「まあ、あまり、動かさない方がいいぞよ。下でみんなどこ行ったんだろうって心配しとったからのう」

「ええ、すぐに行きます」

 そう村瀬が言うと、登坂は去っていった。

 村瀬は真の口を解放して、小声で言った。

「あの、爺さんが、降りていったか見てってくれない」

「え?」

「早く」

 真は顔だけ廊下に飛び出して、階段を下りた音を聞いた。

「大丈夫」

 真は村瀬に言った。

「よし、合格」

「合格? どういう意味ですか?」

「助手として合格ってことよ」

「僕が助手ですか」真は自分に指を差した。

「そうよ。あんた、結構面白いキャラしてんじゃない。あたし、助手が欲しいと思ってたんだよね。だから、今日からあんたはあたしの助手」

「え? 何も言ってないですけど……」

「もう、じれったいわね。助手って言ったら助手なの。あんた、彼女いるのかい?」

「え? いないですけど……」

「だから、頼りないんだよ。全く……」

 と、村瀬は両手で真の両頬をつまんだ。真はつままれたまま、

「痛い。何するんですか?」

 そう言うと、村瀬は笑った。

「本当にあんたって、可愛いね」

 そう言われて、真はどう返事したらいいか困った。

「それよりも、あの爺さん、ちょっと変じゃない?」村瀬は急に顔つきを変えた。

「まあ、確かに良く観察しに来ますもんね」

「それもあるんだけども、あの人、ここで暮らしてるんでしょ」

「そうですけど」

「いつにこの洋館を建てたのかは知らないけど、足が悪いのに寝室が二階って変じゃない。あたしだったら、客室を二階にして、一階で最低限の物が一人で揃えられるようにするけどね」

「確かに……」

 真はそう言いながらうなずいた。

「取り合えず、一階に行こう。あの爺さん観察眼鋭いから」

 村瀬は先に部屋を出た。真は池田の顔をチラッと見て、身震いしながら後に続いた。

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