第11話 睡眠薬 誰が何のために

「取り合えず、明日、下山して、一番近い家の電話を借りるわ」

 と、田中。

「この場所で一番近いといえば、うーん、上田さんの家かな……」

 椎名が言う。

「上田さんの家だと三十分以上はかかるかのう」登坂は顎をさすった。

「そういえば、飯野さん、お風呂まだでしたよね?」田中は言った。

 真は自分の服をクンクン匂って、「まあ、そうですね。でも、大丈夫です」

「実はあたしもお風呂入ってないんだ」

 村瀬は誇らしげに言う。

「そうね。村瀬さんはいいって言ってたもんね。今から入る?」

 村瀬は首を横に振った。「いいや、いいです。色々旅してきたから、お風呂入らないの慣れちゃって」

「そう……。でも、食欲もないわね。やっぱり、状況が状況だし……」

「眠いのは眠いけどね。ほら、睡眠薬入れられてたでしょ?」

 椎名はメガネの位置を直しながら言った。「そういえば、自殺の場合、なぜ池田さんは我々に睡眠薬を入れたんだろう」

「そりゃあ、やっぱり、人知れず死にたかったのかもしれないわね」

「でもそれだったら、外に出て、例えば車内で死ぬとかするだろう。だって、ここは登坂さんの家だぜ」

「まあ、確かにそうね」

「そもそも、睡眠薬はどこに入れられたのかが、知りたいですね」

 真はお腹が空いていたが、何となく言えなかった。

「一番可能性があるのはコーヒーだな。もう田中さんが片付けてしまったから、分からないけど、コーヒーに入れられたと仮定して、池田さんが入れた時間はあったかな?」

 真は昨夜のケーキの時間を振り返った。確かあの時は本に夢中だった時だった。そんな時に、池田がわざわざ食卓に、しかも、人知れずに入れられるはずがない。

「昨日だったら、池田さんは二階にいたはずよ」

 真が言おうとしたら、田中が言った。

「それだったら誰が入れたんだ!」

 椎名は思い出したように、声を高ぶらせた。

「わからない……。わからないわ」

 田中は気が動転している。池田の死の後、彼女は完全に取り乱している。

「ちょっと待ってくれ、俺はしていないし、田中さんもやっていない」

 慌てて言ったのが、野口だった。

「わしはどうじゃったの。何してたか思い出せんわい」

 そう登坂も疲れたように、背もたれにどっぷり体を預けている。

「ちょっと待ってくれ。俺はその時まで、村瀬さんとテレビを観てたんだ。そうだったよな」

 椎名が慌てて言うと、村瀬は「そうでしたね」と、答えた。

「じゃあ、誰が……」

 野口の顔が青ざめていく。

「お前らがやったんじゃないのか」

 椎名は田中と野口を交互に指を差し、顔面蒼白になりながら言った。

「ひどいわよ、椎名さん。貴方だって、可笑しなところはあったんじゃない」

 田中は食って掛かる。

「ふん、俺のどこが可笑しなところがあるんだ。お前ら知ってるんだぞ。二人が恋人だってね」

「それがどうだっていうの? 別にお互い独身なんだから、関係ないでしょ」

「未解決事件の旦那が殺されたという話、あれは、本当はお前が殺したんじゃないのか。それが、池田さんに問われるのが怖くて、睡眠薬を入れて、眠ってる間に殺したんじゃないのか」

「何でそんなこと言うのよ……」

 田中は涙を流しながら、頭を抱えた。

「まあ、よさんか……」

 登坂が言った。

「田中さんが池田さんを殺した証拠なんてないじゃろ。それ以上のことは警察に任したらいい。それよりもお前さんたちはゆっくり休んだらいいんじゃ」

「登坂さん……」

 田中は安心したのか、涙を流しながら登坂を見る。

 後ろから野口が抱きしめていた。

「ふん、ここで、ゆっくり休んでたら、いつ殺されるかわからない。俺は二階で休ませてもらう」

 椎名は階段を上っていった。

「ふん、勝手にせい」

 登坂は椎名を見ずに、捨て台詞を呟いた。

「あたしも好きにさせてもらうわ」

 村瀬は真に一瞥して、”あんたも行くのよ“という合図を見せて、二階に行った。

「僕も、眠くなったんで、失礼します」

 と、登坂を見たが、登坂は正面だけを見ていた。

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