第4話 暗黙の洋館

「うわー、広い」

 真はリビングに案内されて、感動した。

「ここは、わしの家での。今日はみんなでパーティーしようと駆け付けてくれたんじゃ」

 と、老人、登坂敬三は杖を突いて右足を引きずっていた。

「え、お爺さん一人で住んでんのかよ」

 池田は目を丸くする。

「そうじゃ、わし一人だけじゃ」

「まあ、登坂さんはお金持ちだからね。遺産が余って仕方がないのさ」

 そう言っていたのは、メガネをかけた五十くらいの男性、椎名太郎が文庫本を片手にニヤッと口角を上げた。

「へえ、お爺さん金持ちなのかよ」

 池田は登坂に向かって言った。

「いやいや、別にわしも残り僅かじゃ。最後にたくさん使いたいと思っての。それで、家を購入したんじゃ。十年以上前じゃがの」

 と、登坂は大笑いした。

「お二人さんは、どちらから来られたのかのう?」

「東京からです」

 真は登坂を見て答えた。

「しかし、わざわざ遠いところまで、この村に来るなんて……」

 そう言ったのは、白髪交じりの登坂の後ろにいた田中美紀子である。彼女はお盆の上に湯飲み二個を乗せて、また正座をして、大広間の大きな机に湯飲みを二つ置いた。

「まあ、座ってくだされ」

 登坂が二人に行って、真と池田は隣同士に座った。

 登坂は杖を突きながら、自分がいつも座っているリクライニングの椅子に座った。

「何故、この辺鄙な村までわざわざ?」

 田中は真の向かいに座って言う。

「いやあ、十三年前の事件を追ってましてね」

 池田は頭をかきながら言うと、みんな一瞬で表情が凍り付いた。

「あれ、どうかしました?」

 池田はきょとんとしながら、湯呑を手に取る。

「い、いや、十三年前の事件ね。もしかして、あれ? あの放火の事件?」

 田中は恐る恐る聞く。

「ええ、そうです。やっぱり、十三年前の事件って未解決じゃないですか。僕らそういうものを追っている仕事をしてましてね」

 といって、池田は田中に名刺を渡す。真もその光景を見て、名刺を取り出した。

 後ろから、「小僧、わしにも名刺をくれ」と、登坂が言って、真は名刺を渡した。

 池田はメガネをかけている細身の椎名、がっしりとした肉体で四十半ばの男性の野口、そして、興味なさそうにテレビを見ていた、二十代前半の女性、村瀬にも名刺を渡した。

「十三年前の事件を追ってるなんて、まだ、そんなことをしている人がいるんだね。こりゃあ、参ったよ」

 椎名はほくそ笑んだ。

「十三年前の事件は、この村で放火があったんですよね」

 池田は言った。

「もちろんじゃ」

 後ろにいた登坂が言った。池田もその声に後ろを振り向く。

「今から十三年前に、この村には放火殺人事件があっての。放火された洋館には亡くなった四人が死体となって発見されたんじゃ。警察は捜査が難航し、この事件は未解決事件となってしまったんじゃ。まあ、あんまり話すと田中君に悪いがの」

 田中は正座をしながらうつむき加減で言った。「いえ、大丈夫です」

「あの、その事件と何か関係が?」

 池田は恐る恐る聞いた。

「私の主人が、その四人の内の一人でした」

「そうだったんですね」

 真はそれ以上聞かない方がいいかなと思っていたのだが、池田は言った。

「そのご主人は、事件の時どなたと会っていたのですか?」

「いえ、それが、わからないんです。主人は独身だったころにいろいろと遊んでいたりしていたので、そこで知り合った方たちかなとは思っていたんですけど」

「うーん、わからないか……」

 池田はぼそぼそと独り言を言いながら、メモをしていく。

 真は話を変えようと、後ろを振り返って登坂を見た。

「そういえば、皆さん、全員この馬渡村の人たちなんですか?」

「わしはそうじゃ。わしは子供の頃からここで育ったんじゃ。田中さんは鳥取市出身で、椎名君は馬渡村出身、野口君も一緒じゃ。それから彼女は……」

 登坂は村瀬を見た。

「あたしは村瀬、冒険家なの。ほらリュックも持ってるでしょ」

 村瀬はぶっきらぼうに、真に小さなリュックを見せた。相変わらず愛想のない女だと真は思った。

「まあ、村瀬さんも、実はここに迷い込んだ方なんじゃ。色々と旅をしている方なんじゃよ」

「へえ、どちらに行かれたりしたんですか?」真は嫌だったが、一応聞いた。

「日本各地。特に村とか町とかなんて、今や誰も見に行こうなんて思わないでしょ。あたしはそういうのが好きなんだ。ほら見て」

 村瀬は目を輝かせて、リュックサックからフォトブックを真に見せた。

 真は、「見ていいですか?」と聞くと、村瀬は「いいよ」と言った。

 真はフォトブックの中を見た。そこにはいろいろな日本の風景が写真で写っていた。

「これはね。山口の村で、これが島根の村、そしてこれが……」

 いつしか、村瀬は池田の隣に来て、真に話をしていた。それを聞いていた池田はうっとうしそうに言った。

「おい、お前ら、二人で話をするんだったら、隣通しに行ってくれないか」と、池田は立ち上がって、村瀬と席を交代した。

「ちなみに、お前は知らないのか? 十三年前の未解決事件のこと?」

 と、池田は村瀬に言う。

「さっきから聞いてるけど、何それ、全然知らないんですけど」

 村瀬は態度が悪い池田を睨んでいた。

「何だよ。本当に態度悪い奴だな」

 池田は舌打ちをする。

「まあ、お二人さん」登坂は言った。「ご飯はすませたのかのう?」

「いえ、まだです」

 真はそう言うとともに、グーとお腹が鳴った。

 村瀬はその音に聞こえて高笑いした。


「登坂さん。彼、おなかが空いてるみたいだよ」


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