第四章⑨

 穏やかな陽光が、帝都シェルレスタに降り注ぐ。

 広大な帝都の一角、ヴェネト区。中流階級が多く居住するこの区画には、上流階級が埋葬される墓地がある。

《花と蛇の宮》から出棺された棺は、イェレ区の大通りを通り、厳かな葬列が墓地へと入る。《シェルレアンの六貴》が一家、セルトワ家の当主ランバース・セルトワとその長男であるルフェルト・セルトワの眠る二つの棺は、大地へと埋められた。

 帝都に住む全貴族が出席しての葬儀――彼ら二人の死因には様々な憶測が飛び交うことになるが、表層化する前に全てエルンストによって握り潰された。

 セルトワ家の極秘として扱われることになる、あの激動の数日間からほんの三日ほど過ぎた後だ。

「お父様、お兄様……どうぞ、安らかにお眠りください」

 喪服に身を包んだユリンカが、右手を胸に当てる。彼女に倣い、出席した全員が哀悼の意を示す。

シェルレアン貴族の葬儀は、寡黙だ。長ったらしい弔辞などといったものは、無粋なものとして読まれない。代わりに、生前の思い出を思い返し、個人として見送る。

 ――偽りの関係に縋るか。

 ルフェルトの言葉が蘇る。

 彼は、遠乗りに出かけ、出先で落馬して死亡した、と報じられた。

無論、多くの者はその報を信じてはいない。ランバースとルフェルトの確執は見る者が見れば明らかであったため、謀殺されたとの説が有力視されていた。しかし、わざわざ穴を突付いて蛇を出すような真似をする者は誰もおらず、当主不在のセルトワ家当主代理という立場であるエルンストの説明が暗黙の了解となっている。

「偽りの関係であっても……わたくしは、あなた方を父として、兄としてお慕いしておりました」

 誰にも聞こえないほど小さな声で、彼女は独りごつ。

 それは、彼女の本音。

 あれだけの憎悪を浴びせられても、覆せないユリンカの人生の楚となるものだった。故に、まだ自分がスタニスラスの娘であるということを、公表できないでいる。

 そのことを教えてくれたミハイルの言葉を、反芻する。

 あの薄暗い石牢で伝えられた、呪われた真実。

今まで信じていたものを全て引っくり返した、ミハイルの話。

 ――お嬢様、お伝えしたき事柄がございます。

 あの日、裏切ったのかと訊ねた自分に、彼はそう言った。

 ――お嬢様は、セルトワ家第四女というご身分ではございません。

 とても言いにくそうに、彼は続ける。

 ――あなたは、亡きスタニスラス様の二人目の御子でございます。

 スタニスラス・セルトワには、第一子ランバース・セルトワのみだとされている。それを、ミハイル・ディアレは否定し、あまつさえユリンカ・セルトワを第二子であると告げたのだ。

 ――ユレシア様のことを、僕は詳しくは存じ上げません。ただ、フィサーナ地方出身のお美しい方だと聞き及んでおります。

 淡々と、彼は語っていく。

 ――あなたを出産なされてすぐに、他界したと……僕は聞いております。スタニスラス様はあなたのことを可愛がっておられました。ランバース様の四女、ということにしたのも、あなたを政界の抗争には巻き込みたくないとのご配慮からです。生前、スタニスラス様は僕とセシエレに、あなたを頼むと。くれぐれも、生臭い政争に巻き込まないでくれ、と仰られました。けれど、僕は……僕は……。申し訳ございません、ユリンカ様。

 彼は数分押し黙り、何かと訣別するように、告げた。

 ――あなたを殺さなければなりません。

「どうなさいましたか、お嬢様?」

 同じく喪服に身を包んだセシエレが、心配そうな顔をしてユリンカを覗き込む。彼女は我に返って、緩く首を振った。

「わたくしは、どうすればいいのかと」

 生まれる不安。

 セルトワ先代当主の娘――ランバースの妹ということになれば、セルトワの次期候補は彼女に回ってくる。セルトワ家の掟として、十八以下の者には家督を継がせない。彼女は現在十六――後二年の内に、決めなければならない。それまでは、エルンストが代理としてセルトワを切り盛りすることになろう。

 何が何でも、セルトワの当主になろうと思ったことならある。

だが、ミハイルをはじめ多くの死に直面し――救おうとした《ヴィッカー通り》の少年も現在は廃人も同然の状態で入院している――その想いが、揺らいだ。

「お兄様のことをわたくしは、憎い。ミハイルにあのような重責を負わせたお兄様が。けれど、お兄様を追い詰めた因は他でもない、このわたくし」

 だから迷っている、と素直に口にした。

「悩んでも仕方がないことはわかってる。わたくしは、セルトワの家を継ぎたいと思っていたから。けれどそれは、……こんな形じゃなかった」

「お嬢様……」

「ねぇ、セシエレ。どうすればいいのかな。どうすれば、ミハイルの死が無駄じゃなかったって言えるのかな……?」

 身近な者の死が大きなしこりとなって、胸を締め付ける。ゆっくりと冷えていく彼の身体の感触を、忘れない。忘れられない。

 何のために、彼は自分を護ったのか――ずっと自問自答のまま、答えは出ない。

 彼女の従者は、その問いに対する回答を持たない。

 それは、彼女自身が己で見つけなければならない、と知っているから。どんなに歯痒くとも、従者には見守ることしかできない。

「お嬢様。ミハイルを見送りに参りましょう?」

 そっと主の肩を抱くセシエレは、従者でもない――姉のような、表情を浮かべていた。

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