第四章⑧
静かに、死へと旅立つ者へ哀悼を捧げる。
「お嬢様……セシエレ……」
「「ミハイルッ!?」」
ユリンカとセシエレの呼びかけに、ミハイルは弱く儚い微笑みを浮かべた。そろそろと伸ばされた手を、ユリンカがぎゅっと握る。
ひどく弱弱しい。それだけで、嫌な予感が胸を衝く。振り払いたいのに。
「すぐに手当てするから。――セシエレ、至急お医者様をお願い……」
「わかりました」
立ち上がろうとするセシエレを、震える手でミハイルは引き留めた。
「もう、僕は……助からない……」
「ミハイル、喋ったら傷に障るから」
「い、いえお嬢様……。僕の……、ミハイルの最期の頼み、聞いてくださいませんか……?」
嫌々とユリンカは首を横に振った。
それでも、ミハイルは消え入りそうな声で懇願する。
握る彼の手から、徐々に筋力が弛緩していくのがわかり、顔が強張るのを止められなかった。赤く汚れた手のひらで、彼の手を擦る。
生暖かさが、彼の魂を奪っていくようで怖かった。
「シェスタを……よろしく、お願いします。僕がいなくても……幸せになって、くれと……」
穏やかに、想いを託す。
「嫌よ! あなたがシェスタさんに伝えなくちゃ……あなたの口から伝えなくちゃ……。いなくなるなんて哀しいこと言わないでよお願いだから」
ユリンカのお願いに、ミハイルは屈託のない笑顔を浮かべた。黒い瞳が、申し訳ないと訴えている。
「何度目のお願い、でしょうか……久しぶりに聞いた気がします」
「そうよ、これから何度でもお願いするんだから。あなたは助かるんだから」
「は、はは……お嬢様らしい――もう、しわけ、ござ……いません――」
沈黙。
陽だまりのような眼差しから、光が消えていく。穏やかに。されど急速に。
「ミハ、イル?」
身体を揺するが、彼は何も言わない。
セシエレが、さっと顔を背ける。頭を垂れ、右手を胸に当てる――死者への黙祷の意。
「ミハイル、ミハイル、ミハイル、ねぇ、ねぇってば」
次第に切迫していく声に、涙が滲む。
目を閉じた彼は笑顔のまま、無言。
うな垂れるユリンカに、セシエレもヴィニもかける言葉を持たない。
失われていく体温――少女は、実感できない。
「嫌だ……行かないで……どうしてあなたが……」
冷たくなっていく彼を、汚れることも厭わず彼女は抱き締める。
そうすることで彼の魂が離れないよう、強く強く。彼の暖かさが失われぬよう、強く強く。
「……嫌だ。ミハイル、わたくしを置いていかないで。ねぇ、返事をしてよ……ねぇ、ミハイル……ミハイル――――――――――ッッッッッ!」
絶叫に、雨音が重なった。
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